第24話 奈々4

 「あたしがいなきゃ何にもできないじゃないさ。」

 そう、ぼくには奈々がいた。奈々がいたから僕は僕の自我同一性を保つことができた。

 別の側面から述べよう。

 僕は、僕の想像の中でこしらえた、一般を寄せ集めたような、有象無象の大学生とは、異なる大学生だと、自認していた。そのうえで僕は、そんな有象無象の大学生に紛れ込み、一般の寄せ集めの大学生として振る舞うことを、生きるための正義と考えていた。能ある鷹が爪を隠すのに似たふるまいを、能の無い僕が実行した。もちろん、そう認識できたのは奈々の存在があったからだ。その循環がいつしか僕の自我同一性になっていたのだ。つまり奈々抜きでは僕は僕として成り立てなくなっていたのだ。片輪になった人間が元あったはずの半分を求めるのに似て、僕は奈々を求める。複雑に入り組んで結合されていたはずの僕の肉が、瞬きする間にはぎ取られた。生気の宿る液体が枯れる前に、醜悪な外気に慣れて、枯れて乾燥しきってしまう前に、僕は奈々を求め、取り戻すのだろうか。あるいは…。

 僕らは抱きしめあい、肌を合わせ、現実的に交わった。

 温かく、やわらかい。

 僕は、現実的に、きつききつく抱きしめた。

 良心は俯瞰し、無言に目をそらす。彼の喉に、大きな空気の塊がせりあがる。「分かり果てた末、君は何を求めることが、できるだろう。」彼は、空間に文字を書くように、言った。誰にも届かない言葉だった。


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