呪詛による一連の怪死事件についての考察

TJYM

はじめに

読者諸兄は、「呪い」についてご存知だろうか。


有名なところでは、平将門公など歴史上の人物の呪いなどであろうか。より身近なところでは、「リング」の呪いのビデオを再生すると貞子がテレビから出てきて呪い殺されるという様なことがあるだろう。


呪いのビデオについてよく考えると、起こっている現象はビデオテープを介して幽霊が拡散されているという事であり、少々想像しづらい現象である。




それでは、呪いの本質とは何だろうか。


本来、どれだけ相手を憎く思っても相手に痛い思いをさせることはできない。刃物などを用いることで、実際に相手に危害を与え自らの憎しみなどを解消できる訳である。


しかしながら伝聞上では、平将門公の呪いが京の都に災害をもたらした事などが言い伝えられており、憎悪といった感情が実際に相手に危害を加える形になったという話は存在する。


このことから考えると、呪いとは、憎悪が凶器などの物理的な媒体を介さずに、直接的に相手に危害を加える手段と言える訳である。


言い換えると、呪いとは、憎悪から相手への危害に変換する「関数」と言える訳である。


学校の数学で習った関数がxをyに変換するように。またアプリも一種の関数である。アプリという関数を介して、タップなどの操作が画面上のゲームの変化に変換されている訳である。


そして、このWebサイトも一つの「関数」である。私の入力した文字列が、読者諸兄の脳内のイメージや話の理解といったものに変換される関数である訳だ。




伝聞上の逸話以外にも呪いによって引き起こされたとしか考えられない事件は存在しており、今回はそれら事件をまとめることで、呪いの本質について考察したいと思う。




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