第175話 研究者ミクリヤ
さっぱりとしてシャワー室から出ていたときには、棚に置いていた装備はきれいになっていた。
俺の知らないところで、何が行われていたのかは不明だ。おそらく、ガリアの技術によって汚水まみれだった服は洗浄されたのだろう。
手早く着ると、ミクリヤがいたところに戻ることにした。
そこにケイロスも一緒にいるはずだ。
案の定、二人でパネルを見ながら話し込んでいた。すぐにケイロスが俺に気が付いて手招きしてきた。
「フェイト、ここへ来い。いいものを見せてやる」
ミクリヤも先程とは違ってニコニコしている。情報として俺にも開示していいものらしい。
何を見せてくれるのだろうか。楽しみにして近づいてみると、
「研究施設の見取り図じゃないですか……」
「なんだ? その反応は」
がっかりである。俺の知らないガリアの極秘技術とかを期待していた。
それが見取り図だなんて、俺のワクワクを返してほしい。
「そう不服そうな顔をするなって、研究施設の見取り図なんて、普通なら超極秘なんだぞ。ここはミクリヤ様! ありがとうございます! って言うところだからな。なあ、ミクリヤ?」
「バカっ! あなたはいつもそうなんだから……」
ミクリヤはケイロスの頭を小突いて、溜息を付いた。
「彼のことは放っておいていいわ。それよりも、私があなた達を呼んだ理由はこれなのよ」
彼女が指差した場所は、研究施設の地下だった。そして、立体映像で表示されていた見取り図に触れたときに拡大されて見やすくなった。
しかし、これはどう見ても、
「ここにはなにもないですけど」
「ええ、そうよ。今はね。でも、こうすると」
ミクリヤが素早く操作して、見取り図に手を加える。
途端に見取り図が一変する。
何もなかった地下に、大きな空間が現れたのだ。
「これは……なんですか?」
「それを調べてもらうために呼んだのよ。予定より二人も多いんだから、なんとかなるでしょ?」
ケイロスの顔を見ながら、彼女はニッコリと笑う。
「調べるのはいいが、何を求めているのかを詳しく教えていただきたいものだな。お前からはとても危険なものが研究されているって聞いてるだけだからな。ここにあるものを倒せばいいのか?」
「そうね。倒せるのならそうしてほしいけど……ケイロスのスキル特性上、得体のしれないものを倒してしまうのは危険だわ」
「喰って終わりじゃなさそうなのか……残念だ」
「呆れた。そんなことじゃ、いつかはあなたがスキルに耐えきれなくなって、本当の化け物になってしまうんだから。私は嫌よ……そんな最後は」
「大丈夫だって」
「はぁ……フェイトからも言ってやって」
彼の戦いぶりをここに来るまで見てきた。俺よりも暴食スキルを扱えているように思えてならない。魂を喰らったときの反動が、明らかに俺と比べて少ないようだったからだ。
俺はルナの力を借りてやっと抑え込めているのが現状だ。
とてもじゃないが、彼女なしにここまで生き延びることはできなかった。ガリアの地で天竜と戦う前に暴食スキルに飲まれていただろう。
「安心しろって、俺は暴食スキルとうまくやっているから、最近は大食らいしても平気なんだよ。飢えも静まりつつある。これってさ。もしかしたら、暴食スキルを完全に使いこなせつつあるってことなんじゃないか?」
「馬鹿げているわ。使いこなせるものでは決してない。私は逆に恐ろしいのよ。暴食スキルはあなたをずっと苦しめてきた。それなのに打って変わって静まり返っているのがね」
「いいことじゃないか。やっと力が十二分に発揮できる。俺は変わったんだ」
「変わってない。何も変わってない。これを見なさい」
ケイロスが見せられたのは、なにかの検査数値だった。
そこに現れた数字たちは、既定値を大幅に超えていた。俺が王都でライネに見せられたものとよく似ていた。
これは……俺よりもひどい状況だ。
「生きているのが不思議なくらいよ。ここに呼んだ理由はもう一つあるのよ」
「今は忙しい」
「そう言わない。地下の調査が終わったら、ケイロスの調整をさせてもらうわ。できる限りのことはやらないと。この施設内でも、帝都のやり方に不満を持っている人達が増えているのよ。力も必要だけど、今一番重要なのは時間よ。その時が来た時に、中心となるケイロスにもしものことがあったらどうするの?」
じっと睨まれ続けたケイロスは、頭を掻いてうなだれた。
「わかったよ。調整は受ける。まさかこっちが本命じゃないだろうな」
「さあね」
俺から見れば、後者の方が本命と思えてしまいそうだ。
ミクリヤが言うに、その見取り図から消された地下に何かが飼育されているという。
初めは少ない餌で済んでいたために、データチェックのフィルターにかからず、気が付かなかった。しかし、ここ最近になって大量の物資などが運び込まれるようになったという。
「内容から推測するに、おぞましい生物兵器だろ思うわ。しかも急速に成長している」
「なら、尚更倒さないと、まずいだろ」
「ダメよ。ここには私以外にも、ケイロス側に着こうという人が現れつつある。もう少しだけ時間がほしいの。それに地下の情報は私も含めて大多数の研究員たちには知らさせていない。これを使えば一気にこちら側へ引き込めそうなの」
「そうなのか? 俺は簡単には思えない。ここの研究施設にいる奴らは、俺たち実験動物を人間だとは認識できていなかった」
「昔はね。忘れていたのは私だって同じだった。でも、今はあなたに協力している」
「チッ……ミクリヤ」
「はい、これを持っていって」
渡されたのは撮影機械だった。大きさは手のひらサイズでコンパクトだ。
「ほらよ。フェイトに任せたぜ」
右から左へ俺に渡してきた。
「コラッ、ケイロスに渡したのに!」
「俺はいざとなったら戦う役だから。映している暇はないかもしれない」
「呆れた。戦いになったら、地上にあるここは破壊されてしまうでしょ」
「おまえのことだ。そうなる前に仲間を連れて退避してくれるんだろ。期待しているぜ、副研究所長さん」
「あなたね……もういいわ。さっさと行きなさい。監視システムは偽装してあるから、人にだけは見つからないように」
携帯用の見取り図パネルも渡された。そして、ケイロスはもちろんそれも俺に投げてきた。
「頼むぜ。案内してくれ。俺はどうも地図を見るのが苦手なんだ」
「方向音痴なんですか?」
「だったら、この研究施設まで案内できないだろ」
それはそうだ。
単純に面倒くさがり屋なだけかもしれない。
ケイロスに連れて来られた目的もわかってきた。俺はずっと姿を見せないマインを探して、隣の部屋へ。
「寝ていたのか……」
真の武人たる者、いかなる場所でも休息が取れなくてはならない。
以前にマインが俺に教えてくれた。
ケイロスと戦って、負けて捕虜になって、共に行動してさ。俺なら状況が様変わり過ぎて、これほどスヤスヤと眠れないだろう。
俺はマインの額に手を当てながら言う。
「お前はここに囚われているのか。何があったんだ……ケイロスと一緒にいれば、それを見せてくれるのか……マイン……」
眠る彼女には俺の言葉は届いていない。
しばらくして、彼女はうなされるように寝返りをうった。
「……ごめん。ごめんなさい。そんなつもりで……私は……違う」
何かに襲われる夢なのだろうか。無表情な彼女らしくなく、苦痛に満ちた顔をしていた。
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