23.護衛騎士はご縁を授けられる

 大変な、大変なことになりました。

 これはどうしたものなのでしょうか。


 護衛騎士として、対処方法の正解が分かりません。


 私はとにかく身を固め、良き時を待ちました。


 相手は間違いなく私よりも早く動くことが出来るでしょう。

 私がここで少しでも動いてしまったら、もっと大事になってしまうに違いありません。






 お、


 お、


 お、




 おやめくださいクロ様。


 私の身体はクロ様の好きな木ではありませんよ。


 あぁ、そこ、よじ登るのはやめておきましょうか。


 爪がっ。爪が刺さって……。

 

 そんな小さなおててをしていて、意外と鋭いお爪をお持ちなんですね。



 大前提として、どうやって足元の籠から抜け出したんです?


 どう見ても、籠の扉が閉じているんですけれど?


 目が大きく編まれた籠ではありますが、あなたが抜けられる大きさの隙間は空いていないと思うのですが。


 あなたは液体か何かですか?



 あ、こらこら。おとなしく私の手に捕まってくださいな。


 あぁ、ちょっと。肩は。え、頭に乗られますか?


 おぉ、止まりましたね。

 そのままです、そのまま動かないでくださいませ。



 なんです?よく見えてよろしい?

 それは良かったですが、頭皮に爪を刺さないでいただきたい。


 でも、そこにいてくださいね。

 動かないでくださいよ。

 庭に駆け出したあなた様を探すのは大変苦労しそうですから。


 籠から抜け出されたあなた様なら、あの強固な柵も意味をなさない気がします。




 頭に両手を添えて立つ私を横目で見てしまった侍女殿は耐えられなかったのでしょう。

 ぶほっと侍女らしからぬ息を吹き出しておりました。

 つられて私もつい短く声を上げて笑ってしまったのです。



 隣の侍女殿からはいつもの顔で思い切り睨まれてしまいましたが。

 されどあなたが先に笑いましたよね? 



 そんな私たちの背中に届く視線は、強烈なものでした。

 蜷局を巻くよう背中に絡み付く怨念は、殿下のお気持ちを分かりやすいほど伝えてくださるものでしたが。

 こちらも緊急事態というものでして、こればかりはどうにもなりません。


 動きたくても動けないのです!



「まぁ!」



 そうしてついにシンシア様もこの事態に気付かれてしまいました。



「まぁまぁまぁ!なんてこと!」



 されどその嬉しそうに踊る声には、私はまたしても侍女殿と目を合わせてしまった次第。

 王太子殿下からの恨みがましい視線は痛いままでしたけれど、シンシア様の嬉しそうなお声がそれを帳消しにしてしまいます。


 私といえば、両手を頭に上げた状態でなんとも無様な恰好を晒しているのですが。

 それを笑う声は聞こえてきませんでした。


「ちいちゃいのに綺麗な黒毛ねぇ。可愛いわ。にーですって。ふふ、お返事をしてくださったのね。この子はにーちゃんかしら?」


 クロ様改め、にーちゃんがここに誕生しました。

 シンシア様がご命名されたとなれば、王妃殿下もきっと快く受け入れてくださることでしょう。





 さてさて、そんな私たちですが。


 え?私たちとは誰かって?


 シンシア様がお帰りになられた後に、揃って呼び出され長々と有難いお言葉を受けることになった私たちの話に決まっています。

 ここで心を通じ合わせた私たちが結婚するのは、王太子殿下とシンシア様がご成婚なされてから一年後のことになりました。


 今では夫婦揃ってシンシア様専属となり、王城にて護衛騎士と侍女を続けております。


 え?クロ様改め、にーちゃんのその後ですか?


 もちろん元気にお過ごしですとも。

 シンシア様からこれでもかと可愛がられ健やかにご成長なさいましたにーちゃんは、あの日の子猫とは別の猫にしか見えなくなってしまいましたけれど。


 今日もお庭のベンチにてお腹をお空に向けてお昼寝を楽しんでいらっしゃいます。

 あの黒毛、陽光を浴びていると物凄く熱くなっているんですよねぇ。


 それもシンシア様は「まぁまぁ今日もにーちゃんはぬくぬくねぇ~」「お日様のいい香りがするわぁ」と仰りながらにぃちゃんのお腹に……それは語ってはならないことでした。


 話を変えましょう。


 そうそう、あれからにーちゃんにも色々あったんですよ。

 シンシア様が公爵家からお連れした方々とは、ひと悶着もふた悶着もございましてね。


 長くなりますが聞いていかれますか?

 是非聞きたい?それは素晴らしい心意気ですね。

 王城を守る騎士としてまず猫を知らなければ?

 第一試験は合格といたしましょう。


 それでは語りますよ。

 まだ少し小さかったにーちゃんは──。




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