第2話 図書館慕情 ①

 読み終わった本を返却するために、何もない虚空こくうにいつものように本を持った手を伸ばす。手を伸ばした先の空間は裂けていき、裂け目からは真っ黒な空間が姿を現した。

 その空間に手を入れようとした瞬間、空間の境界きょうかいでパチンッと静電気のような弾ける感覚を感じた。それと同時に、空間は自分の意思とは反して、すっと閉じていった。

 もう一度、空間の裂け目を作り、今度は確かめるようにゆっくりとれると、先ほどと同じように空間に拒絶されているかのように弾かれてしまった。


「これは困ったわね」


 そんな言葉と共にため息もれてしまう。

 自分が今使った魔法は、空間と空間を繋ぐ魔法だ。そして、繋げようとした空間の先にあったのは、ストベリクという都市にある図書館だ。その図書館内にあれば本を探す手間もなく取り出すことができるし、返却もできるという便利な魔法だ。現地に行くのが単純に面倒なのでこうやって横着をしているわけだ。図書館以外にも繋がっている場所はあり、他にもこの魔法の応用で空間内に作った場所を倉庫代わりに使っていたりもする。

 ちなみに、先ほど読み終わった本を取り寄せたのは昨日の昼ごろなのでその時間までは問題なく作動していたので、本を読みふけっている間に何かがあったのだろう。


「仕方ないわね。久しぶりに出向くとしましょうか」



 夜が明け、身支度を整え終えると久しぶりに家の外に出た。最後に外に出たのがいつだったかはもう正確には思い出すことはできない。


 私のことを引きこもりの魔女と思われたら、それは事実でもあるのでそれまでなのだけれど、私はただ単純に面倒くさがりなだけなのだ。

 食料の調達も家の中にいながら、空間魔法で繋いだ先から調達することができるし、家事も全て魔法ですればいい。

 さらに極論を言ってしまえば、私には食事だけでなく睡眠さえも必要がない。


 だって、私は死ぬことができない悠久のときを生きる魔女なのだから――。


 それでも食事をするのは、お腹がすくとストレスを感じるし、集中力も低下するからだ。そして、誰もがそうだろうがおいしいものを食べたり飲んだりするのは、生きていくうえでの楽しみの一つでもあるのだ。

 また夜通し本を読んで、その程よい疲れと朝の柔らかな日差しに包まれながら眠るなんともいえない幸福感も、昼下がりの穏やかな時間に惰眠だみんをむさぼる快感もまた楽しみの一つで。

 そして、私はただ過ぎていく時間の流れに身を委ねながら、ありとあらゆる書物を読むことで暇をつぶしているに過ぎないのだ。


 私の住む家があるのは、普通の人間ならば立ち入ることすら躊躇ちゅうちょしてしまうほどに深い森の深部しんぶの動物さえも寄り付くことを避けそうな濃い緑に囲まれた場所にある。そこにあった一本の大木に魔法を使い、住むための家に改装したものだった。


 外の空気を胸いっぱいに吸い込む。相変わらずここの空気に混じる魔力は少しだけ濃いなと実感する。それがこの場所の特性か、私が長く居すぎたことで影響を与えてしまったのかはもう判別することは難しい。

 手の平を下に向け、欲しいものを意識するとすぐにポンッと現れ、私の手に握られる。自分の中にある倉庫に使っている空間から取り出したのだ。

 そうやって取り出したのは移動用に使っているホウキで、ホウキの柄にそっと腰かける。それと同時に足はふわりとちゅうに浮き上がり、そのまま上空へと一気に上昇する。

 それから目的の図書館のあるストベリク市に向けて方向転換し、障害物の一切ない空中をただひたすらに真っ直ぐに飛んでいく。

 空を飛ぶことができない普通の人間なら街道かいどう沿いに進むしかなく、馬車なら一週間近くかかってしまう道のりも、空を飛べる私は欠伸あくび混じりにゆっくり飛んでも半日とかからない。

 こういうときばかりは魔女でよかったと思ってしまう。だって、私は面倒くさがりなのだから。

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