第212話 黒き翼
ミクリヤが形を失っていく。代わりに俺の周りに彼女の魂の欠片が渦巻いていった。
どのようなことになるのだろうか。見守っていると、俺の魂の再構成は思っていたよりも優しくはなさそうだ。
彼女の魂の欠片が針のように鋭くなる。
「まさか……それを」
予想は的中。
数え切れないほどの針となった魂が俺の体に突き刺さる。痛いというレベルを越えて……苦しいっ。
体の表面から内臓までグッチャグチャに掻き回されているようだ。
まさに一度壊して組み直す。魂の痛みが、体にもちゃんと反映されており、暴食スキルの飢えとは別種のヤバさだった。そして魂の変化は、体にも起こる。
背中の出来損ない翼が、上着をビリビリと破って成長を始めていった。二枚の翼が勢いよく天に伸びるかのように大きく広がった。
おおっ、二枚か! と思ったが、続いてもう二枚の翼がおまけとばかりについてきた。出来損ないの翼は元々二枚だったのに、生えてきたのは四枚だった。
天使化したロキシーとお揃いの四枚の翼。色が真逆の漆黒なのは、父さんの息子である証拠だろう。
「あれっ、俺が俺のままだ」
精神は何も変わってない。もう一人の自分はどこにもいなかった。
(もう一人のあなたは一つになることを望んでいなかった。私はその道を繋げただけ。ここからは、あなたが行うこと)
「ミクリヤっ」
(大丈夫。あなたならできる。だって、元は一つの存在だったのだから……もう一人の自分を信じてあげて)
「俺とあいつが分かり合えるとは……」
(私もケイロスと同じようにあなたを見守るわ……さあ、その翼で先を急ぎなさい。すべてが終わってしまう前に……)
ミクリヤの声は聞こえなくなってしまった。だが、まだ彼女の魂の温もりは、俺の中に留まっている。それが彼女の言葉を証明していた。
『行くか、フェイト』
「ああ、この翼で」
四枚の翼を大きく広げる。その時、僅かに頭痛が走った。
まるで俺にもう一人の自分が反抗しているかのような感覚だ。いや、まさにそうなのだろう。
それでも、翼は動かせる。悪いがお前の聖獣人としての力を使わせてもらう。
翼を羽ばたかせると、足は地面を離れた。不思議と飛び方がわかってしまう。これは本能的と言うべきか。
鳥が飛び方を教えてもらわずとも、羽ばたけるように俺もどうするべきかを体がすでに理解しているのだ。
『飛べるのか?』
「当たり前さ」
一気に駆け上がる。体の重さを瞬く間に感じなくなり、風と一体化しているかのようだ。
進むべき道は、地平線の向こう側――魂たちの終着。建物の残骸は縫うように躱していく。
もっと速く……もっと速く、速く。
建物の残骸を抜けた先、渦巻く魂たちが現れた。本来の流れから外れて、違う流れを生み出している。近くを通り過ぎようとした魂をそれは飲み込んでいく。
その中心には、ブラックキューブが高速回転していた。 更にその渦を生み出しているブラックキューブは一つではなかった。
「あれは!?」
『何かは変わらんが、嫌な気配だ』
「ライブラが仕掛けた足止めか……チッ」
『だろうな……来るぞっ!』
ブラックキューブをコアとして、魂たちを素材に形作られていく。
実体を持たない物――赤く透明な魂を血肉とした魔物。
『醜く悍ましい姿だ』
「魔物の魂を寄せ集めたのか……」
一匹一匹が不規則で決まった形などない。魔物をコアを中心に集めて、無理やり繋げた姿だ。
だから、頭も手も足も胴体も、何もかも無数にある。
それでも、様々な目のすべてが俺を見ている。戦うべき、倒すべき相手は統一した認識であるかのようだった。
俺は黒弓に変えて、魔矢を放ち牽制をする。
「チッ」
『相手は魂だ。実体がない』
「つまり、攻撃は効果なしってことか?」
『みたいだな。なら、それを構成しているコアを破壊するべきだが……』
ブラックキューブは黒剣と同じ破壊不能属性。
