第16話 美味しい食事と甘いデザート

 チェンバロとバイオリンと金管楽器などによる協奏曲コンチェルトが俺の耳を優しくなぞり、パーティー会場には見るからに高そうな花、装飾品、骨董品などが展示してある。


 3人は、余裕ある態度と笑みでもって俺を真ん中のテーブルに案内してくれた。周りにはお仕着せのメイドたちが優雅な足取りで歩いている。とてもゴージャスな空間だな。


 王族が住みそうな豪華な家を我が家だと思って寛ぐとかできるわけがない。


 俺が案内された椅子に座ると、ドレス姿の3人は薄い桜色に染まった頬を誤魔化すように妖艶な笑みを漏らし、俺の向こう側に腰を下ろした。


 目の前の四角いテーブルにはフォーク、ナイフ、スプーンと白い皿が置かれていている。やがてメイドが数人来て、料理を俺たちのテーブルに運んでくれた。しなやかで無駄のない動き。おそらく、相当修行を重ねたのだろう。


「ありがとうございます」

「い、いいえ!晴翔様のご尊顔を拝することができて、嬉しい限りです」

「ご尊顔って……」

「メディチ家に仕える私たち全員にとって晴翔様はいわば命の恩人です。ですので、誠心誠意尽くさせていただきます」

「気にしなくても良いです。使用人の方々もご無事で何よりですね」


 俺の言葉を聞いた数人のメイドは、急に咳払いをして無言のまま料理を置く。


「「失礼いたします」」

 

 作業が終わったメイド数人はワゴンを押しながら歩き去った。すると、突然、露出多めの青いドレスを身に纏ったアリスが俺の名前を呼ぶ。


「晴翔」

「うん?」

「メイドにも優しいね」

「ん……普通だと思うけどね」


 この国の礼儀作法なんか知るはずがない俺は後ろ髪を掻きながら返事した。すると、アリスは、二重の大きな目を細めて、手を口の端に当てて艶やかなピンク色の唇を動かす。


「晴翔は良いになれそうだわ」

「ご、ご主人様?」

「ええ。メイドにも奴隷にも優しいご主人様」

「ど、奴隷!?」


 な、なんでいきなり奴隷の話が出てくるんだ?俺がかっと目を見開いてアリスを見つめるが、鼻で甘い吐息を吐いて、その巨大なマシュマロを少し揺らすだけだった。


 しばしの沈黙が流れる。


 だが、この静寂はカロルによって裂かれた。


「あの……晴翔様は兄弟とかいますの?」

「俺は一人っ子だ」

「そ、そうですか……」


 カロルは口をキリリと引き結んで俺を見つめてくる。まんまるなお目々と幼さが残る顔立ち。しかし、女性の魅力を引き立てる鎖骨と巨大な二つの膨らみ。


 前にも思ったが、カロルの頑是がんぜない仕草を見ていると、妹というキーワードが真っ先に思い浮かぶ。姉のアリスも妹に体をくっつけて俺を見つめてくる。


「それにしても、アリスとカロルはとても仲良しだね。俺はずっと一人だったからな。二人を見ていると、俺にも妹みたいな存在が居ればなと思う時がある」

「っ!」

「どうした?」

「い、いいえ!なんでもありませんわ!晴翔様はきっと素敵なお兄様兼王子様になれると思いますの!」

「お、王子様?」

 

 聞き慣れない言葉を聞いたもので、カロルの顔を見て聞き返したが、彼女はまた口をキリリと引き結び、ルビーのような赤い瞳で俺を凝視する。

 

 とてもかわいいが、ずっと見ていると、どうにかなってしまいそうだ。


 個性だと思うが、アリスとカロルの視線には、えもいわれぬ迫力がある。もちろんアニエスさんも。


 俺は頭を左右に振り、目の前にある料理を食べる。すると、3人は温かな笑みを浮かべて俺をするように見つめた。


 時には軽い冗談を飛ばしあったり、時にはアンデットモンスターについて話すなど、食べたり話したりを繰り返していくと、お腹がくちくなった。3人はとても上品な食べ方をしていたので、上流階級の教養をあまり知らない俺と一緒に食事をすれば気分を害するのではないかと危惧していたが、案外、3人は俺にとても優しく接してくれた。


 こんなに美しい上に、優しいなんて……


 本当にこの人たちと時間を共にしても良いのかと、うちなる自分が問うてくる気がしてならない。


 料理は最高に美味しかった。正直、たこ焼きやお好み焼きや焼きそばといった大衆的な料理を好む俺はこんな贅沢の限りを尽くした料理とは縁が遠い。けれど、この料理はとても高級で、最良の材料をふんだんに使ったことは食べた瞬間分かった。


「料理、本当に美味しかったです」


 俺がアニエスさんに向かって礼を言った。


 すると、アニエスさんは


「ふふっ……ティータイムがまだ残っていますわよ」


 目を細めて色っぽい声で俺に返事した。


 やがてメイドたちが来て皿を全部片付けて、ケーキがいっぱいのっている三段のケーキスタンドと紅茶一式を慎重に置く。そして、立ち去った。


 ブルーベリーケーキ、いちごケーキ、そしてチーズケーキなどなど。


 俺はテーブルにあるフォークを見てみた。

 

 心なしか、このフォークは鋭いように映る。


「晴翔様、紅茶をどうぞ」

「あ、はい。すみません。わざわざ」

「いいえ、私、紅茶がでして、毎日飲んでいるんですよ。だから娘や使用人たちにもこうやって注いであげたりしますので気にする必要はありません。ふふ」

「そ、そうですね」

「ケーキと一緒にいただいてください」

「は、はい」


 アニエスさんはそう言って、鋭いフォークを手に持ち、ケーキスタンドにあるチーズケーキにブッ刺した。そして、チーズケーキの尖った部分の先端を食べる。


「晴翔?食べないの?」

「あ、いいや。食べる」

「紅茶も飲んでください!」

「うん」


 アリスとカロルに言われて、俺はいちごケーキとブルーベリーケーキを皿によそって食べ始める。そして紅茶も。


「うん……美味しい」


 3人は暖かい視線を送り、各々のケーキを堪能し始めた。


 またしばしの沈黙が流れる。だけど、この沈黙はとても心地が良い。絶世の美人たちと美味しい料理を食べ、ケーキと紅茶もいただく。これほどの贅沢、俺に許されてもいいのだろうか。


 そう考えていると、アニエスさんが口を開く。


「晴翔様」

「はい」

「晴翔様は、以前、恩返しがしたいのなら、他の人を助けてくださいとおっしゃいました」

「そ、そうでしたね」

「だけど、私たちはそれほどの器を持っている人ではありません」

「え?どういう……」



「晴翔様の気持ちは十分理解していますが、やっぱり……」

「やっぱり?」




「晴翔様に全部返したいです」



「っ!」



 色っぽい声が俺の脳を舐め回すように響く。


「晴翔様がいなかったら、全てを失うところでした。だから、私たちの全てを持って、晴翔様にがしたいです」

「いや……俺は」

「晴翔様には権利があります」

「権利?」

「はい。この家に自由に出入りできる権利、貴賓として私の使用人たちから丁重に持てなされる権利、そして」


 ……なんだこれ……アニエスさんの声がずっと頭で響いて……


「アリスとカロルといつでも会える権利……」

「……」

「この権利を持っている晴翔様に私たちはたっぷりと時間をかけて恩返しがしたいです」

「っ!」


 俺は頭を抱える。目の前の3美女は、そんな俺を


 じーっと見つめていた。

 

 色気を帯びた瞳で吸い込むように。


「晴翔、どうかしたの?」

「とっても幸せそうな表情をしていますわ」

「し、幸せ?」


 今とても頭が朦朧としていて、ゆめうつつで、3人のフェロモンが俺の鼻を責め続けるような気がして……


 3人の声がずっとこだまする。


 これが、幸せ?

 

 霞んでいく意識の中、浮かんでくるのは、


 









 光を受けて輝く青色、赤色、エミラルド色の瞳。


 俺は、






 押し寄せる謎の快楽と共に意識を失った。






追記



紅茶とケーキは最高の組み合わせ


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