第4話 月明かりの下で
「どうして乙姫は太郎に玉手箱を渡したと思う?」
まひなは生徒に対する先生のように問いかけてきた。
「そりゃあ………どうしてなんだろ?」
考えてみたこともなかった。
確かにこのままだと乙姫はいたずらに太郎の寿命を減らした悪女になる。
「いろんな説はあるけども、私はこう考えているわ。玉手箱は"なんでも願いを叶える願望器"なのよ。彼女はきっと絶望するだろう太郎を憂いて渡したんだわ」
願望器……。話が見えてこなくて少し困惑する。
「願望器って。いくらなんでもおかしくないか?太郎はおじいさんになりたかったというのか?」
「明確にそうなりたいとは願ってないだろうけど、似たようなことを願ったはずよ。例えば──みんなと一緒に年月を重ねたかったとか」
なるほど。
太郎は一緒に年月を重ねたかった。
だがらこそ、玉手箱を開けた瞬間"陸で過ごせていたはずの年月分加齢した"のだろう。
「でも、それじゃ願望器とは程遠くないか?願いを捻じ曲げて、屁理屈を効かせて叶えただけじゃないか」
「確かに願望器とは言い難いわ。けど、曲がりなりにも非現実的なことを起こしたのは事実よ。……話が逸れすぎたわね。とりあえずグゼンは玉手箱を探して求めている。私はそれを何としても守らなきゃならないのよ」
「……グゼンが玉手箱を探している確証はあるのか?」
「あるわ。現にグゼンは怪域とともにこの学校付近で頻繁に出現している。それはこの学校に隠されている玉手箱以外には考えられない」
「隠すっつったってどこに?」
この学校には厳重に隠せる場所など、思いつく限り校長室と生徒会室にそれぞれ置いてある金庫ぐらいしかない。
「それはまた追々話すわ。そろそろ時間が迫って来ちゃった。グゼンが現れる頃よ。早急で悪いけど、結論を出して欲しい」
時計を横目に見る。時刻は6時半をまわった。外を見渡せば、日が落ちて洛陽を迎えている。
もう少しで街は陽の光ではなく人工の光で埋め尽くされるだろう。
昨日のあの出来事より少し遅い時刻。
もうすぐあの化け物が現れるという。
「………なぁ、その玉手箱がヤツらの手に渡ったらどうなるんだ?」
まひなは少し俯いて、
「断定は出来ないけど………おそらく取り返しのつかないことになるわ」
そう答えた。
曖昧な答えだが、あんなのを野放しにしたらこの街が危険に晒されることは確かだろう。
しかし手伝うのなら、またあのトラウマを味わう羽目になる。
街を守るために囮になるか。それとも逃げるか。
俺は────────、
「────はぁ、仕方ない。気は乗らないが手を貸すよ」
「本当!?」
まひなが顔を明るくして近づけてくる。
「ちょっ……その、近い」
「あ、あぁごめんなさい。嬉しくて、つい……」
思いの外大胆だな……。
まひなが顔を赤らながら遠ざかる。
………可愛い。
今の顔を報酬代わりにしてもいいぐらいだった。
「………」
窓から空を仰ぐ。明るみがあった暖色はうす暗い寒色へと移り変わりつつある。
正直柄でもないし乗り気でもなかった。
なんせ遠回しに、街のために囮になれと言われたんだ。
自己犠牲なんてまっぴらごめんだ。
街か自分の命かを問われたら俺は迷わず命に重きを置く。
なぜ手を貸すと答えたのか。
この街が好きだからか?
報酬が美味しかったからか?
