第7話 工作と結果
メネリアは、私たち姉弟の従姉妹だ。
今年で十九歳。カラファンドより二歳、ハミルドより一歳年上であり、マユロウの一族の中枢にいる。メネリアの母親は「ライラ・マユロウ」の呼称を持つ父の同母妹だ。
だから、マユロウ内の地位は当主の庶子であるカラファンドより高い。一族全体の中でも、次期当主である私に次ぐ格を持つ。
一方のハミルドは、エトミウ伯の嫡出の次男。
つまり、メネリアとハミルドが結婚すれば、形式上は完璧につり合っていて、紛争後の約定にもそれほど違わない。お互いの顔も傷付かず、運命のままに出会ってしまった二人も幸せになれる。悲劇と見なされるのは、婚約者に逃げられたという汚名をかぶる私たち姉弟だけだ。
カラファンドの同意を得た私は、まず父マユロウ伯に二人の結婚を提案した。予想通り父は面白がって、あっさりと賛成してくれた。
その次はエトミウ伯に会いに行ったが、こちらは胃が痛くなるような腹の探り合いを延々と続けた末に、なんとか納得してもらった。エトミウ伯は、本当はハミルドの相手が私になっても、メネリアになっても差はないと思っていたと思う。次男の性格を考えれば、むしろ賛成だったはずだ。
それを面目とか意地とか、そういうもののために付き合わされてしまった。……まあ、なんとかなってよかった。
疲労困憊でマユロウに戻ってくると、その頃には二人の件が知られるようになっていた。
右往左往していた私の母については辛抱強くなだめた。動揺していたカラファンドの生母殿には優しく、でもほんの少し脅して黙らせた。その他について、父と私が賛成し、エトミウ伯も承諾したと言えば静かになった。
全てが終わるまでは容易くはなかったが、このくらいできなければマユロウ伯の地位を継げない。幸い私は父親譲りの強引さがあり、身内の不満を黙らせるだけの力を持っていた。
身内の次は、領民たちだ。
領民たちは正直だ。不満があれば口をふさぐことは難しい。だから私はアルファンド殿に相談をして、高名な吟遊詩人たちを紹介してもらった。
入念に打ち合わせの後、吟遊詩人たちはハミルドとメネリアの恋を歌い広めた。
歌になると、生々しい政略は華やかな貴族劇になる。二人の許されぬ恋は、男女を問わず胸を高鳴らせた。潔く身を引いたカラファンドは、まばゆいほどの「悲恋の貴公子」になっていた。
しかし誤算もあった。なぜか私が「悲劇の女」になってしまったのだ。
これだけはうんざりしたが、これもハミルドの幸せのためだ。仕方がないとあきらめて何も語らずにいることにした。
こうして、秋祭に合わせる予定になっていた私の結婚式は、花嫁を変更して予定通りに執り行われた。
私はもちろん、次期当主として最前列で立ち会った。
十七歳で婚約者を奪われた形になったカラファンドも列席したが、周囲の目が突き刺さっていて、さすがに少し気の毒な立場だった。ほとんどが同情的で、嘲笑がなかったのが救いだ。それでも、婚約者に逃げられたという傷は一生ついてまわるだろう。
私同様に二人を心から祝福していたカラファンドは、あまりにも周囲から同情されたのでさすがに凹んだようだ。いつになく、しょんぼりと悲しそうな姿になってしまった。
元気が取り柄の弟なのに、不憫でならない。
そう思って気を揉んでいたら、アルヴァンス殿が何か耳元に囁いた。途端に、あっという間に元気な弟に戻っていた。
「アルヴァンス殿。カラファンドに何と言ったのですか?」
ハミルドたちの婚儀後の宴でこっそり聞くと、都の優雅な貴公子は生真面目な顔で教えてくれた。
「ちょっと教えてあげただけだよ。都のご令嬢たちは、吟遊詩人たちの歌の中の悲恋に耐える貴公子に涙を流している、とね」
「え? それだけであんなに元気になるなんて、流石に安易すぎませんか」
思わず呆れてしまった。
でもアルヴァンス殿は、なぜか宴の料理を運ぶのを手伝っているカラファンドに視線を向けながら、小さく笑った。
「カラファンド君は若い男の子だからね。あのくらいの年齢の頃は、とても単純なんだよ」
「でも、あなたはもっと落ち着きがあった気がするんだが」
「私は屈折していましたから。……知ってますか。カラファンド君はきれいな子だから、私が都を出る頃には、彼の姿絵も密かに出回っていたよ」
「ほう、それは気になるな。似ていましたか?」
「それはもちろんです。腕の良い絵師を雇って原画を描かせましたから。もし興味があるのなら、今度こちらにお送りしようか? あなたの姿絵もあったと思いますよ」
……楽しそうに言われてしまったが、冗談にしては笑えない。カラファンドの姿絵は気になるからお願いしたが、私のものは丁重に断った。
しかし、外から見ると悲恋の貴公子だとしても、異母弟カラファンドはそう言う性格の男ではない。
ハミルドとカラファンドは幼馴染であり、友人であり、ほとんど兄弟だった。今もハミルドの横の座り、いささか面倒な感じで絡みながら酒を飲ませている。
都のご令嬢方の夢を壊すようで申し訳ないが、あれはどう見ても悲恋の貴公子ではない。先に幸せになった友に見苦しく嫉妬する男だ。
こっそり笑っていると、私のそばにいたアルヴァンス殿が私の酒杯に酒を注ぎ足した。
「実は……私はライラ・マユロウのことを少し心配していたのですよ」
アルヴァンス殿は、私の顔を覗き込んだ。
鮮やかな赤髪に縁取られた顔は、幼い頃から見慣れていても感心するほど美しい。
男に美しいと形容するなど、吟遊詩人たちが歌う恋物語の中だけと思っていた。でもそろそろ三十歳が近いはずのアルヴァンス殿は、まさに美しいという形容することがふさわしいと思う。
アルヴァンス殿は端整な顔立ちをしている。顔立ちだけでなく、赤い髪も立ち姿も仕草も、すべてが美しい貴公子だ。
私はまだ都には行ったことがない。でも、都の貴族というものはみんなこうなのだろうか。もしそうだとすれば、まばゆくて面倒な場所ということになる。
ふとそんなことを考えていると、アルヴァンス殿がすっと顔を寄せて私の耳元に囁いた。
「その……大丈夫ですか?」
「何がですか?」
「あなたの傷心は癒えましたか?」
「傷心?」
聞きなれない言葉に首を傾げると、間近にある美しい顔はとても真剣だった。私の顔の表情を一つも見逃すまいと見つめてくる銀水色の目は妖しい輝きを湛えている。
でも、私はため息をついた。
どれほど美しい顔がそばにあっても、酒臭い時点で真面目に取り合う気にはなれない。大袈裟にため息をつき、アルヴァンス殿の酒杯にコツンと自分の酒杯を当てた。
「あなたはもう酒に酔っているようですね。だいたい、最初から存在しない傷をどうやって癒せというのですか?」
「……それが本当なら安心しました。さすがライラ・マユロウ」
一瞬の間の後にアルヴァンス殿は晴れやかに微笑み、たっぷり満たしていた酒杯をぐいっと干した。
そのまま立ち上がって、ハミルドの席に向かっていた。
我が父マユロウ伯もハミルドの横に座っていて、ハミルドの父親であるエトミウ伯も酒樽をそばに置いて座っている。
ハミルドは今夜は前後不覚になるまで飲まされるだろう。花嫁には気の毒だが、これも古くからの慣習の一つ。今夜ばかりは諦めてもらおう。
……そう思っていたのに、伝統的な蛮行は三日間続いた。
花婿が花嫁の待つ初床にたどり着いたのは、二人に与えられたマユロウ領の端の小領に移動した後だったと聞いている。ライラ・マユロウとその異母弟を泣かせた男なのだから、手荒い祝福も尋常ではなかったようだ。
でも、全ては無事に解決した。あとは二人で静かに幸せを育んでいけるだろう。
一方、私はと言えば、「婚約者に捨てられた女」という悲劇的な看板を背負うことになった。カラファンドより長く生きているのだから、このくらいでへこたれる私ではない。
ただ、実際に特に負担はないと言っても、事情を知らない周囲の人々の同情には閉口してしまう。
領内を視察する度に、領民たちが元気を出してと言ってくれたり、二十一歳という年齢で婚約者を失うとはひどい不幸だと悲観してくれるのだ。これが何度も繰り返されたので正直うんざりしたが、これもマユロウ伯という領主を認め慕ってくれている証なのだと諦めていた。
やがて、吟遊詩人たちが高らかに歌った婚約解消劇から一年半がすぎた。
私を困惑させる周囲の同情は減ってきた。いくら平和なマユロウ領内でも、さすがに時間が流れれば人々の記憶も薄れて行く。当事者の私があいまいな笑顔を見せる以外は、全く「悲劇の女」らしくないこともあるはずだ。
やっと楽になる。私はすっかり油断していた。
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