第四章 勉強会編

第14話 新曲

 教室での出来事がきっかけとなったのか、一週間も過ぎれば、山田さんの噂は収まりを見せた。

 元々噂話などすぐに流れていくもので、話題など次々湧き上がる。


「なあなあ、シャートンの新曲聞いた?」


 俺の中の1番のトレンドは勿論、昨日公開されたシャートンの新曲。思わず大きくなってしまった声が朝の教室に響く。

 向かい合って座っている秀俊は、きょとんと目を丸くする。


「新曲?」

「そう! 昨日やっと新曲が公開されたんだよ! もうどれだけ待ったことか。もうマジ神」

「へー、そうだったのか。勉強忙しすぎて知らなかったわ」

「いやいや、もう勉強してる暇なんてないって。そんな暇あるなら100回聞いてみてよ」

「バカ言うな。お前の変態基準と同等に扱うんじゃねえよ。そもそも、来週から期末テストなのにそんな余裕あるか」

「あ……そうね、期末テスト」


 冷めやまない興奮はどこへやら。一気に萎えた。来週から期末テストが始まることを完全に忘れていた。

 

 授業自体は真面目に受けているし、課題も一応はこなしているので赤点はないだろうけど、腐っても進学校。中間テストはなかなか苦労したので、流石に復習しないとまずい。


 仕方ない。シャートンの新曲聴きながら勉強するか。


「そういうわけだから。悪いな。朝も勉強するからまた昼休みな」

「あ、ああ」


 結局、秀俊は軽く挨拶を交わしただけで自分の席に戻ってしまった。


 事情は分かるが、せっかくシャートンの新曲の魅力を語ろうと思っていたのに。消化不良が否めない。

 

 ひっかかる何かを飲み込んで自分も勉強道具を机に並べていく。


「……今、聞こえたんだけど、神楽くん。シャートンの新曲聴いたんだね」


 控えめな声が右横から届く。顔を向けると山田さんがこっちを窺っていた。


「ああ、うん。会話聞こえてた?」


 こくりと頷き、ちらっと左右に瞳を彷徨わせる。


「その……どうだった?」

「もちろん、最高だったよ。今までよりもポップな感じの曲で、また新しい雰囲気が出てた。俺は好き」

「……そう」


 聞いていて楽しいのか、無表情ながらも声が少し弾んでいる。


「いや、ほんと天才なのかと思うわ。あれだけ色んな曲出してるのに、まだ新しい曲調の曲を出せる人なんてなかなかいないよ」

「大袈裟すぎ」


 少しだけ呆れた口調で山田さんが呟く。だけど、自分は本気だ。思わず続けてしまう。

 

「いやいや、本当にシャートンは天才だって。あんないい曲連発して作れる人、滅多にいないから。ほんと全部の曲好き」

「そ、そう」


 山田さんは僅に俯いているので表情は見えないが、くるくると髪を人差し指で巻いていた。どうやら俺の気持ちは伝わったみたいだ。


「本当にどの曲もいいんだよね。それぞれに個性があって、大事に作ってるんだなってのが伝わってくるし」

「……そんなの分かるの?」

「まあね。シャートンに関してはエスパーよ。なんでもお見通し出来るレベル」

「あ、うん、分かった」


 山田さんの小さな口からため息が漏れ出るのが見えた。なぜだ。


「……とにかく今回の新曲も気に入ったみたいでよかった」

「もちろんだよ。勉強する時何回もリピートするつもりだし」

「勉強?」

「ほら、期末テスト近いでしょ?」

「そういうこと」

「山田さんは余裕そうだね」

「別に普通」


 普通と言っているけど、中間テストで学年二位なのは周知の事実だ。うん、普通とは?


「はぁ、勉強しないとなぁ。山田さんは誰かと勉強会とかするタイプ?」

「全然。一人でする方が効率いい」

「だよね。そんな感じする」


 偏見だけど一人で黙々とやるタイプだろう。そもそも日頃から勉強しているのだから、そのまま同じ繰り返しをするだけか。


 テストに憂鬱になりながら、勉強道具を机に並べた。



 



 

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