十三話 母の死因

 恵おばさんの家では、たらこスパゲッティをご馳走になった。確かに味は濃かったけれど美味しかった。


 帰宅したのは午後八時頃だった。父さんに話しがある。受け入れてもらえるかどうかわからないけれど。


 家に着き自転車を物置小屋にしまった。父さんは何をしているだろう。加奈さんと電話でもしているかな。今日は加奈さん来ないのか。車がない。


「ただいまー」

 大き目の声で言いながら家の中に入った。父さんの声が聞こえた。

「おー! 帰って来たか」

 父さんは居間でくつろいでいた。

「今日は加奈さん来ないの?」

 父さんは苦虫を嚙み潰したような顔をして、

「暫くは来ないと思う」

「え? 何で?」

「それは訊くな。大人の事情ってやつだ」

「ふーん、喧嘩した?」

「だから、訊くなと言ってるだろ!」

「わかったよ。話したいことがあるんだけど、今、いい?」

「なんだ? 手短にしてくれよ、イライラしているんだから」

 今、話して大丈夫だろうか? 判断がつかない。言うだけ言ってみるか。

「あの、僕、通信教育で高校いきたいのさ」

「あ? お前、自分が何を言っているのかわかってるのか?」

「わかってるよ。今になって思うけど、やっぱ高校くらい卒業してないとどこも雇ってくれないと思ってさ」

「お前……。俺、言ったよな? お前が中学三年のとき、高校行けって。でないと働き口どころか、採用されないぞって」

「う、うん。でも、今になって気付いたんだ」

「遅いんだよ!」

「いや、だから通信教育で高校に行くっていう考えになったのさ」

「まあ、そういう考えになったのなら一生懸命勉強しろよ。手続きは俺がしてやるからよ」

「わかった、ありがとう!」

 僕の内心は高校を卒業した証が欲しいから勉強するけれど、本当は勉強なんてしたくない、嫌いだ。でも、仕方ない、やるしかない。

「父さん、もうひとつ訊きたいことがあるんだ」

「何だ?」

「それは、母さんはどうして死んだの?」

 父さんは黙った。そして、おもむろに、

「……自殺だ。お前には言わないつもりだったけど、お前も十六だから話してもいいかと思ってな」

「どうして自殺したの?」

「それはだな……。当時お前がまだ小さい頃、母さんはうつ病だったんだ。何でうつ病になったかはよくわからないが、そのせいで自殺したんだ。ろくに治療もさせずに気合いで治せ、と俺が馬鹿なことを言ってしまったから、俺のせいなんだ……」

 父さんは意気消沈してしまった。訊かなければよかっただろうか。でも、息子として知りたかったのだ。知る権利、というやつ。

「だけど俺の母親は仕方ないよと、フォローしてくれたけどな。お前はどう思う?」

「うーん……。過ぎ去ったことだからね……。ばあちゃんと同じ意見」

「ふたりとも優しいな、なんでそんなに優しいんだ……。いっそのこと、責めてくれたらいいのに……。その方が救われるような気がする」

「じゃあ、母さんが死んだのは父さんのせいだ! と言えばいいの? それはそれできつくない?」

「確かにそうだな。十年以上自分を責め続けてきたから、もうそろそろ許してもらえる、ということかな」

「だと思うよ。もっと自分にも周りにも優しくなってよ」

「でも、世の中そんなに甘くはないぞ」

「そうかもしれないけど、優しさも大切だと思う」

「まあな、お前の言うことも一理あるな」

「でしょ? だから、自分を許してあげて」

「わかったよ。お前は何も考えてないように思っていたがそんなことないんだな」

「僕なりに考えてはいるよ」

「えらい!」

 普段、あまり褒めてもらえないので、たまに褒められると嬉しいし、照れくさい。


 そのときだ。僕のスマホのLINEが鳴った。LINE通話だ。

<もしもし、花梨?>

<いま、大丈夫?>

<ちょっと待って。自分の部屋に行くから>


<部屋に来たよ>

<LINEくれてたのいま気付いた>

<明日でもいいから遊ばないか?>

<うん、学校終わってからならいいよ。何して遊ぶの?>

<僕、お金ないから図書館にでも行く?>

<いいね、行こうか>

<学校終わったらLINEくれる? そしたら僕も図書館に向かうから。現地集合でいいしょ?>

<そうね>

 これでLINEのやり取りは一旦終わった。


 通話が終わったので僕は再びリビングに戻った。父さんも電話していた。誰と通話しているのだろう。加奈さんかな? 喧嘩したのだったら仲直りして欲しい。このまま喧嘩別れはやめてもらいたい。せっかく慣れてきたというのに。


 父さんが僕の存在に気付き、一旦、耳から電話を離し、

「部屋に行っててくれ」

 言われたのでそうした。


 約三十分経過して父さんは僕を呼んだ。

「昭雄ー!」と。

「今から加奈が来るから一緒にいてくれ」

「わかったよ」


 少し経過して家のチャイムが鳴ったので僕は玄関に行った。開錠してドアを開けた。相手は横井加奈さん。

「こんばんは!」

 僕のほうから挨拶した。すると、

「こんばんはー。来たよ。お父さんから聞いてるでしょ?」

 と言った。

「いや、聞いてないよ。まずは上がって」

「ありがと」

 僕は加奈さんをリビングに促した。

「おお! 加奈。来たか。待ってたぞ」

「うん、昭雄君に何も言ってないの?」

「言ってない。大人の事情とだけ話してある」

「大人の事情、まあ、確かに」

「だろ? だから伏せてある」

「もう言ってもいいんじゃない?」

「そうだな。昭雄、実はな、お前が言うように喧嘩していたんだ。付き合ったばかりだし、結婚するのは先の話だと思っていたのだが、そこで意見が食い違って言い合いになったんだ」

「どんな意見?」

 僕は訊いた。

「加奈は明日にでも結婚したいというようなことを言うのだが、俺は最低でも、一年ないし半年は付き合ってお互いのことをもっと知らないとだめだと言ったんだ。昭雄だっているわけだし」

「そう、わたしは昭雄君には失礼だけど、昭雄君の存在を視野に入れていなかったのよ。だから、昭雄君の存在を視野に入れるようになってから、冷静に話すことができるようになったの。ごめんね、昭雄君」

 僕は黙っていた。そして、思いついたことを言った。

「それで、結婚はいつするの?」

「いや、それはまだ未定だよ。もっと、三人の関係を深めてからになるな。加奈、それでいいだろ?」

「うん、了解!」

「そういうことだ」

「わかった」

 僕は内心、父さんの意見が通って良かった、と思った。付き合ってばかりで結婚なんてまだまだ早いと思うから。


 翌日――。花梨からLINEが来た。

<学校終わったよー>

<うん。今から図書館に向かうよ>

<図書館って飲み物持って行っていいのかな?>

<うーん、どうなんだろう>

<訊いてくれない? 電話で>

<うん、いいよ>


 電話をかけ終わって、再度、花梨にLINEを送った。

<ペットボトルならいいらしいよ。缶はだめらしい>

<そうなんだ、わかった。ありがとう!>

 僕はコーラを買った。花梨は何を買ってくるのかな。自転車で約十五分走り、図書館に到着した。僕は先に館内に入って本を見ていた。小説と図鑑に興味があるので探した。小説はSFとホラーが好き。図鑑は恐竜が載っているものに興味がある。あと、日本の歴史にも興味がある。織田信長の本能寺の変の辺りが凄く興味深い。それらを探してテーブルの上に持ってきた。そうこうしてる内に、花梨が姿を現した。

「やっほー!」

「オスッ!」

「何読んでたの? たくさんあるけど」

「小説と図鑑と日本の歴史の本さ」

「相変わらずそういうの好きね。私は難しい本は苦手、漫画がいい」

「花梨も漫画持って来て、一緒に読もうぜ」

「そうね、ちょっと待っててね。今、探してくる」

 花梨はギャグマンガが好きだ。お気楽でいいと思う。僕は少し難しい本が読み甲斐があって好きだ。

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