毒親
「景色、綺麗でしょう?」
店主は私に話しかける。
「ええ、とても。久しぶりに青森に帰って来たんですが、こんなきれいな場所があったなんて知りませんでした」
「あなた、青森出身なの? おしゃれで綺麗だから都会の人かと思ったわ」
「そんなことはないですよ。今は福岡に住んでます」
私が笑って答えると、そうだったのね、と店主は自分の頬に手を置いた。
「じゃあ今日は里帰り?」
「ええ、まぁ」
里帰りにも関わらず、実家に向かわずにいるのだが。
「なんとなく帰りたくなくて、実家に行かずに景色を見に来ました」
店主は指輪などはしておらず、スタイルの良さから子供がいるようには思えなかった。
「あら、どうして? 親御さんは待ってるんじゃない?」
きっと母は私のことを喉から手が出るほど待っているだろう。だから会いたくないのだ。
「ええ、待っていると思います。だから帰りたくないんです」
初めて会った人にこんなことを話すのはどうかと思うが、私のことを何も知らない人だからこそつい本音が出てしまう。私の気持ちを知られても、何も困らないのだから。
「どうして?」
店主は私の顔を覗き込む。
「私の母親、所謂毒親なんです。今病院で入院しているんですけど。私は母に会いたくないから距離を取っていたけど、私が来ないなら手術は受けないって駄々こねたらしくて」
店主ぐらいの年齢層の人に毒親と言って通じるのかは分からなかったけれど、私は自分の心根を隠さず素直な気持ちを話した。
「それは大変ね……」
しかし店主は私の話に疑問を口にせず、私に同情した。
「毒親ってわかりますか?」
私はつい店主にそう聞いた。
「知ってるわよ。暴力とか暴言とか、子供に対して威圧的な態度をとって子供の発育を遅らせたり止めたりする親のことよね」
私より詳しく毒親についての知識を持っている店主に、私は驚いて言葉を無くした。
「私、これでも臨床心理士なの」
優しい店主の笑顔にはくっきりとほうれい線が刻まれており、見かけによらず苦労してきたのかな、と私は思った。
「そうなんですね。なら詳しいはずですよね……」
臨床心理士のように大学院までいかなければ持てない学位を持っている店主が、どうしてこんな小さいお店をやっているのだろう?
「こうやっていろんな人の話を聞きたくて、たまに店を開けてるの」
「たまに、なんですか?」
「うん。月に三回ぐらい」
「なら私はすごい確率で今日店に来れたんですね」
「そうそう」
このお店の雰囲気や店主の人間性を見ると、彼女が臨床心理士なのにも納得してしまう。
「実家を改築してお店にしてるの。だからあまりお金はかからないし、趣味みたいなものね」
「趣味、ですか……」
人とかかわることを仕事とできるなんて、うらやましい限りだ。私なら仕事だと思って割り切らなければ耐えられない。
「すごいですね……」
店主は笑って立ち上がると、厨房に向かった。
「お腹すかない? 何か軽食でも食べようよ」
そう言って店主は冷蔵庫を覗いていた。
「勿論、お金はいらないから!」
冷蔵庫からトマトやチーズを取り出し、ニコッと笑った店主。
「そんな、申し訳ないです……」
「いいの、いいの。話付き合ってくれるし、あなた、可愛いから」
店主は慣れた手つきで野菜を切り、トースターに食パンを入れる。店主の言った可愛いという言葉は、私がいつももらう可愛いとは少し意味が違うような気がした。
「私ね、あなたぐらいの娘がいるの。だからあなたみたいな子見ているとなんだかご飯食べさせたくなって、話も聞きたくなっちゃうの」
きっとこの人の子供は人間性がいいんだろうな、と私は勝手に想像した。私はあなたの娘のように優しくもないし、そんな恩恵を受けられるような真っ当な人間じゃない。今から浮気したことを彼氏に話す、最低な女なのだ。
店主は手を止めず、楽しそうにサンドウィッチを作っている。断ろうと思ったが、なんだかそれも申し訳なく、私は何も言えずただぼーっと店主の様子を見ていた。
「はい、お待たせ」
あっという間に店主はサンドウィッチを作り、二つ皿を持ってこちらにやって来た。
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