美味しい朝ごはん
チェックアウトを済ませ、私たちは手をつないで西村さんのお店に向かう。途中で見える景色が、昨日より綺麗に見えた。
「綺麗だね」
陸人は海を見てそう言った。
「ほんとだね」
「僕たちデートで海行ったことないよね」
「そうね」
「じゃあ今度の夏、一緒に行こうね」
私は陸人を見て微笑んだ。陸人はあの震災を経験していない。だからきっと、私より海が綺麗に見えているんだろうな、と私は思った。
店の前に行くと、中で作業している西村さんが見えた。しばらく見ていると、西村さんが私に気が付いて、ドアを開ける。
「おはよう! 良かったらご飯食べていく?」
清々しい笑顔で西村さんは言った。
「良ければ」
入って、と西村さんはドアを全開にして手招きをする。私は迷うことなくお店に入った。
「すみません。オープン前に」
陸人はそう言って、西村さんに頭を下げた。私も続いて頭を下げる。
「今日はあなたたちに会いたくてここに来たから。むしろ来てくれて嬉しかったわ」
西村さんは私たちを景色が見える席に案内してくれた。
「ご飯、肉じゃがでもいい? 昨日作ったの」
「肉じゃが好きです」
私は笑顔で答えると、西村さんは嬉しそうに微笑む。
「今用意してくるから、ちょっと待っていてね」
きっと私たちのために、昨日作ってくれたんだろうな、と思うと心が温かくなる。席から見える景色は、昨日とは少し違う表情をしていた。
「陸人君、だっけ?」
厨房から西村さんは陸人に声をかける。
「はい」
「アレルギーとか苦手なものはない?」
「ないです!」
陸人は笑顔で答えると、西村さんは手で人差し指と親指で輪を作り、オッケーと声を出した。西村さんはトレーを持ってこちらに向かって歩いてくる。
「お待たせしました~」
そう言って西村さんは最初に私の前に料理を運んでくれた。トレーには肉じゃがと
白飯と味噌汁と生卵が乗っていた。
「美味しそう……」
私が料理を見ている間に、陸人の元にも料理が届く。
「ありがとうございます」
陸人の言葉に私も続いて、私は西村さんに頭を下げた。
「いいのよ! 口に合えばいいけど」
私たちはいただきます、と手を合わせ箸を持つ。箸は真っ先に肉じゃがの方へ向った。肉じゃがを口に運び、良く味のしみ込んだじゃがいもと肉に私は舌鼓を打った。
「美味しい」
そう呟くと、西村さんの表情はパッと明るくなる。
「本当? なら良かった」
陸人も無言だが、箸が進んでいる。
「二人は料理したりするの?」
私たちの近くに座り、西村さんはそう問うた。
「私は基本的に自炊しています。買って食べることは滅多にないです」
「僕はたまに作りますね。瞳が作ってくれることも良くあります」
「あら、そうなの」
西村さんは私を穏やかな眼差しでじっと見つめる。
「料理はお母さんに教えてもらったの?」
「はい、いろいろ面倒くさい母ですが、唯一そう言うところだけ感謝しています」
私は生卵にヒビを入れ、空いている小皿に割入れた。
「あ、お醤油欲しい?」
「いいえ、大丈夫です」
つかさず立ち上がろうとした西村さんを私は制した。
「ちょっとマイナーな食べ方だけど、肉じゃがを卵につけて食べるのが好きなんです」
少し照れくさくて、私は唇を少し噛んで微笑む。
「お肉に味がしみ込んでいるから、卵に合いそうね」
「僕もその食べ方してみよ」
ここにいる人は、私のことを否定しない。太陽の光で天日干しした、いい匂いの毛布に包まれているみたいだ。卵を小皿に割入れ肉を卵に絡めると、陸人はそれを口に運んだ。
「美味しい。すき焼きみたいだ」
西村さんは優しく微笑んで私を見た。自分の料理に手を加えられても、この人は文句を言わないんだ。私は西村さんの顔をじっと見て、自分の母親を思い出す。あの人はこんなに私を優しく見つめてくれたことがあっただろうか?
思い返してみても、母の怒りに狂った表情しか思い出せない。優しい眼差しが幼少期の私に与えられていたら、母を恨んだり憎んだりしなかっただろう。
母親ではない西村さんは私に優しい眼差しをくれるのに、母親であるあの人は私に笑顔の一つすら見せなかった。どうして、この人が私の母親じゃなかったのだろう。
「どうしたの? 瞳ちゃん」
私の顔を覗き込む西村さん。
「いえ、なんでもないです」
西村さんから顔を背け、そう答える。お味噌汁をすすり、私は赤味噌の味に親しみを覚えた。
「西村さんはランチもやっているんですか?」
「うん。たまにしか注文ないけどね」
味噌汁には豚肉とこんにゃくとニンジンが入っていた。陸人は美味しい料理にご満悦で、西村さんとも話が弾んでいる。
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