第142話 深夜の砂漠
父親に会ったことで、ざわめいてしまった気持ちを落ち着けるために静かな街を歩き続けた。気がついた頃には月は空高く昇っており、砂漠の魔物を討伐する時刻がすぐそこまで近づいていた。
『そろそろ戻ったほうがいいぞ』
「ああ」
屋敷に戻ると、すでに準備を整えた二人が待っていた。
エリスは黒銃剣を携えて、少しだけ遅れてきた俺にご立腹のようだ。
「遅れてくるとは、なかなかだね」
「悪い……いろいろとあってさ」
「ふ~ん、ボクが納得できるようなことなのかな?」
エリスとロキシー……そして後ろで控えるメミルやリシュアをみながら、僅かに戸惑いを覚えた。
これは俺たち親子の問題でもあったからだ。
しかし、ロキシーのまっすぐとした瞳を見ていたら、言わないわけにもいかず。
「父さんに会ったんだ」
「えっ!?」
エリスはとても意外そうに驚いていた。そして、ロキシーも口に手を当てながら驚きつつ、俺に心配そうな視線を送る。
「大丈夫だった? 戦いにならなかった?」
「そうはならなかったよ。もしそうなら、街が今頃大騒ぎだろ」
「だよね。なら、お話でもしていたのかな?」
「まあな。父さんからの情報だ。信用できるかはわからないけどさ。まず、ライネは無事だそうだ。今は父さんと行動を共にしているらしい」
それを聞いたロキシーとメミルがホッとしていた。ロキシーは俺と入れ替わりした件でお世話になっているし、メミルは血を求めるようになってしまった体を診てもらっていた。
彼女たちはライネと交流が多かったのだ。
ずっと安否を心配していたから、無事だと聞いて二人は喜んでいた。
「ライネさん……よかった……」
「はい」
その声を聞きながら、俺は話を続ける。
「もう一つ、砂漠の魔物についてだ。父さんが言うには、聖獣と呼ばれているらしい」
「聖獣!?」
エリスがその言葉を聞いて、固まってしまった。
彼女が普段見せないような顔に、ロキシーやメミルが心配そうにしていた。あまりエリスを知らないリシュアまで、その動揺が伝わってしまっている。
「どうした? 聖獣を知っているのか?」
「うん……まあね。聖獣か……」
そう呟いたエリスの表情は曇ったままだった。そして、夜空を見上げながら、ポツリと言う。
「今回の戦いは、ボクとフェイトだけで行ったほうが良さそうだ」
「えっ!?」
声を上げたのはロキシーだった。彼女は今回の討伐に参加するようになっていたから、突然の話に驚きを隠せないようだ。
ステータスが、Eの領域に達していないために俺たちと一緒に前線に立って戦えないことは彼女もわかっている。それだからこそ、サポートに回って役に立とうとしていた。
エリスはそれすらもダメだと言っているのだ。女王の立場にある彼女からそう言われてしまえば、ロキシーとしては何も言えなくなってしまう。
堪らず、俺はエリスに理由を聴く。
「言い過ぎだ。どういうことなんだ?」
「聖獣は……ただのEの領域の魔物とは違うんだ。もしものとき、君はロキシーを守れるかい? それができないなら連れて行くべきではないと思っただけさ」
「必ず守る。それに魔物は聖獣だけではない。砂漠は攻撃的になった他の魔物もいるというし」
俺がリシュアを横目で見ると、頷いて答えてくれた。
「そいつらの相手をロキシーにお願いしないと、俺たちは聖獣に集中できないだろ」
「フェイ……」
自分がステータス上で劣っていることはロキシーが一番良くわかっていることだ。
何かを言おうとした彼女を手で制す。
そして、エリスを説得しようと口を開こうとしたとき、彼女は俺の耳元まで近づいてきた。そのまま、俺にだけ聞こえる声で話し出す。
「ボクが言いたいのはロキシーをこの旅……戦いに連れてきたのなら、君は覚悟を決めるべきだという話さ」
「それって……」
「もうわかっているようだね。彼女がフェイトと絆を結びたいと伝えてきたら、ちゃんと応えてあげるべきだってこと! たとえ、Eの領域がコントロールできずに崩壊現象に陥ってしまう危険性があってもね」
崩壊現象か……。
ハドやラーファルのようにEの領域に達しながらも、心がそれに耐えきれずに人ではない者へと変貌してしまったことだ。
もし、ロキシーが俺と絆を結んで、エリスが言った崩壊現象に陥ってしまったなら……化物になってしまったなら……。
それは俺にとって、とてつもなく恐ろしいことだった。
さらに距離を縮める行為――絆を結ぶということは、暴食スキルが彼女を欲しているため、俺の身内で何が起こるのかが全く予想ができない怖さもあった。
「ああ……そのときはちゃんとするよ。だけど、少しだけ待ってほしい」
「いいよ。と言ってあげたいところだけど、それはロキシーが決めることだけどね」
「そうだな」
まったくその通りだ。俺は目線をそっとロキシーに向ける。
彼女はこれから聖獣という俺たちにとって未知の魔物と戦おうとしているのに、力強くうなずき返してくれた。
エリスは言いたいことだけ言うと、俺から離れた。そして、出立の掛け声をみんなに向けて可愛らしく言う。
「それじゃ! 行ってみようか」
「おう!」
「はい!」
リシュアとメミルはそんな俺たちを見送ってくれる。
「私が不甲斐ないばかりに申し訳ありません。ご武運を」
「フェイト様、エリス様、ロキシー様! 頑張ってください! ここで負けてはハウゼンへはいけませんから」
「任せておけ!」
いらぬ心配をかけさせるわけにはいかないため、元気よく答えてみたが……未知の魔物ということで漠然とした不安は心のなかに居座り続けていた。
リシュアには、今回の戦いでロキシーがいつもよりも緊張をしていたため、側にいてもらっていた。その甲斐あってか、ロキシーの強張っていた表情は以前よりも和らいでいる。同性として、同じ聖騎士としてリシュアにロキシーのためにお願いしたことを果たしてくれたようだった。
戦いが無事に終わったら、彼女に礼を言わないといけないな。
そう思いつつリシュアと、ここで待っていてくれるメミルに手を振って、都市を後にした。
滅びの砂漠といわれる場所は都市から東に隣接している。足を踏み込むと、月夜の肌寒い風が吹き付けており、地平線の先まで砂の大地が続いていた。そして、不毛の地を広げる張本人である懐かしい魔物が出迎えてくれた。
しかし、姿が少々違っている。
その異変にロキシーやエリスも気がついていた。
「サンドマンの姿が……変質しています。姿もゴツゴツしていて、なんといいますか……黒い瘴気を身に宿しているような」
「崩壊現象か?」
「いや、それとは違うね。これは無理矢理……聖獣の加護を受けさせられたようだね」
「加護ってなんだ?」
それは、生き物の可能性を引き出す物だという。
「あれが可能性なのか? 化物がより醜い化物になっただけじゃないか」
「あははっ、その通りだね。聖なる加護は誰でも適応できるものではないのさ。受けたとしても合わなければ、ああなってしまう。化物はより化物へね。でも侮ってはいけないよ。フェイト、鑑定スキルを使って調べてみて」
「わかった」
俺はサンドマンだったものへ、《鑑定》スキルを発動させる。
それと同時にエリスのある言葉が気になっていた。聖なる加護が適さないときは、より化物になってしまう点だ。まるで大罪スキルの絆に似ているように思えたからだ。うまく結べない者は崩壊現象によって化物になってしまうところがだ。
はっきりとは言えないけど、感覚的に聖獣は大罪スキルと何らかの関係性があるのかもしれない。エリスが聖獣という言葉を聞いたとき、様子が少しだけおかしかったことからも、嫌な予感がした。
