第18話 山田さんが隠すもの
『新曲の配信状況について』
スマホの画面が光り、そんなメールの件名が表示される。
もちろん、受け取ろうとして手を伸ばしていた山田さんにもそれは見えてるわけで、慌てたようにパッと俺からスマホを受け取り、胸で画面を隠す。
「っ、見た?」
動揺を瞳に宿し、探るようにじっと見つめてくる。レンズの奥の瞳が僅かに揺れている。
よほど見られたくないものだったらしい。なら、俺の答えは一つだ。
「……なにが?」
「……見てないなら別に大丈夫」
惚けてみると、訝しみながらも首をふりふりと振り、ポケットにしまう。
うん、多分これでいいはず。山田さんが嫌がっている以上、深入りするのはダメだ。
良い悪いに関係なく、距離を縮めることになってしまう。今のままを維持するなら、放っておくのがいいだろう。
どうしてあのメールを見られるのが嫌だったのか、少しだけ気になりはしたけど、心当たりはなかった。
「おい、早く帰ろうぜ」
秀俊の掛け声で、俺と山田さんの間にあった微妙な間が霧散する。
秀俊と俺が横に並び、その後ろを山田さんがついて歩く。
廊下は既に薄暗く、人気は少ない。吹奏楽部の人たちが楽器を片付ける姿だけをチラホラあるのみ。
秀俊は隣を歩きながら後ろをちらりと見る。山田さんが4歩ほど後ろを歩いているのを確認して、俺の耳元に顔を寄せた。
「なぁ、山田さんのスマホになに映ってたんだ?」
「見てないって」
「少しもか? あんなに焦ってるなんてよっぽどのものだと思うんだが」
「やっぱり、秀俊も山田さんの様子おかしいと思った?」
「そりゃあな。あんな俊敏な山田さん初めて見たぞ」
秀俊が言っているのは俺からスマホを受け取ったときのことだろう。スマホを回収して隠す動きはなかなかのものだった。……何の感想だ、これ。
「まあ、理由がどんなことであっても、別に気にしないよ。山田さんのことに深入りするつもりはないしね」
「相変わらず潤はドライだな」
俺からこれ以上の話は聞けないと思ったのか、諦めたようで両手を頭の後ろに置く秀俊。
相手の秘密を知ったところでどうなると言うんだ。距離を保ちたいなら、深入りは避ける。それが俺の持論だ。
山田さんは一言も発しないまま、俺たちの後を続く。結局、そのまま下駄箱まで着いた。
「あ、俺自転車だし多分二人と逆方向だから」
「分かった。じゃあね、秀俊」
「ああ」
忘れていたけど、秀俊はここが地元だった。お別れということだ。
秀俊は山田さんに視線を向ける。
「山田さん、今日は教えてくれてありがとな。凄い助かった」
「少しでも助けなったなら良かった」
「あ、潤。ちゃんと山田さんのこと送っていけよな。どうせ同じ方向だろ?」
「……分かったよ」
秀俊も言う通り、俺も山田さんも駅に向かうのは変わらない。2人きりになるのは避けたかったが、今日頼んだのはこちら側だ。
そのせいで遅くなったのだから、送るのが筋というものだろう。
なにより、勉強会での山田さんの発言で、山田さんの俺への向き合い方も分かったので少しだけ警戒が緩んでいたのもあった。
秀俊が一人で先に出ていくのを見届けて、自分も靴を履く。
「じゃあ、行こうか」
「……別に一人でも平気だけど」
「どのみち駅に行くのは変わらないし、勉強教えてもらっていたせいで遅くなっちゃったんだから送ってくよ」
「……そう」
納得したのか、していないのか。山田さんの表情は見えないのでいまいち掴みづらい。
ただ隣に並んだので、一応は同意したということだろう。……じゃないと俺がストーカーみたいなことになるので困る。
暗くなった夜道を二人で歩く。外で山田さんと一緒にいることなんてないので変な感じだ。
今更、女子と二人で帰るのは軽率だったかなと思ってしまう。
「今日は突然だったのに、ほんとありがとね」
「別に。前のお礼だから。それだけだし、気にしないで」
「俺的には前のも助けたつもりはなかったんだけどね……」
山田さんは恩を感じているみたいだけど、本当に俺はなにもしていないのだ。それを感謝されても反応に困る。
会話はそこで途切れて、沈黙が漂う。二人分の足音だけが響いて、街頭の道標を辿っていく。
仲良く話すつもりはなかったし、このまま駅までかなー、となんとなくぼんやり考えていた時だった。
「あの、今日のメールのことなんだけど……」
山田さんが口を開いた。
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