第184話 ライブラとの再会

 天使となったロキシーの翼は強靭でエリスとライブラがいるところまで一直線に飛んでいく。


「フェイ! あれは一体……」

「何だ! あの大きなものは……」


 地平線の先に顔を出したものを見て、急ブレーキ。

 巨大な物体が空を飛んでいたからだ。

 形は船に似ているが……俺の知っている船は水に浮くものだ。


「黒船」


 思わず、口から出てしまった言葉。

 外観が漆黒色で明るい日中には不釣り合いなほど浮き上がって見えた。


「二人の気配はあの黒船から感じます。どうしますか?」


 ロキシーが言うように、確かに感じられる。

 ここで留まっていても、しかたない。


「行こう」

「そうですね」


 近くまできて、攻撃してくれば戦いは待ったなし。

 そうでなければ、ライブラと話し合いの余地あり。


 相手の出方を探らない限りは、選択肢を絞りきれない。

 幸い、黒船がいる位置はハウゼンからかなり離れている。

 たとえ戦闘になったとしても、人の住めない荒野が吹き飛ぶくらいだ。


 人的被害は出ないとしても、そうならないことを祈るばかりだ。


 さすがに猛スピードで近づいたら、相手を刺激してしまうかもしれない。

 ロキシーはスピードを抑えて、飛行する。

 向こうの黒船も同じ速さで近づいてくる。


「目立った動きはないですね」

「ああ、エリスとライブラはあの黒船の上で特に動いている様子は感じられない」


 歓迎されている!?

 それは言い過ぎだろうな。

 少なくともライブラは俺たちへの敵意は無さそうだ。


「見えました! エリス様とライブラがいます! エリス様は無事のようです」


 何らかの拘束をされているのはないのか?

 そう俺たちは思っていた。

 しかし、予想に反してエリスはライブラの側に佇んでいた。


 あれだけ嫌っていたのに、あんなに近くにいる。

 すごく不自然な感じがする。それに服装がメイド服に代わっていた。


 ライブラは俺たちに気がつくと、にっこりと笑って手まで振ってみせた。


「戦う気はないというところか……」

「降りますか?」

「頼む。先に俺が話すから黒船の上空で離してくれ。ロキシーはこのまま待機してくれ」

「はい」


 俺はライブラを信じていない。

 ハウゼンを吹き飛ばそうとしたやつだ。

 信じられるわけがない。


 ロキシーから手を離されて、黒船の甲板に着地する

 正面にはライブラ。その脇にエリスが控える。


「やあ、フェイト。元気そうで何よりだよ」

「何をしに来た。エリスに何をした」


 エリスの様子がおかしい。うつろな目をしている。

 心ここにあらずといった感じだ。


「会ってそうそう、質問ばかりだね。再会の喜びを分かち合えないのかい?」

「よくそんな言葉が出てくるな。今までの行いを胸に手を当てて振り返ってみろ」


 彼は胸に手を当てて見せた。


「特に悪いことは何もしていなけど?」

「お前……」


 ライブラに近づこうとするが、邪魔をされてしまう。

 青髪をなびかせてエリスが間に入ってきたからだ。


 無言のまま、ライブラを守るように立ちふさがる。


「エリス?」

「……」


 彼女は何も答えない。

 なんとかライブラに接近しようとするが、エリスが先に行かせてくれない。


「どうしたんだ? なあ、何か答えてくれよ」

「……」


 やはり反応はない。

 しかし、ライブラが話しかけると違った。


「もういい、僕の後ろへ」


 すごすごとエリスは言われた通りの場所へ。


「エリスに何をした?」

「元のあるべき形に戻っただけだよ。今まで自由にさせてあげていたんだ。その分しっかりと返してもらわないと」

「返す?」

「これは僕の奴隷というか、可愛いペットだよ。放し飼いにしていたら、この王国を作ったり、勝手にこの飛空艇で外の世界へ旅をしたり、好き勝手にしていたようだけど」

「ペット!? 人間をか!」

「彼女の美しい見た目は品種改良のおかげさ。まあ、主人として噛み付いてきたペットには躾をする。当たり前のことだよ」

「お前……」


 わかったことは、ライブラはエリスに何かをして、自分のコントロール化に置いているということだ。

 俺は話を始めてからずっと黒剣に手を置いていた。


 それを緩めるしかなかった。


「理解が早いね」


 ライブラは頷きながら、さらに俺に近づく。


「察しの通り、エリスを手中に収めている。例えば、僕が死ねと命じたら、すんなりと受け入れるほどにね」


 エリスが黒銃剣を鞘から引き抜き、刃を首筋に当てようとする。


「よくわかったから、やめさせてくれ」

「素直でよろしい」


 ライブラがエリスに視線を向ける。

 すると、黒銃剣を鞘に戻した。


「エリスは人質ということか?」

「人聞きが悪いな。本来の関係に戻っただけなのにさ」


 ライブラは俺に背を向けて、はるか南を見据えた。


「さあ、あれをどうしようかな。僕はとても今困っているんだ。あのような物が天高く浮遊している。本来地上になければならないものが、あのような場所にある。見苦しいとは思わないかい?」

「ガリア大陸のことを言っているのか?」

「それ以外あるかい。ああ……誰か、あれを沈めてくれる人はいないかな?」


 ライブラは横目で俺の顔をチラリと見る。

 どう考えても、俺にやれと言っていた。


「わざとらしいぞ。普通に頼めないのか?」

「あははっ、そう怒らない。互いの利害は一致しているわけだし。それに……」


 ライブラはエリスを自分の前に出した。


「ちゃんとできたら、これを君にあげよう。どうだい、条件としてはいいだろ」

「エリスをこれというな」

「君は聖獣人の血が半分だけある。そこだけは認めているんだよ。これだけ譲歩しているのにさ。あまり僕を怒らせないほうがいい」


 エリスを人質に取られている以上、今は従うしかない。

 それに、ガリア大陸を攻略するためには、ライブラの協力もあったほうがいい。


 ここはお互いに利用し合う。


「わかった。協力しよう」

「フェイトならそう言ってくれると思っていたよ。さすがはディーンの息子だ。彼とは親友と呼べるほどに良き友人だったんだ。なぜ、僕の意に背いてまであのようなことになってしまったのやら……本当に理解に苦しむね」

「父さんと親友だった。お前が……」

「昔はね。今はそうではないけどさ。でも君となら良い関係が築けそうだ。楽しみだね」

「くっ……」


 早速と言わんばかりにライブラは握手を求めてきた。

 その手を躊躇していると、無理やり手を取ってくる。


「共闘、よろしく」


 しっかり握ってくる。心を読んでやろうと《読心》スキルを発動させるが、


(悪い子だね。君は。でもそういうやんちゃなところは嫌いではないよ)


 ライブラにはお見通しだった。

 全く読みきれない。


「さて、まずは上空にいるロキシーにこのことを話してもらえるかな。それと、地上に居る憤怒にも同じようにね。彼女はとても怒っているようだね。肌を刺すような殺気を僕に向けているからね」


 つまり、ライブラはずっと俺、ロキシー、マインに殺気を向けられ続けても、飄々としていたわけだ。


 これは強者の余裕というやつか?


「さあ、始めよう。ガリア大陸へ」


 ライブラはお構いなしだ。そして、父さんが待つガリア大陸へ再び目を向けた。

 その顔はおもちゃを見つけた子供のようだった。

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