第23話 敵の敵

 魔王エスデルクは、獣王ジュウラスとは違い、平均的な魔界人の容姿をしていた。

人間の寿命は当てはまらないが、見た目は40~50代といったところだろうか。


 ジュウラスとはまた違う、とてつもない魔力を秘めた圧力を感じさせたが、リシュエルは怯まなかった。

 エルヴン共和国の王である父も魔術師であり、似た雰囲気を持っていた為、この手の重圧には慣れていたのだ。


 リシュエルの胆力を認めたのか、エスデルクは長い髭を一撫ですると、質問を始めた。


「まず確認したいのは、何故我が国へ攻め入らなかったのか。貴公らの戦力ならば、十分に可能であったろう」

「それは我々の目的が、エルヴン共和国の打倒だからです」

「ならば、なぜジュウラス王国を滅ぼしたのか。ジュウラスは粗野だが馬鹿ではなかった、交渉次第で味方に……いや、よそう。貴公らが死霊術を使う以上は、世界全ての敵である。あのジュウラスが交渉に応じるべくもないか」

「ええ、その通り。ジュウラスの攻勢は問答無用でしたので、やむなく」


 リシュエルはやれやれとかぶりを振り、続けてエスデルクの目を見返した。


「しかしあなたはこうして話し合いを受け入れた。こちらの見込んだ通り、利用できるものは何でも利用する、言わば同類とお見受けしました。違いますか?」

「……うむ。エウヴンとの戦も、もうずいぶん長引いている。ここらで攻勢を強める一手が欲しかったところだ。手段を問わず、な」


 一瞬の沈黙の後、エスデルクが苦々しく肯定する。


「それならば、我等は手を組めると思いませんか。私どもはエルヴン王家が滅びればそれでいい。ミスリル鉱山の権益には興味がない」


 レイエンの侵攻理由を槍玉に上げ、リシュエルは続ける。


「私どもは表向き、大っぴらには動けませんが、ジュウラス王国から奪った資金で援助ができる。そろそろ軍事費も厳しい頃でしょう?」

「御見通し、か。肯定しよう。兵力だけでなく、軍事予算も厳しくなっている。助力してもらえるなら頼もしい限りだ」


 眉間に深いしわを刻み、エスデルクが首肯する。


「では、互いの利益のためにも手を組みましょう。細かい事は後々に。こちらも準備がありますので」

「承知した。よろしく頼む」


 リシュエルとエスデルクは同時に立ち上がると、がしりと握手を交わした。


「追って使者を出します。それまでは堪えて下さい」

「うむ……」


 リシュエルとアバドンが退室すると、皇帝は崩れるように椅子へ座り込んだ。


「化け物どもめ……!」


 着席し直し、緊張を解いたエスデルクは、深い息を吐いた。


「申し訳ありません。あの黄金の騎士、まったく隙がなく……」

「仕方あるまい。余にもわかる、恐ろしい使い手であった」


 騎士団長ハルトマンには、隙あらば二人を斬り殺すよう密命を与えていたが、それは見事に打ち砕かれた。

 黄金の騎士が、静かだが圧倒的な存在感を放っていたせいだ。


 帝国としても、本来はアンデッドと手を組むなど、際どい綱渡りでしかない。

 できればここで頭を潰し、自然瓦解させるのが一番であった。


 が、生半可な力であの二人をどうこうするのは無理と分かった以上は、腹を括るしかない。


「死霊術に頼るなど忌々しいが……こうなればあの化け物どもの力をうまく使い、エルヴンを叩き潰してやるしかあるまい」

「騎士団としては業腹ですが……ご意向に従います」

「正直なところ、軍事費を都合してくれるというのは魅力的ですからな」


 黒子に徹していた宰相ダルケンは、ほくほく顔であった。それだけ帝国の財政は逼迫ひっぱくしていたのだ。


「何を担保に貸し付けられるやら、頭が痛いがな……」


 エスデルクは、アンデッド軍の狙いがどこにあるのか、しばし悩まされる事になった。

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