第三章 噂話編
第9話 噂
翌日、学校に登校すると、またしても隣の山田さんから挨拶がやってきた。
「おはよう」
「うん、おはよう」
山田さんの手には一つの本。軽く顔を上げた山田さんと視線が交わる。
「昨日渡した曲、どうだった?」
「もう最高だったよ。今の曲より少し懐かしい感じで凄く良かった」
「そう。気に入ってもらえたなら良かった」
澄まし顔の山田さんに薄く笑みが浮かぶ。ほんの僅かな変化だけど、柔らかい。
「本当にいい曲だったよ。なんでシャートンは消しちゃったんだろう。もったいない」
「……きっと色々あるんだと思う」
「まあ、そうだよね。気に入らないところでもあったのかな? 俺は好きだけど。もう感動で顔面びちょびちょよ」
「……頭大丈夫?」
無表情のまま、首を傾げる山田さん。視線が痛いです。
会話はそこで終わった。それ以降は特に何もなく、いつものように互いに隣の席の者同士の関係だけが続いていく。
これで良い。昨日はあえて避けられる方向に動こうとして結果的に会話をして、裏目に出てしまった。
だけど元々そこまで話す仲ではない。話そうとしなければ、実際はこの程度。話すことなどほとんどない。何もしなければこのまま何事もなく席替えまで進んでいくだろう。
変に意識せず、最初から気にしないでいつも通りにしておけば良かった。たまたま少し話す機会に恵まれただけであって、これが普通だ。静かに俺と山田さんが並んで座るだけの関係が続いた。
昼休み、いつものように秀俊とご飯を食べていると、思い出したように秀俊が呟く。
「そういえば、山田さんから幻の曲借りたんだろ? どうだったんだ?」
今日は秀俊の席で一緒に食べているので、山田さんは隣にいない。秀俊は窓際で自分の席に座りながら一人で食べる山田さんに視線を送る。
「借りたというか、ダビングしてある音源のCDをもらったよ。やっぱり最高だった」
「へー、これまでの中で何番目?」
「何番目と言われると難しいな。三番目くらいかな」
「そりゃあ、すごい。後で聞かせてくれよ」
「まあ、聴かせるくらいなら」
個人的な好みではあるけど、珍しさだけでなく曲としてもとても魅力的だった。今の曲とは雰囲気が少し違う明るい雰囲気で新鮮さがあった。
あれだけ良い曲をシャートンはどうして削除してしまったのか。もったいないし、そこだけが疑問だ。
「なんか山田さんといい感じじゃん。同じファンだし、気が合うみたいだし? 順調だな」
「順調って……。別に付き合うとかそういうつもりはないよ」
にやりと含み笑いを見せる秀俊に肩をすくめて見せる。
昨日はなぜか嫌われるはずが、さらに好感度が上がってしまったが、狙うなんてあり得ない。
「そうなのか? 随分仲良さそうだったし、お似合いな気はしたけどな」
「勘弁してくれよ。今はシャートンに夢中で恋愛とかそういうのはどうでもいいんだ」
「それなら、なおさら山田さんはいいと思うけどな。向こうもシャートンの大ファンなんだろ?」
「それと恋愛は別だよ」
「ちぇっ。つまらん」
不満と共に箸でご飯を一口頬張る。そう言われても変える気はない。このまま何事もなく進んでいくだろう。
♦︎♦︎♦︎
予想通り、翌日から山田さんと話すことはほとんど無くなった。
たまに挨拶を交わす程度の関係。それだけだった。
元々ほとんど会話は無かったのだ。たまたま話す機会があっただけで元々この程度。
機会が無ければ、関わることなどない。自分から積極的に絡もうとしなければなおさら。
望んだ関係で時間が進んでいく。1日、2日。1週間。このまま席替えをして離れるまで同じように挨拶を交わすだけの関係が続いていくだろう。
----そう思っていた。
山田さんから曲をもらって楽しく会話したのも懐かしくなってきた頃、ある噂がたった。
『山田茜はパパ活をしている』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます