芦花公園

 

 おう、おんちゃん、仕事から帰りゆうが?

 はは、冗談じゃ。

 おんちゃん、この辺じゃ見ない顔じゃね。

 ああ、迷った?

 それは、無理もないが。天気予報は晴れやったがに、雨や。山の天気は、分からんからね。

 かまんき、こっち来いや。ここで休んだらえいがやないろうね。

 雨が止んだら、下まで連れてってやるき。

 おんちゃん、何しちょる人?

 待って、当ててみよか。俺、こうゆうん、得意なんや。

 うーん、おかしいなあ。

 うまく見えん。

 もしかして、おんちゃん、無職いうやつ?

 はは、すまんすまん。

 なんもかんもうまくいかんことは誰にでもあるけん、気にしなや。

 聞いといて、俺が何も言わんのはおかしいよな。

 退屈やと思うけんど、話してみるわ。

 俺、斉清言います。

 歳……ほうやね、おんちゃんの子供くらいとちがうか? そんな歳やないて? はは、すまんね。

 俺は、仕事はしちゅう。

 うーん、おんちゃんみたいな人は、阿呆と思うんじゃないかね。

 拝み屋。

 ほうや。霊能者、って呼ぶ人もおる。

 しきくいさん呼ばれとる。この辺のもんは皆、俺のことは知っちゅうが。ちょっと有名人なんよ。こんなクソ田舎じゃ、何の自慢にもならんけど。

 それにな、拝み屋言うても、テレビとは違うんじゃ。

 ハァー! 悪霊退散!

 そんなことはせん。

 まあ、悪いもんはおりますよ。ほういうときは、お願いをする。

 何にて、お山よ。そんなんも忘れたんか。ああ、言うてなかった。すまん。

 お山にお願いするんよ。悪いもんが来ませんように、て。

 おん。その通りや。

 来てしまうこと――失敗することの方が多いわ。

 インチキ? 気のせい?

 ほうじゃね。

 ほうじゃ。

 そういうインチキでもな、たまーにお山が聞いてくれることもあるけん。

 あとは、ほうね。冠婚葬祭、いうやつ。

 そうゆうんは、俺やなくて、おかんとか、ジジイがやるんじゃけんど。

 なんで俺がやらんのかて、それは見たら分かるがやろ。

 頭が悪いのよ。

 勉強ができん。

 ほういう、儀式とか手順とかなんも覚えられん。

 俺見て、頭えいように見える?

 はは、そうそう。その通りじゃ。

 冠婚葬祭、当たり前やけど、俺のインチキ商売よりずっとずっと大事よ。

 特に葬式は。

 亡くなった人の魂を、きちんと鎮めて、神様にせんといかんき。

 まあ、おんちゃんに言わせれば、これもインチキ言うことになるんじゃないろうかね。

 でもな、本当に、大事な仕事なんよ。

 ジジイはな、あれはもう、ずっとほういう人間やから。人間、っていうか、どっちかゆうと、お山のモン、って感じ。

 可哀想なんは、おかんじゃね。

 おかんにはね、歳離れた兄ちゃんがおって、そん人がこの仕事する予定やったんけど、死んでしもてね。ほうよ、お山が聞いてくれんかった。悪いもんにやられた。

 ほんでおかんは、それまでずうっと普通の生活しちゅう普通の女の子だったけんど、苦労して苦労して、勉強して、色々できるようになった。

 こうゆうのって悲しいけど、遺伝とかとは違うらしいわ。

 こっとり、えらいのが出てくる。分かるがやろ。

 まあ、何が言いたいかって言うとな、おかんには才能がなかったんよ。それでも頑張りましたー、ゆう話です。ほら、拍手でもしたらえいがやないですか。

 すまんな、まあ、つまらん話じゃったけんど。暇つぶしというか、まあ、なんか思い出さんかなと思って。

 だっておんちゃんいま、なんも思い出せんがじゃろ。

 そら分かるよ。顔で分かるちや。

 おお、えいえい。

 うっすら思い出してきたんじゃね。

 ああー。うんうん。はいはい。

 おんちゃんね、それはいかんぜ。

 あっこは入ったらいかんて言われんかったがか?

 あの部屋。ああ、部屋いうんは俺が勝手に呼んどるだけ。

 穴よね。ただの山に空いた穴に見える。

 本当に誰が広めたんじゃろね。

 俺は知っちょる、ジジイも知っちょる。他にも津守さんとか――まあ、この辺でこうゆう仕事しちょる人間は知りゆうが。でも誰にも言ってないんじゃけどね。

 あの部屋でお願いすると、確かになんでも叶うわ。

 でもなあ、こんなん、普通に考えたら分かりそうなもんやけどなあ。

 例えば、東京大学に合格しようと思ったら、むっちゃ勉強しんといかんでしょ?

 あとは、ほうやね、オリンピックに出ちょる人とか、ピアノのコンクールで優勝しゆう人とか。異様に頑張っとるやない? 体壊すくらい。

 なんかせんと、なんももらえんのよ。

 それくらい分かるがじゃろ。なあ。

 それなのになあ、なんもせんと、なんかもらえると勘違いしちょる阿呆が、何人も何人も。

 ああ、さっきの、東京大学の人とか、オリンピックの人とかでも、普通の人より頑張らんでできる人もおるよね。ほうね。才能いうやつよね。

 まあ、ほういう人もおる。

 なんか叶えても、なんもとられん人。

 人間の器のでかさなんかな、と俺は思ってるけんど。

 とにかく、人によって違う。場合によってはな、本当に死ぬ。

 死ぬのよ。

 その、器を超えたお願い言うのかな。ほういうので、なんも取るもんがないと、命しか。

 ナントカ大学から来ました言うてた、民俗学の偉い先生はな、「ははあ、質量保存の法則ですね」とか言うてたけんど、俺にはよう分からん。分かりやすいほうで聞いてくれたら。

 まあ、身の程を弁えろ言うてもさ、そもそも、なんもせんでなんかもらおうとする阿呆どもよ。ほんなん、聞くわけないろう。

 おんちゃんも、その口やろう。

 何をもらおうとした?

 まだ思い出せん?

 多いのは、やっぱり金よね。

 こんなクソ田舎で、こんなんしてても、金の大切さは分かるよ。金があるとできることは多いきに。

 あとは――女かな。でもおんちゃんは違うか。俺と同じや。顔がいけちょるよね。はは。

 まあ、まだ思い出せんようじゃから、俺が聞いた、一番およけない話、教えてやるわ。おんちゃんも、思い出せるかもしれんし。

 ある男がおった。

 その男はまあ、普通の男じゃった。都会の、平凡な家に生まれて、普通に高校と大学を出て、普通のサラリーマンをやっとった。

 趣味は旅行。

 休みの日に、こういうクソ田舎を周るのが好きじゃった。

 まあ、なんかおるよね。都会の空気に疲れたーみたいなこと抜かすやつ。

 ほんで、この山に来て、出会った。田舎でも都会でも見たことないような、不思議な雰囲気の女。男は結構、モテるタイプだったらしいけど、普段遊んでる女の中にはいないタイプやってんて。

 とにかくどうしても、その女を手に入れたくて。その女が全然靡かんかったのも、余計燃えたらしいわ。

 何度も何度も山に通って、とうとう男はその不思議な感じの女と結婚することができた。男も一緒に山に住む、っちゅう約束でな。

 まあ、二人はしばらくは幸せじゃった。

 男は山降りたところのレストランに雇ってもらって。都会にいる時、営業職、いうのをやってたけん、接客は得意中の得意だったらしいんよね。女も、今まで通り山で生活できて。

 ほやけどさあ、やっぱりここは、クソ田舎やき。

 都会の、「スローライフ憧れる」とか抜かす連中にありがちなんじゃけど、まあ、覚悟がないのよ。クソ田舎なんて、不便やし、そら娯楽もないよ。

 早い話が、生活が嫌になってしもたんよね。

 魅力的な大自然じゃって、目が覚めれば単なる害虫製造機よ。

 結婚しても女がなんも変わろうとしないのも気に入らんかった。

 まあ、尽くしてほしいみたいなん、俺も分からんでもないよ。でもな、ほういう人と結婚すればえかったやん。都会の、ほういう素敵な女性と。

 男が一番嫌だったんは、女の家の仕事を手伝わされること。

 マジでこれに関しては意味が分からんわ。「田舎の親戚付き合いは濃い」みたいなんよく聞かん? ほういうのが嫌じゃったら、やっぱり田舎で暮らすんは無理よ。頭が悪いよね。まあ、だから俺も頭が悪いんじゃろなあ。

 しかもな、手伝うっちゅうても、ただ見ていればえいだけじゃったんよ、女が仕事しているところを。

 それだけでも嫌なもんかな。なあ、どうして?

 まあ、今聞いてものせんな。

 続けよ。

 それでなあ、もう決定的に嫌になってしまったのは、子供を作れ、言われたことなんじゃって。

 伝統芸能? ほうよ。ほういうやつ。

 女の仕事は、子々孫々、受け継いでいく、ほういうもんじゃった。

 ほやけん、どうしても子供はおらんといかんて。

 男はまだ、遊んでいたかったんよね。女と恋人気分でおりたかった。

 田舎でゆっくり、悠々自適に暮らしながら、好みの女と新婚生活を送るのを夢見てた。

 でも現実はこう。

 それで男がどうしたかと言うと――

 あれ、おんちゃん。大丈夫かよ。

 顔が青いな。

 まあえいか。

 どうしたかと言うと、逃げた。

 酒飲んで、レストランに来た、他の女と遊んで。

 それで、女が愛想尽かしてくれると思った。

 でもな、女は、男のことを、男が思っちょるよりずっと、愛しちょった。何されても許して、最終的に私のところに帰ってきてくれれば何をしていてもかまわない、離婚だけはしたくない言うたらしいわ。

