八話 退院

 僕は夢をみた。

「昭雄くん! 世の中そんなに甘くないのよ!!」

 と横井さんに叱られている夢。


 なぜ、そんな夢をみたのか? 叱られたい願望があるのか? それも、横井さんに。僕はドMなのか? そういうことは考えたことがなかった。


 いま、父さんが入院している部屋にいる。

「聞いたぞ、加奈に毎晩食事を作ってもらっているんだってな」

「うん、美味しいよ」

「そういう問題ではない。金銭的なことや、手間の問題だ」

「ん。父さん、横井さんと結婚しないの?」

「お前、反対じゃないのか?」

「うん、凄くいいひとだし」

「そうか、まあ、交際しているわけではないから、どうなるかわからないがな」

「もったいない。父さんよりずいぶん若くて、好きでいてくれる女性なんてなかなかいないよ」

「そんなことはわかっている。ただ、母さんが亡くなって三年しか経ってないのにもう別の女性に乗り換えるのかと考えたらいたたまれなくてな」

「もう三年じゃない? きっと天国にいる母さんも父さんが別のひとと幸せになってくれることを願っているんじゃないの?」

「随分、大人びた発言だな」

「そうかな」

「うん。加奈と接するようになって、いい影響を受けているんじゃないのか」

「ああ。うん。それはあるかも」

「だろ。あいつはしっかりしているし、いい奴だぞ。仕事はちょっととろいけどな」

そう言うと父さんは笑っていた。

「体調は大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だ。あと少し養生すれば退院できるだろ」

「だといいね」




 それから約二週間が経過したーー。


 父さんは無事退院した。


 荷物などはあとから取りに来る、と看護師に話して貴重品だけ持ってタクシーで帰宅した。


 帰って、少し休んでいるあいだに夢の話をした。僕はドMなんじゃないかということも。そしたら、

「お前は、ドMだろ」

 言いながら笑っていた。父さんの笑顔は久しぶりに見た。嬉しい。

 父さんは以前とほとんど変わりがないが呂律が少し回っていない。それを言うと、

「うん、仕方ないな」

 と言い、僕は何も言えなかった。

 二人に沈黙が訪れ、暗い影を落とした。

「そんな辛気臭くなるなよ! 大丈夫だから」

「うん、わかった」


 父さんは暗い雰囲気を以前から嫌うひとだ。だから、暗い話も嫌う。だから、仕方ないとは言っているが、通夜の晩は誰であろうとホールには泊まらず、自宅に帰ってから寝る。父さんの父・母、いわゆる、僕のじいちゃん、ばあちゃんが亡くなってその通夜も帰宅して寝たらしい。でも、反対はあったらしい。この話は、病死した母さんから聞いた。まあ、暗いより明るい方がいいと僕も考える。


                          つづく……


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