第26話 宿願成就

「ごほっごほ……この……でき、そこない、が……よくも……!」


 ドライに気管を押さえられている為、途切れ途切れに悪態をつく少女は、エルヴン共和国第一王女、リムエルであった。


 地に伏し、すでにこと切れたエルフは、それぞれエルヴン王とリシュエルの妹だった。母は幼い頃に亡くなっており、リシュエルの興味は死者にはすでに向いていなかった。


「さすがお婆様のお気に入り。その状態でも喋れるとは大した根性ね」


 軽口を叩きながらも、いつ不意打ちで魔術を放たれてもいいよう集中は切らさない。


 そもそもドライに喉元を押さえさせて呪文の詠唱を邪魔し、怪しい動きがあればすぐ殺すよう命令してある。

 しかしそれでも油断ならないのが魔術師である。いざとなれば、自分を巻き込んで大規模魔術を発動させるかもしれないのだ。


 3姉妹の内で最も魔術の才に恵まれたリムエルならば、なおさら油断することはならない。


「お元気そうで何より。そうでなければやり返しにきた甲斐がないもの」


 それでも現状圧倒的に優位にある事を示すため、相手の立場を思い出させる。


「ぐ……復讐、しにきたと、言うの……!?」

「他に何があるの? そうでなければあなたの顔なんか見たくもないのに」


 あくまで上から目線で語り掛けるリシュエルに、リムエルが悔し気に臍を噛む。


「ところで、あのババア……おっと。第一宮廷魔術師殿の姿が無いけれど、はぐれたのかしら?」

「お婆様は、瓦礫の下に埋まって、しまったわ。わかってるの? あなた、家族を殺したのよ!! お父様も、リズエッタも!」

「ふん。本当に家族なら、咎人の烙印を押した上に、処刑しようとなんてしないわ」

「それは……! あなたが死霊術なんかに手を出すから!」

「どの道あなた達の陰湿ないじめはなくならなかったでしょうけどね」


 そこでリシュエルは脈絡もなくリムエルの太ももを短弓で撃ち抜いた。


「ぐあう!」

「ああ、いい声! それが聞きたかったのよ!」


 リシュエルは顔を紅潮させながら、続けざまに短弓を発射する。


「くあ! いぎ! うぐう……! この、何をするのよ……!?」

「あらあら、まだまだ元気ね。そうでなきゃいたぶり甲斐がないけど。覚えてる? 昔、あたしをメイドに押さえ付けさせて、魔術の練習だとか言って全身黒焦げにしてくれたのを。あの時の火傷はしばらく消えなかったんだからね。これはそのお返し」


 うすら笑いを浮かべ、リシュエルはリムエルの右耳を撃ち抜いた。


「きゃああああ!」

「ああ、いいわ! その声! もう一回聞かせて!」


 間髪入れずに左耳も狙い違わず地に縫い付ける。


「うああああう!」

「最っ高! もっと早くやっていればよかったわ」

「この……調子に乗って……!!」


 悪態をつこうとしたリムエルの顔面を、リシュエルは無慈悲にも思い切り踏み付けた。


 その際ドライが場所を譲り、一瞬リムエルの拘束が解ける。


「……炎よ!」


 この一瞬を待っていたのだろう、気道に十分な空気が通ったと見るや、リムエルが会心の笑みを浮かべて呪文を唱えた。



 しかし……



「ふふふ。ざーんねーんでしたー。あなたにさっきから撃ち込んでたこの矢はね、レイエンと共同開発した魔封じの矢なの。特にエルフの魔力の源である長耳には効果大ということがわかってるわ。いかにあなたの魔力が強大でも、これだけ撃ち込んでおけば魔術の発動は到底無理って訳」


 そのまで説明して見せると、リムエルの表情が徐々に青くなり、かたかたと震え出した。


「逆転の目はもうないと、やっと理解したようね。良い顔だわあ。これからあなたには、私の味わった地獄フルコースをお返ししてあげるから、覚悟しなさいよ。ああ、やりすぎちゃって死んでしまっても大丈夫。痛覚を残したゾンビにして、永遠のサンドバッグにしてあげるから。アハハハハハ!!」


 リシュエルはリムエルの顔を蹴り飛ばしながら、狂ったように笑い続ける。まさにそのまま死んでも良いという具合に。


「ご……ごべん、な、ざい……」

「はあ?」

「今まで、ひどいこと、して、ごべん、なざい。だから、命だけは……」

「それはあなたの生命力次第よ。大体謝って済む時期は、とっくに過ぎたっての」


 リシュエルは不機嫌を隠さずにリムエルの腹を踏み付ける。


「ぶふ……!」

「さて、そろそろあたし達も一旦避難しないと。いつアバドンがここを踏み抜くか知れないしね。アッハハハハ!」


 嬌声を通路に響かせながら、リシュエル達は捕虜を一名確保し、地下通路を脱出していった。




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