いや、どれも違うと思う。俺はきっと──────、
「何でなんだろうな」
「どうしたの?」
いや、なんでも、と答える。
もしかしたら、自らの目標的な生きる意味が欲しかったのかもしれない。
莉沙を一人にしないために生きる。それは確かに生きる意味だ。
しかし、それは外的要因だ。
もしそれがなくなったら、いよいよ生き霊のようになってしまう。
そうならないための保険が必要だと無意識に感じたのだろう。
そう、と返したまひなを見つめる。
うん、そうだ。きっとそれだ。
何故かまだ少しモヤモヤするが、切り替えよう。
とりあえず、今はこれからのことを考えよう。
「協力するとは言っても、俺は死にそうにでもなったら役目を放棄してでも逃げるからな」
我ながらかっこつかない発言だ。
しかし、これが最低条件だ。こればっかりは譲歩出来ない。
「それで構わないわ。もとからそのつもりだったから。清峰くんには、グゼンを教室まで陽動してくれたら逃げてもらう。あとは私が処理するわ」
「処理って。あの化け物を倒す気なのか?」
「無論そのつもりだけど」
なんて事ないようにはっきりと言い切った。
まひながただの人間ではないことぐらい、昨日の一件で俺も知っている。
だが─────、
「女の子一人にそんな重荷は背をわせられるか。俺もできる限り、死なない程度だけど、尽力するぞ」
安全第一には動くが、流石に命の恩人を見殺しにするほど性根は腐ってない。
しかし、言ってはみたが出来ることなんてせいぜい肉壁に入るくらいだろう。
あ、それじゃあ死んじゃうか。
「ありがとう。けど、私一人で事足りるわ。今まで通りよ。だから、気持ちだけ受け取っておくわ」
少し左腕を隠すようにおさえたのが気になった。
それより、今までって………。
「もしかして、これまでも他にもグゼンに立ち向かってきたのか?」
「────そうね。概ねそんな感じよ」
そんな事当たり前だ、という顔をしている。
「一人でか?」
「そうだけど」
たった一人でこの街をあの怪物たちから守ってきたのか。
普通なら到底信じられないが、俺は魔法のようなものを使っているのを見た。
あれならば、人外のグゼン相手でもなんとかなるのかもしれない。
しかし、それでは当たり前の疑問が生まれてくる。
「大城まひな………お前は一体何者なんだ?どうしてそんなにグゼンに詳しい?なんでグゼンからこの街を守っている?」
正直要らない詮索だったかもしれない。
だが、聞かなくてはならない、誰か一人は覚えてなくてはならない。
薄々だが、そんな気がした。
「清峰くん。教室にいる時より喋ってくれるね」
ふふふ、とまひなが嬉しそうに笑みを浮かべた。
「───あ、そうだな」
確かに、まひなとこんなに話したのは初めてだ。いや、それより、だ。
「それより、はぐらかさないで答えてくれ」
「そういうつもりじゃなかったんだけどね。私は……そうね」
ごくりと唾を飲み込む。
「強いて言うなら……………ただの正義の味方よ。街が危機なら、正義の味方が立ち上がるのは当然の事じゃない?まぁ、まだまだ私は未熟者だけど」
まひなは少し考える素振りをみせてから、これだとばかりに突拍子のない単語を口にした。
謎に照れくさそうで誇らしげなのが余計俺を困惑させた。
「正義の味方って……。その歳になってその……イタくないか?」
まひなはそれを聞いた途端え?嘘だろ、という顔をし出した。
それはこっちのだ。
「イタい……!?じゃ、じゃあ清峰くんは仮面のライダーとかウルトラな巨人に憧れていないの!?男の子なのに!?」
焦燥故か口早に聞いてくる。
「憧れって。そんな歳はもう卒業したよ」
「そんな………!?憧れに歳は関係ないわ!今からでたもまだ間に合うわ!個人的には、毎週日曜朝に放送されているダンテスがオススメよ。今までとは違う斬新で画期的な復讐劇というシナリオでありながら義理と自分の正義を貫くというヒーローで子供でも楽しめる構成になっていて────」
興奮気味に変えを近づけてくる。いい香りが鼻をかすめた。
こいつ昂ると距離感バグるな。
クラスメイトの意外な一面を知ってしまった。
才色兼備な人だと思っていたたが、どうやら一癖二癖ありそうだ。
「だから近いって。それと本題から逸れてるぞ」
「あっ……ごめんなさい。取り乱しすぎたわ。コホン、それでは具体的な流れを話しましょう」
まひなは少し赤らめた顔を咳払いで引き締めて話を続ける。
「まず、キミがグゼンを教室におびき出す。そしたら急いで外に逃げてもらう。そこからは私の役目ね。大まかな流れは以上だけれど、これで構わないわね?」
「なんで教室なんだ?」
「妖精の祝福は光が無いところだと発動できないのよ。廊下だと光がまばらでやりずらいの。ちなみに光は人工ではなく、自然的なものでないといけないわ」
「妖精の祝福?あの魔法みたいなやつか?」
「そうよ。私は妖精の力を借りて戦っているの」
いよいよファンタジーチックになってきたが、いちいちつっこんでいたらキリもないし、時間もない。
女の子一人に一番危険な仕事を任せるのは気が引けたが、おそらく俺は戦闘において、まひなにとっては足手まといだろう。
けど、一つだけ助けられる才能がある。
未来が変わったらと考えて、他言は避けていたが、今は言うべきタイミングだろう。
