第33話 選択方法



 カドラス家のルドヴィス殿が館に来ると、いつも空気が華やぐ。

 ルドヴィス殿自身が華やかな美貌の方と言うのはある。それ以上に「ささやかな土産」がすばらしいのだ。

 私に会いに来ているというのに、私よりも先に父の側室方が集まってくる。私の母も例外ではなく、いそいそと客間へとおもむく。


 私が館内のそうした動きで初めてルドヴィス殿が来ていることを知ったりすることも少なくない。侍女たちも毎回、私に取り次ぐ前に他の方に捕まってしまうためだ。

 今日も私は空気の変化でルドヴィス殿の訪問を知った。


 だが、今日は気分が乗らなくて、私は自室からでようとはしなかった。わざわざ他の方が押しかけている客間まで行かなくても、そのうち……どのくらい後になるかはわからないが、ルドヴィス殿は私の部屋までやって来る。

 私は本を開いたままぼんやりとしていた。階下で華やかな笑い声が起こっている。読むともなしに本のページを繰る。目は文字を追うが、全く頭に入らない。それでも私は本を眺め続けた。



 どのくらいの時間が過ぎたのだろうか。


「お久しぶりです。ライラ・マユロウ」


 私はすぐ近くで聞こえたその声でようやく顔を上げた。いつの間にか、ルドヴィス殿が横に立っている。


「これは失礼。いつお入りに?」

「少し前に。ずいぶん熱心にお読みになっている」


 ルドヴィス殿は華やかな笑みを浮かべ、イスに座った。見ればテーブルには茶の用意ができている。侍女も入っていたらしい。さすがに私は苦笑した。苦笑しながら本を閉じる。


「全く聞こえていなかった。母上方がお会いになっているのまでは知っていたのですが」


 ルドヴィス殿は軽く肩をそびやかし、香り高い茶を手にする。


「ところで、本の内容以上に気にかかることがあるようですが、解決はしましたか?」


 やはり気付いていた。私も茶を口に含んだ。

 この茶葉も、確かルドヴィス殿の手土産だったはずだ。珍しい香りがする。味はマユロウの薬師たちが煎じるものに似ているが、この香りは段違いに素晴らしい。いい気分になって、考えていたことを正直に言ってみた。


「求婚いただいてから、もう半年以上経っていますからね。選び方を悩んでおりました。メトロウド殿は総当たりの決闘などと申されていましたが……」

「困りますね。私としては、財力以外はさほど得手としていませんからね」


 ルドヴィス殿にしては弱気なことを言う。

 そのくせ、顔を見ていると自信を失っているとは思えない。私もルドヴィス殿の長所が財力だけとは思っていない。広い視点と冷静な判断力と強い意思こそルドヴィス殿を輝かせている。


 この方がいてくれるならマユロウは伸びるだろう。私が不得手とする分野を補ってくれるだろう。

 ルドヴィス殿自身は、このマユロウでは孤立することもあるかもしれないが、私の全幅の信頼があればいつかは受け入れられる。ルドヴィス殿さえ耐えてくれるのなら、この方でいいかもしれない。

 そう思う一方で、ルドヴィス殿を選んだ時の周囲からの横槍はどれほどのものになるかとも思う。財力と引き換えに誇りを売った領主という陰口は消えないだろうし、パイヴァー家がマユロウの内部に入り込みすぎるのも恐ろしい。何より、ルドヴィス殿自身が私に見切りをつけてしまえば、マユロウは無事では済まない。


 ルドヴィス殿は、マユロウにとって劇薬だ。

 それを忘れてはいけない。

 同時に、私を普通の女のように甘えさせてくれる人でもある。

 それがひどく心地よく感じてしまうのは、私の心が弱っているからだろうか。次期マユロウ伯となる身で、なんとも情けないことだ。


「……やはり、くじ引きかな」


 私は投げやりにつぶやいた。

 ルドヴィス殿は口元だけで笑ったようだった。


「アルヴァンス殿が辞退したとはお聞きしているが、ずいぶん切羽詰まられている」

「ファドルーン様と皇帝陛下が直通で、私を近くに呼び寄せるためだったと知ってしまったので……」


 ため息をついて何気なくそう口にしてから、まだルドヴィス殿は知らないはずだったと気付く。気を抜き過ぎたようだ。しかしルドヴィス殿は驚いたようすもなく頷いていた。


「……ルドヴィス殿は、もしかして知っておられるのですか?」

「ファドルーン様の意図までは存じ上げなかったが、皇帝陛下云々はありえる話だと思っていた。陛下はファドルーン様と同様に好奇心に富んでおられ、あなたのように金のかからない自立した女というものを見たことがないから」


 つまり、宮廷や後宮には、金のかかる頼りなくて可愛い女ばかりということなのだろうか。

 マユロウで生まれ育った私には想像もできない世界だ。都の貴族に生まれなくて良かったとしみじみと思ってしまう。


「それでどうされる? ファドルーン様を断れないまま、皇帝陛下の御寵愛を受けるのか?」

「……全ては定めのままに」


 私の言葉は、わが国ではよく使われる言葉だ。だがこの場合、私が自分の意志で夫を選ぶことの放棄を意味する。

 そうだ。私はくじを使うことにしたのだ。

 ただのくじ引きであっても、この辺りでは神の思し召しを示す運命そのものと扱われている。だから逃避ではなく、正統な選択方法だ。……気分は間違いなく逃避だが。

 ルドヴィス殿はため息をついた。


「くじ運はあるほうですが、何人で争うのです?」

「もちろんファドルーン様とメトロウド殿と、ルドヴィス殿」

「アルヴァンス殿は?」


 私はルドヴィス殿が何を言いたいかがわからなかった。ルドヴィス殿は私を見つめてからふと優しい笑みをのぞかせた。


「アルヴァンス殿はあなたの逃げ道だ。選択肢に入れておくほうがいい。……私としても、アルヴァンス殿相手の略奪なら負ける気はしないから、勝率があがって好ましい」


 この方は、本当に私を甘えさせる天才だ。私が欲しい時にためらいなく手を差し伸べてくれるから、いつもの気負いを忘れて頼りたくなる。

 しかし、その後半の言葉は……まさかとは思うが、この不穏な発言は愛人への立候補予告というものだろうか。

 一瞬悩んだが、私は考えるのもいやになっていたから、何も答えないままにした。

 

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