仲台博士と高田君

@reiwanogankutuojisan

第1話 タイムマシン

19世紀初頭。アルベルト・アインシュタイン。彼が記述した相対論で時空の概念は一変した。時間旅行。空想の世界に命を吹き込み得る可能性を齎した。天才が明かした時間の正体に人々は魅了され数々の小説や映画が生まれた。タイムマシンを作る情熱はフィクションだけにとどまらず。数々の物理学者が魅惑的この難題に取り組んだ。しかしなお解を得られず月日は流れ…22世紀、ある国にて。

「たかだ君!」

「先生!」

地方都市、郊外の森に囲まれた巨大ビル。その一室で歓喜に震える二人の物理学者がいた。仲台博士46歳。眼光鋭い強面に白髪が目立つボサボサ頭。無精髭に着の身着のまま白衣姿。日頃の研究没頭ぶりが伺われた。

「やっと完成したね…タイムマシン」

「完成しましたね!」

高田昌貴28歳。真砂紐市摂津町立工科大学の物理学教授として教鞭を取る傍ら中台博士と前代未踏の発明に取り組んできた。

「感無量というか、ね。理論はともかくさ、実際こうして形になるとまた違った趣がね…身体中の神経をこう、駆け巡るってゆーかね、エンドルフィン的なもんがさ…」

「先生のご苦労が…研究の成果が!」

「たかだ君には苦労をかけたね。バカにする奴も多かったからね」

涙ぐむ仲台博士。弟子である高田は至極恐縮の体。

「いえいえ、私の苦労なんて…たかたですけど。核融合炉を使わないこの国で研究すること自体がどうのと言われ。口さがない人達の誹謗中傷を打ち払うには先生の理論を形にするしかないと…」

「コンビニに買い出しにも行ってくれた」

「博士が倒れられては元も子もありませんから。そこはもう」

「来客にも、たかだ君は嫌な顔一つせずに対応してくれた」

「博士がお仕事に集中されている妨げにならないよう当然のことです。あと、高田と書いて〝たかた〟です」

「頻繁に来ていたのはファンからのプレゼントかい?」

「いえ、Amazonの小包です」

「とにかくたかだ君には世話になりっぱなしだ。そこでだ、たかだ君」

「はい、なんでしょう。たかたですが」

「ぜひ君に、このタイムマシンに最初に乗って貰いたい。人類初のタイムトラベラーになって欲しいんだ」

仲台博士は高田教授の目を真っ直ぐ見ながら言った。

「何を仰るんですか。先生を差し置いてそんな!栄えあるタイムトゥラヴェラー第1号はぜひ先生が!」

「いや、たかだ君!ぜひ君に!」

「いやいやそれは先生。あと、〝たかた〟です」

「いやいやいや、君あっての僕なんだから。たかだ君!」

「いやいやいやいや、私なんかの出る幕では。先生ファーストで。しつこいようですが〝たかた〟です」

「いやいやいやいやいや、たかだ君ったらたかだくん!」

「そんなに〝いや〟を増やしたって先生。それはそれ。ささ、どうぞ」

「君しかいない!君こそスターだ!高田くん!」

「なんとおっしゃられても博士。漢字にしたところで〝たかた〟ですから」

「ああもう!!たかだ君!ちょっと!大人げないんじゃないか?こんなに言ってるのに!」

仲台博士は怒った。

「ど、どうしたんですか?そんなに怒って…」

「い、いや怒るなんてとんでもない。ただワシは、たかだくんにただ、ただたかだくんにと言ってもいい。最大の感謝と敬意をだね、うん。セクシャルタイムトラベラーNo.1の称号を受け取って欲しいんじゃよ」

「先生…」

高田教授は博士の目を食い入るように見つめた。

「分かってくれるね…」

強面ながら円らで澄んだキラキラおめめで見つめかえす仲台博士

「ほんとは乗りたくないんじゃないですか?」

「な、何をおっしゃっちゃってるんぞなもし!ばばばばばか言ってんじゃないよ !お前と俺は!喧嘩もしたけど同じ屋根の下研究してきたんだぜ!」

「…動揺の仕方が独特ですね」

高田教授は腕を組み、やや考えて再び

「先生…実は僕もですね。一抹の不安を感じないと言えば嘘になります。いえ、むしろいろいろ考えて昨日なんかろくに眠れませんでした」

「…そうなの?」

「はい。過去や未来に行くのはいいとして、行った先の世界で、マシンがちゃんと安全な場所につくのか?」

「うんうん!だよね!だよね!」

「真空でもない場所に突然こんな大きな機械が現れて、そこにあった物質と干渉しないのか?いやそもそも未来に地球が存続している保証だってないわけで。生命体への影響はないのか?考え出すときりがないんですよね」

「そ、そこまで考えてなかった…!こえー!そんなん考えるとめっちゃこえー!とにかくこえー!こえーよたかだ君!」

「現在から未来にいなくなった人が、寸分たがわずまた同じ時点に戻ってこれるのか、戻ってこれなかったら同一人物が二人いる世界と、その人がいなくなった時点が存在して…なんて考えると訳が分からなくなるんですよ」

「うわー!聞けば聞くほどこえぇー!あぁーじわじわ来るー!やべー!やべーよ!たかちゃん!たかぴー!たかぴーって呼んでいい?」

「落ち着いてください!先生!」

「ハァハァ…!……呼んでいい?」

「いいです。だから落ち着いて下さい」

二人はコーヒーを飲んで落ち着いた。

「ふぅ…高田くんのコーヒーサイコー!時計はセイコー!映画はチェン・カイコー!」

「先生…」

「この前近所で古い喫茶店見つけてさ。いや、車で何度も通ったことあるんだけど全っ然!気付かなくて。歩いて通って初めて、えっ?こんなとここんな店あったっけ?ってカンジ…」

「先生!」

「は!はい!」

「現実から目を逸らすのはやめましょう。」

「うむ。あまりのショックに、全部なかったことにしようとしていた」

「タイムマシン…お金かかってますもんね。各方面になんと言えばいいか。先生のお立場を考えると一度くらい試運転しないことには…」

「いや、高田くん。僕は諦めるよ。コントロールできない技術を無理に推進することが人類史上どれだけの人間を不幸に陥れたか、地球環境にどれだけ取り返しのつかない傷痕を残したか。そして責任逃れに右往左往する者達のカッコ悪いことといったら」

「先生…」

「今まで積み上げたものがなくなるわけではない。新しいテーマを探そう。…タイムマインは…解体しよう」

「先生。りっぱなご決断です」

「カッコ良い?」

博士は心で泣いていた

「いいッス!…うぅ…ぐぅ…」

高田君は泣いていた。

こうして世紀の大発明…かもしれなかった発明はその真贋が不明のまま歴史の闇に消えたのだった。





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