 まあ、阿呆じゃね。でもさ、男として、ほんなん言われたらグッと来る言うか、なんか、情が湧く言うか、ないながですかね? ないがですか。うーん、まあえいか。

 そこでな。

 そこで。

 戻るわけ。

 話が。

 部屋の話。

 男は、うっすら聞いたことがあったんよ。

 盗み聞きか分からん、ジジイが部屋の話しとったんを、聞いちょった。

 おお。

 えかったやん。

 やっと。

 やっと思い出した。

 ほうよね。当たり前よね。

 ほうよ。

 お前の話じゃ。

 お前はな。

 願ったんじゃ。

 もうこんなとこで生活するの嫌です、て。

 ものすごい力持った、跡継ぎをくれてやるから、もうこんな場所から逃げさせてくださいて。

 叶ったよな。

 なあ。

 ほんで、お前は阿呆のくせに、死なんかったよな。

 なんも取られんかった。

 何笑っとるん。いや、口が上がっちょるき、笑っとるがでしょ。俺分かるよ。なんでほんな顔しちょるんか。

 さっき俺の言うた話思い出したがやろ。

 人間の器。

 お前は思ったんじゃ、「人間として器が大きいから何も取られなかったんだ」って。

 違うわ、阿呆。

 お前の願いは、叶った。

 お前は阿呆のくせに、こざかしいことして、逃げられたんじゃ。

「ものすごい力持った跡継ぎくれてやる」

 言うたがじゃろ。それが、えかったんや。

 女の――おかんの仕事は、お山に仕えることじゃ。ほうじゃ。俺らの仕事は、ほういうもんじゃ。

 お前は、お山に俺を捧げたんじゃ。ほういうことになるんじゃ。おかしい話ぞね。結局お山が全部やっちょるのにな、言い方の問題なんか……。

 ほんでトントンどころか、お釣りが来たんじゃ。

 お前、山降りて、随分楽しい生活送ったって?

 どんな気分なん?

 全部押し付けてよ、どんな……。

 どいたち、うまくいかんことばっかりやったが。

 こっとり、えらいのが出てくる言うたがやろ。それが俺じゃ。

 俺は、ほとんどなんでもできる。こうゆう、インチキ臭いことは全部、全部じゃ。

 ほんで、色々任されて。

 悪い気分ではなかったよ。えいこともあったわ。でもなあ。どうじゃろ。

 見える?

 見えるがやろ?

 手も足ももうないよ。

 なんもできん、動けんよ。

 お前みたいなの、ぶっ殺してやりてえわ。

 でも、手も足も出ない。ははは。ははは。

 ……まだできることはあるけん。

 今こうなった俺にもできることはあるんです。

 それはね、なんもせんこと。

 なんもせん。塚起こしもせん。歌も歌わん。

 お葬式って大事なんですよぉ。

 言うたがでしょお。

 大事なんですわあ。魂が大変なんですわあ。

 お前が、クルーザーの事故でうっかり死んだ、それはうっかりよ。多分できると思うけんど、俺、人殺しはしたくないちや。お前のためにほんなん、したくない。

 なんでこんなとこにて? 俺はここのもんやないのにて?

 お前は部屋を使ったじゃろ。お山に叶えてもらったがじゃろ。

 ほやけん、戻って来ゆうが。お山に。

 おう、こんままなんもせんでも、お前はぐるぐる、ぐーるぐる、お山を迷うことになったやろねえ。なんもせんでも変わらんかったじゃろうねえ。

 でもどうしても見つけてやりたかった。

 なんでてそれは、おかんが心配しちょるからよ。ずうっとどうなってしまったか心配しちょる。時間があるときは探しちょる。

 ああでも本当にえかった。おかんに才能がなくて。

 おかん、葬式はできるのよ。おかんがお前を見付けてしもたら、お前、神様になってしまうがじゃろ。

 本当にえかったわ。俺が見付けられて。

 ありがとう!

 一度も感謝したことなかったけど、お山はやっぱり、俺の言うことは聞いてくれるわ!

 ありがとう!

 ああ、嬉しい。

 久しぶりに楽しいわ。

 こんなんなってしまって、なんもえいことなかったけん。

 はい、できた。

 特別サービスや。

 普通の、悪いもんになってないやつに、こんなことせん。

 俺、ちょっと前はこれで金稼いでたわ。

こんなん一回五百万円するんよ。

 ありがたいじゃろ? タダでやってやったんやから。

 ここに、縫い付けといたわ。

 ありがとうは?

 なあ。

 あーりーがーとーうーはー?

 はは、泣いた。

 ここ、本当に、誰も来ないよ。

 俺の他には、ジジイくらいか? でもジジイはもう、のうがわりいけん、来れん。

 俺はたまに見に来てやるわ。

 俺が死んだら、どうなるんじゃろなあ。

 色々、楽しみやなあ。

 一緒に色々話そうなあ。

 父さん。

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