「危なくなったら頼れよ。これでも俺、男だから。それと、こちらも大城みたいな派手なのはないが、おそらく役に立つ力を持ってるぞ」
「力?それはどんな?」
まひなが興味ありげに聞いてくる。
こんなモノ、なければいいとまで思っていた。だが、今なら役に立ちそうだ。
「聞いて驚くなよ………俺は未来が観れるんだ」
「なるほど。それは素晴らしい力ね」
「………もうちょっと驚いてくれてもいいじゃん」
「私以外にも裁定者が……?いや、でも────あ、ごめんなさい。でも、実際かなり驚いているわ。流石に私でも未来なんて読めないもの」
何やら顎に手を当てて、何か考え込んでいるのか顔には出さないものの、驚嘆はしてくれているらしい。
「疑わないのか?」
「私の話を信じてくれたのに、疑うのは不公平でしょ。それに、あの時夢通りとか言っていたのも覚えているわ。助けられたことも辻褄が合うしね」
あの時とはおそらく昨日の夜のことだろう。
そう言えば──────。
「そういえば、俺はあの後どうなったんだ?大城が、気絶してたから家まで運んでくれたのか?」
「そうね、私が治癒を施して家までおぶって行ったわ」
「アフターフォローまで感謝いたします。あ、それと倒れる寸前何か柔らかいものを掴んだ気が………」
今でも感触を覚えている。あれは一体何だったのだろう。
目に見えてまひながボッと頬を蒸気させた。
少し涙目になりながら、ぷるぷると何かを我慢するように震えている。
………なんとなくわかった。
ようは、ハプニングイベントだ。
感触を呼び起こすように、手を握って開く。
「…………」
「………どこみてるのっ!」
まひなが両腕で胸を覆いながら遠ざかる。
意識してしまったならしょうがないじゃないか。
同学年のなかでもトップクラスで発育がよろしい。
「………もうお嫁にいけないわ」
事故とはいえ、流石に罪悪感を覚えてきた。
「そうなったら俺が責任持って貰うからさ。それより、また話が逸れたぞ」
「逸らしたのはどっちよ………。えっと、確か清峰くんの能力の話だっけ。もう少し聞かせて」
まひなは今日何度目かの仕切り直しをした。
そこからは大まかに予知夢について伝えた。
予知夢を人に話したのは初めてだった。
「ちなみに予知夢通りに動かなかったら、どうなるの?」
「小さなことなら多分大丈夫。ただ、未来が変わるような大きなことを変えたら、一度痛い目にあった」
だから徒に未来を変えられない。
「なるほどね。ところで今日は予知夢を観た?」
「観たけど………今日のはあんまり役に立ちそうもなかったな。なんか暗闇の中、何かを持って光に向かって走り込んでた。そして、何かが降ってきた」
「暗闇の中……時間帯は夜で間違いなさそうね。問題は場所と、何を持っていたか、光とは何か、どうしてそうなったのか。何が降ってきたのか。そして、一番の問題はこれ通りでいいのか、よね」
「場所は……建物内で広く感じたな。何を持っていたかはさっぱりだ。降ってきたのも経緯も同じでわからない。光は、一箇所だけ光が差し込まれていた感じだった」
「一箇所……となるとライトかもしくは……月明かりかしら?」
なかなかにいい線をいってそうな気がした。確かにあれは、月明かりだったのかもしれない。
しかし、仮にそうだったとしても、どうしてその状況になったか分からなければ役には立たない。
そして、一番の問題。
本当に、このシナリオで進んでいいかどうかだ。
予知夢通りのシナリオは、必ずしも最善ではない。
予知夢に現れるのは、まるで"予知夢を見ないまま生活した際の未来"だ。
迂闊に回避するのは危険とは言え、本当にこのままでいいのだろうか?
………不確定要素ばかりで役に立たないハズレだ。
「自分で役に立つと言っといてなんだが、今回はハズレっぽいな。まぁ、頭の片隅にでも入れといてくれ」
「そうね。でも完全に無駄でもなかったわ。ありがとね、教えてくれて」
まひながフォローを入れてくれる。
「あぁ、今回はあんまり役に立たなかったけど、これからきっと役に立つぞ」
「これから?」
「そうだ。まだグゼンは他にもいるんだろ。さっきも言ったけど、大城一人じゃこの先不安だ。いや、別に大城の実力を疑っているわけじゃない。でも、ほら、万が一ってあるだろ」
流石に他人に、それも女の子一人に街の平和を任せられるほど、俺は腐ってない。はずだ。
「…………そうね。そうしてくれたら助かるわね。けど、それはまた何度も自分の命を危険に晒すということよ。覚悟は出来てるの?」
──────覚悟。
あぁ、それが生きる意味になるのなら、とっくに出来ているはずだ。
「勿論だ」
「そう」
まひなは優しく目を細める。
それから、俺の目の前に手を差し出した。
「じゃあ、よろしくね。マイパートナー」
───────────!
不意に向日葵のように美しい笑顔を向けた。
心臓が高鳴る。
この気持ちの正体にはまだ気づいていないし、向き合ってもいない。たが、今は知る必要はないと思った。
「ああ、こちらこそ。相棒」
がっしりと固い握手を交わす。
契りは黄昏に。
誓いはここに。
月明かりのみが照らす教室。
それはまるで、童話の扉絵の様だった─────。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます