十二話 叔母さんの家に行く
加奈さんは毎日、僕の家に来るようになった。一週間に一度くらい、父さんが加奈さんの家に行く。加奈さんは一人暮らし。それなら父さんが加奈さんの家に行けばいいのに僕の家に来る。理由は、僕と交流を深めたいらしい。それは嬉しいけれど、父さんはどう思っているのだろう。まさか、嫉妬はしていないだろう。確かに、父さんとふたりで食事するよりも加奈さんもいてくれたほうが楽しい。女性がいるというだけで華がある。こんな言い方は年配のひとが言うことかもしれないけれど。たまに夜中、父さんの部屋から加奈さんの
僕は無職で家にいるから掃除くらいやれ、父さんに言われてたまに掃除機をかけているが、あるとき父さんの部屋を掃除しているとき、ふとゴミ箱をみて目に入ったのがゴム状の細長いもので、白い液体が少し入っていた。これは何だ? と思い、つまんで見てみるとどうやら体液だと思った。これはもしかして……。汚いのでゴミ箱に入っている袋ごと取り出し、燃えるゴミの大きい袋に捨てた。でも、僕は思った。この先、兄弟ができるのでは? と。それはそれで嬉しい。出来れば妹がいいな。どうなるかわからないけれど。
家中の部屋全て掃除機をかけた。お陰で気分もすっきりした。疲れたけれど。時刻は午前十一時過ぎで今日は木曜日。日にちも空いたから遊びたくなって山川花梨にLINEを送った。でも、送ったあとに今日は平日だから学校に行っていて返信がいつになるかわからない、ということに気付いた。あーあ、独りぼっちだな。寂しい……。この気持ちを打ち消すには何かをして打ち消すしかない。でも、いったい何をしよう? これといった趣味もない。親戚の叔母さんの家にでも久しぶりに遊びに行こうかな。そう思い立ち、スマホで電話番号を探した。五回くらいの呼び出し音で繋がった。
『もしもし、昭雄?』
「うん、恵叔母さん、今から遊びに行ってもいい?」
『いいけどもうお昼よ。たまにはわたしの家で食べるかい?』
「いいの? ありがとう! 独りでいても何だか暇だし寂しくて」
『寂しい? 何だ情けないわね、男のくせに。まあ、とりあえずおいで。待ってるから』
「わかった、今いくわ」
そう言って電話を切った。僕は安心した。話し相手が出来たからよかった。僕はブルージーンズに履き替え、半袖の赤いTシャツを着て家を出た。もちろん、自宅の鍵は閉めて。物置小屋から黒い自転車を出して勢いよく車道に飛び出した。すると、ちょうどそのとき普通車が対向車線に走って来ていた。「あぶなっ!」危うくひかれるところだった。運転手は急ブレーキをかけ、窓を開けた。
「あぶねえな! このクソガキ!」
「すみません」
一応謝った。でも心の中では、うるせえ! この親父! と叫んでいた。運転手は中年よりもう少し年上のおじさん。まあ、僕が飛び出したのが悪いのかもしれないけれど。でも、あの言い方はないと思う。一瞬、怖気づいたが、時間が経つにつれだんだん腹がたってきた。言い返そうと振り向いたがもうその普通車は去ったあとだった。くそっ! ひとこと言ってやりたかった。老いぼれのくせに! 僕は立ち上がり、自転車を起こした。ジーパンについた埃を払い、再度走り出した。
約十五分走り、目的地のおばさんの家に着いた。一軒家の平屋。自転車を家の脇に停め、玄関に行きチャイムを鳴らした。ピンポーンと鳴った。
「はーい!」と中から聞こえてきた。「昭雄だよ」と言うと鍵が開いた。いつものように明るい笑顔で出て来た。相変わらず恰幅のいい体型。
眼鏡は縁なしのをかけていた。前は黒縁の眼鏡だったけれど、変えたのだろう。訊くまでもない。エプロンをして、パーマをかけている。身長は僕と同じくらいだろう。まあ、僕はまだ伸びるはず。男性は二十五歳まで身長が伸びるらしい。だから、すぐに僕のほうが身長は高くなると思う。