そんなコアを壊せる方法があるとしたら、あれしかない。
「第六位階の奥義……リボルトブリューナクしかない」
『しかし、お前のステータスを著しく低下させるだろう』
ライブラと戦う前に、それはできない。ここでリボルトブリューナクを使えば、残されたステータスではライブラに手も足も出ないだろう。
おそらく……ライブラはそれがわかっていて、このような魂の魔物たちを用意していた。
魂の魔物は見える範囲で数えただけも、30匹以上はいる。背後からも気配を感じる。まだまだ多そうだ。
全方位で取り囲まれているというわけか。
「死んだ後、魂になってまで……こんなふうに使われてしまうなんて」
『……フェイト』
「悲しいよな」
魔物に対して哀れんだのは初めてかもしれない。祖を辿れば、あの魂たちは人間だったという。
スキルという種を植え付けられて、魂が耐えきれずに人の形を崩した存在。芽吹いた種によって、魂は変異してしまいそれに似合った姿に変わり果てた。人としての魂――心を失い、スキルに順応できた人間への憎しみだけが残ってしまった。
人の世界は持つ者、持たざる者というスキル至上主義で途轍もない格差があった。
しかし、それらよりも魔物と化してしまった人たちが一番の被害者なのかもしれない。あの魂の魔物たちには、そのことすら理解できる心を持ち合わせていないだろうが……それでも。
『来るぞ! どうして動かないっ』
グリードの声を無視して、俺は襲いくる魂の魔物たちを見つめていた。
あれは生身の生き物とは違う。相手が肉体から解き放たれた魂なら、暴食スキルの力で喰らうことも可能なのではないか。
そして、暴食スキルと同化している俺なら、それ以上のこともできる気がする。この魂に満ちた世界に来て、更にミクリヤと助力を経て、何か今までにない感覚を得つつある。
そう思うと、目の前に迫る一匹に手を向けていた。触れた瞬間、頭の中で無機質な声が聞こえた。
途端に魂の魔物は四散して、ブラックキューブのみが残った。そして、解放された魂たちは、地平線とは逆の方角へ旅立っていく。
『フェイト。暴食スキルが発動したように見えたが、何をした?』
グリードは驚いて聞いてくる。俺は次々と迫りくる魂の魔物たちを開放しながら、
「魂は喰らわずに、スキルとステータスのみを喰らってみたんだ」
『器用なことをやりやがって』
魔物になってしまった原因を作ったのはスキルだ。そして、ステータスもスキルが育てた副産物。
魂に影響を与えるこれらのみを取り除けたら、力を失ってブラックキューブの束縛から解放されるかもしれないと予想した。もし、そうならなくとも、力のない魂なら驚異にはならないだろう。
『魂からスキルとステータスのみを喰らえるか。ならば、あれらすべての魂から力を得られたら』
「それは無理だよ」
『なぜだ?』
「同意がなければ喰らえない……みたいなんだ」
俺を襲ってきた魂の魔物はブラックキューブに無理やり戦わされただけ。
確かにあの魂の魔物たちは、憎しみの目をしていた。しかし、それと同時にあの目は暴食スキルに囚われた亡者たちによく似ていた。
救いを求めていた。
俺は喰らうことで魔物の重荷を取り除いただけだ。それがつまりスキルとステータスということになる。
「この力が何を示しているのかは、まだわからないけど」
スキルとステータスを喰らった魂たちは、やはり流れに逆らって俺たちがやってきた方角へ飛び立っていった。
それを見ていたグリードが頷く。
『なるほどな……お前は魂の解放をやってみせた』
「魂の解放?」
『覚えているか? 緑の大渓谷を』
ガリアの魔物がこぞって死に場所を求めるように集まってきていたところだ。あそこには大昔から数え切れないほどの魔物たちが眠りについていた。
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