第13話 誤解は深まる

「ちょっと、美優。何やってるの?」


 市川がこっちに歩いてくる。有馬さんはぴくっと身体を震わせると、市川の方を振り向いた。


「太一」


 市川の下の名前を呼ぶ有馬さん。ほんの僅かに瞳が輝くのが見えた。


「何やってるの? 事情があるから話せないんでしょ。しつこく聞くのはダメじゃない?」


 腕を組み、有馬さんを嗜める。どうやら止めに来てくれたらしい。ありがたい。これで一先ずは収まるだろう。


 何事もなかったかのように振る舞いつつ、少しだけ上がっていた腰を下ろして自分の席に座り直す。


 隣の山田さんは、急な市川の登場に少しだけ目を丸くして二人を見上げている。


「やってないならその事情を話せるでしょ。」

「話せないこともあるでしょ?」


 止められたことが不満なようで、有馬さんの語気が強い。ただ慣れているようで市川は真っ直ぐに有馬さんを見つめ語り続ける。


 このままいけば、有馬さんは引き下がるだろう。やっぱり俺が出しゃばるところではなかった。


 よかった。よかった。上手くいきそうだ。そう思っていたのだが。


「それに山田さんはやってないと思うよ?」

「なんでよ」

「潤がそう言ってたし」

「神楽くん? だからって……」

「山田さんの事情を知ってる潤が違うって言ったんだから違うんだよ。ね?」

「え?」


 市川が急にこっちに視線を送ってきた。いや、何を言ってる? そんなにっこり微笑まれても心当たりなどあるわけない。

 

「またまた惚けちゃって。噂話の話題を振った時、あんなに分かりやすく話題を変えたらバレバレだよ」


 ぱちりとわざとらしくウインクが飛んできた。いや、ウインク、じゃないでしよ。なに、変な勘違いをしているんだ。

 あれは、ただ話題を続けたくなかったから変えただけであって、何か理由を知ってるからじゃない。そんな「僕は分かってるよ」みたいな顔をされても困る。


 有馬さんも納得いっていないようで顔を顰めている。不満そうに口を尖らせてぼそっと呟く。


「……じゃあ、学校人目を避けるみたいにわざわざここから離れてる北の駅で会ってたのは?」


 市川は首を傾げて俺を見てくる。それに倣うように有馬さんもこっちを向く。アーモンド型の吊り目が怖い。


 はぁ。仕方ない。答えなければせっかく収まりかけた追及がまた始まってしまう。


「それはそこが山田さんの地元だからだよ」

「……そうなの」


 端的に答えてやれば、有馬さんはそれ以上の追及をしてくることはなかった。


「……ごめんなさい。勘違いしていたわ」

「別に。これ以上聞いてこないならいい」


 山田さんの言葉が小さく教室に響く。有馬さんが動くと、周りもぽつりぽつりとまた会話が生まれ出した。


「なんだ。ただの誤解か」

「市川くんが言ってたし、それに隣の人も」


 ほんの少しだけそんな会話が聞こえた。


「いやー、ごめんね、山田さん。美優には僕から言っておくからさ」

「もう大丈夫。……ありがとう」

「礼なら潤に言ってよ」

「神楽くん?」

「潤が噂のことで山田さんのこと庇ってたから、俺もそうなのかなって思っただけだしさ」

「……そう」


 市川と山田さんがこっちを見てくる。いや待て。俺は庇ったつもりは……。


 誤解を解こうと口を開くが、俺の弁明よりも早く、市川が俺の肩に腕を乗せて組んできた。

 顔を俺の耳元に寄せてひそひそと囁く。


「感謝してよ。潤の株上げといたから」

「はぁ? いや、だからそういうのじゃ」


 否定してみるが市川は全く聞く耳を持ってくれない。何度言っても「またまたー」と余計ににやつかせるばかり。だめだ、これは。俺が照れ隠しでもしてると思っているに違いない。


 ひとしきり俺をいじり倒して満足したのか、俺から離れると肩をぽんぽんと叩いた。


「まあ、頑張って。俺は応援してるから」


 ぐっと親指を立てて、去っていく。いや、頑張るもなにもないんだけど。妙な誤解は解けないまま、ぽつんと残された。


 ため息を吐いてみても、全く気分は晴れない。どうしてこうなるんだ。


 ちょこんと肩をつつかれる感触に隣を向く。山田さんが何か言いたそうにしていた。


「……一応、神楽くんもありがとう。助けてくれて」

「別に。俺は何もしてないから、ほんと感謝しなくていいよ。止めたのは市川だし」


 謙遜でもなんでもない。本当に俺は何もしていないのだ。何度も首を振る。これで伝わるだろう。


 そう思っていたけど、山田さんはほのかに微笑んでまたしても俺を真っ直ぐ見つめてきた。


「……そう。でも、ありがとう」

「いや、だから俺は何もやってな……」

「……そういうことにしておく」


 それだけ言い残して機嫌良さそうに微笑んだまま本を読む作業に戻ってしまう。

 小さく笑みが浮かんだ山田さんの横顔は、不覚にも見惚れそうになるぐらい綺麗だった。


 ああ、まったく。山田さんと関わらないために噂話の話題を変えただけなのに、なんでこうなるんだ……。


 俺は心の中で頭を抱えた。

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