「最近、来なかったけど忙しかったの?」
「うん、バイト探したり履歴書かいたりしてたのさ」
「そうなの、まあ入って。中で話し聞かせて」
「わかった」
家の中は綺麗にしており、玄関から入って右手に靴箱の上に小さな皿に盛塩がしてあった。何かあったのだろうか。魔除けという意味だろう。僕はそれを見つめていると、
「盛り塩を見ているの?」
「うん、魔除けという意味だよね?」
「そう、悪いものが入ってこないようにね」
「悪いもの?」
「うん。まあ、気にせず入って。迷信だからさ」
「わかった」
居間に通されて恵叔母さんは、
「久しぶりじゃない、暇だったの?」
「うん、仕事もしていないから時間が余るのさ」
「うーん、まあ、そうだよねえ。十六だっけ?」
「そうだよ、免許も取れる年じゃないからなかなか仕事がなくて。学歴も中卒だしさ」
「まあ、学歴に関しては自分で選んだことでしょ?」
「そうだけど、やっぱり高校行けばよかったかなぁと今更ながらに思うのさ」
「なら、通信教育で高校の勉強してみたらは?」
「通信教育? そうか! その手があったね。気付かなかった。父さんにも相談してみるわ」
父さんの妹の佐田恵さんは、
「久しぶりに来たんだから夕飯食べていったら?」
と言った。
「いいの? でも、父さんにも言ってみないと。作ってくれるからさ」
「そうだね、あとで訊いてごらん」
今は午後六時になろうとしていた。もうそろそろ父さんが仕事から帰宅する時間。電話をしてみた。でも、なかなか出ない。運転中かな。着信履歴は載るだろうから、電話はかかってくるだろう。
さらに約三十分後、電話がかかってきた。画面を見ると、佐田洋輔と表示されている。父さんからだ。すぐに出た。
『もしもし、昭雄か? どうした」
「今、恵叔母さんの家にいるんだ。それで、夕ご飯食べていきなって言ってくれてるんだけどいい?」
脇で恵叔母さんが、「おいでって言って」と小声で言うので言った。
『いやぁ、俺はいいよ。恵のおかずは味が濃くて。自分で作って食べるからいらないと言ってくれ』
「わかった」
そこで電話を切った。恵叔母さんがこちらを見ている。言いにくい、でも、言わないと。
「父さん、自分で作って食べるからいいって」
「そう。他に何か言ってたでしょ」
「う、うん」
「なんて言ってた?」
「怒らないで聞いてよ」
恵叔母さんは黙ってこちらを見ている。怖い。
「父さんは、叔母さんの味付けが濃いからって言ってた」
これは恵叔母さん、怒るなぁ。どうしよう。
「あいつはいつもそう! 何だかんだ理由をつけては来ない。要は面倒だから来ないのよ」
恵叔母さんは、テーブルの上に上がっている煙草に火を点けて吸い出した。
「あれ? 叔母さん、煙草吸うんだっけ?」
「イライラするときだけ吸う」
「そうなんだ」
恵叔母さんは離婚して数年が経つ。僕が、話したときも気難しい旦那さんだと思った。これじゃあ、うまくいかないかもしれない。だから、離婚したのかもしれない。詳しい話は聞いていないからわからないけれど。
母さんが病死した原因も未だに教えてもらっていない。僕のことをそんなに子ども扱いしなくてもいいのに。そういうところが不服。だから、帰宅したら死因を訊いてみよう。父さんからみたら確かに子どもかもしれないが、成人していないにせよ、それくらい知っておいてもいいんじゃないかと思う。
恵叔母さんは夕食の準備を始めた。そんなに濃かったかな? でも、僕は濃い味は好きだ。だから食べたい。
窓から外を見ると満月みたいに月は丸かった。
つづく……
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