化けて出た蜜柑

「おはよう御座います、蜜柑です」


耳元で聴き慣れた声が囁きかけてきた。


「――――っッ⁉︎⁉︎」


一瞬のフリーズ、



の後、


「うおあぁぁぁぁぁ‼︎」


心臓が跳ね上がるとはまさにこのこと、


反射的に足に力が入り、思いっきり飛び跳ねた後、腰が抜けてその場に崩れ落ちた。


あまりの恐怖に目をぎゅっと閉じて、両手で耳を押さえ、全力で丸くなる。


(何だ⁉︎何が起きた?今蜜柑の声が聞こえた気がするが……?)


今僕のすぐ後ろには蜜柑がいるのか?どこにいた?どうやって忍び込んだ?



周囲の状況を確認したいが、恐怖に体が支配されて身動きひとつできない。


今僕は部屋の中から外へ出ようとしていた。


後ろから人がやってくるなんてありえない。


それに、


蜜柑はもうこの世にいないのだ。


この世にいないはずの人間が、ありえないところから全くの気配なく現れた。


それにさっきから感じていた悪寒。


普段オカルトはあまり興味がなく、ほとんど信じていない僕でもここまで来れば分かる。


今後ろにいるのは蜜柑の幽霊的な何かであるということを。


五感とはまた違うところからくる、本能的なところから感じる恐怖。


考えを変えるとか、気合いとかでどうこうできるようなものではない、どうしようもない絶望的な感覚に囚われ身動きが取れず、無様にその場にうずくまり続ける僕。


たとえ相手が生前親しみ深かった年下の女の子であると分かったとしても取り払えないこの恐怖にどうしようもなく怯え続ける。


すると、


「あはははは‼︎ドッキリ大成功〜‼︎」


びっくりした?ねぇびっくりした?


と、


人の気も知らずに大はしゃぎする蜜柑の声が右へ左へ往復しはじめた。


「アキくんビビりすぎ〜、か〜わ〜い〜い〜」


イラッ。


「ねぇ、今どんな気持ち?ちょっと脅かすつもりだったのにそんなに怯え切って、大丈夫?立てる?チビってない?」


イライラッ、


「ごめんね、怖かったね、でも大丈夫だよ、私、蜜柑だから、アキくんへの未練で戻ってきた蜜柑だから、アキくんのこと大好きすぎて取り憑いちゃった蜜柑だから、そんなに怖がらないで」



……………。



「………え、マジでちょっとチビッちゃった?」


………。


「なんか……ごめん…………」


…………。


「…………フフッ(笑笑)」


ブチッッッ‼︎


「何がおかしいんじゃコラァァァァァッ‼︎」


全力で人をバカにする蜜柑の煽りに、ついに怒りが恐怖を塗りつぶした瞬間だった。


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