しかし今は考えている場合ではない。視えてきた魔物のステータスとスキルを確認する。
以前はレベル30くらいで、各ステータスも2000は超えないくらい。敏捷は100で動きの遅い魔物だったはず。スキルはたしか……精神強化(中)を持っていたはず。
だが、鑑定スキルで現れたサンドマンだったものは……。
・ダークネス=サンドマン Lv90
体力:239000
腕力:290000
魔力:132000
精神:176000
敏捷:10000
スキル:風切魔法、自動回復
おいおい、ステータスは然ることだが、スキルは風切魔法と自動回復を持っているぞ。
自動回復は俺も持っている便利スキルだ。致命的な傷は無理だが、それ以外なら少しずつ回復できる。
このダークネス=サンドマンは、冠魔物とは違う。そこら中にいるただの魔物だ。そんな奴がこんな有用なスキルを保持しているのは危険すぎる。リシュアがこの魔物だけで手を焼いていた理由が今わかった。
風切魔法を鑑定して、ロキシーとエリスに知り得たことを合わせて伝える。
「あれの名はダークネス=サンドマン。ステータスはサンドマンとは比べ物にならない。腕力は三十万近いぞ。敏捷は一万で一番劣っている。スキルは自動回復に風切魔法。魔法の効果は真空の刃を作り出して遠距離攻撃ができるみたいだ。遅いと油断していたら、離れた位置から切り裂かれるぞ」
「だってさ。ロキシー、気をつけるんだよ」
「はい」
この情報はロキシーが一番心得ておかないといけなかった。なぜなら、俺とエリスはEの領域に達しているため、それ以下のステータスの相手からの攻撃は受け付けないからだ。
たとえば、今この場にいるダークネス=サンドマンから風切魔法でいくら攻撃されても、傷一つ受けない。
受けないが多少の衝撃は伝わってしまう。
それを聖獣戦の時に大量に食らえば、戦闘に集中できないだろう。もしその隙きをつかれれば聖獣から致命的な攻撃を受けかねないのだ。
ロキシーには聖獣を取り巻くダークネス=サンドマンの露払いをしてもらう作戦だった。
エリスは彼女をじーっと見つめて言う。
「よしっ! ロキシー、準備はいいかい?」
「戦うのですね」
「そうだよ。君一人でね。ボクたちは見学せてもらう。そして条件を一つ付けさせてもらう」
「どのような」
「ふふふっ……それはね。その前に、聖獣の加護を受けて失敗した魔物をボクたちは、まとめて『闇堕ち(ダークネス)』って呼んでいたんだ。ダークネス=サンドマンは呼び名として長いから、今後はダークネスって言おうよ。フェイトもね」
「はい」
「おう」
エリスはダークネスを眺めながら、ニヤリと笑った。
「ロキシーには、あのダークネスを十秒以下で倒してもらう。どうかな? 無理ならやっぱりここで帰ってもらう」
「エリス!? まだ言うのか?」
「そうさ、言わせてもらうよ。この程度のダークネスで手こずってもらっては、本当の足手まといだからね。予め、言っておくよ。ボクは戦いにおいては、シビアだよ。さあ、どうする?」
視線は一直線にロキシーを見据えていた。彼女をそれに目を逸らすことなく答える。
「やります。私だって、そこまで足手まといではないと、エリス様に知ってもらいたいですから」
「いいね! がんばり屋さんは大好きだよ。なら、行ってみようか!」
ロキシーは聖剣を鞘から引き抜いて、構える。まだ、ダークネスは俺たちに気がついていない。
一気に間を詰めて、不意をつければエリスが提示した十秒以下はクリアできるだろう。
問題は、足場が砂ということだ。硬い地面と違って、強く踏み込めば、踏み込むほど足を大きく取られてしまう。
俺は彼女にあえて、それは伝えなかった。なぜなら、俺だってエリスの試練を乗り越えてもらいたいからだ。無粋な横入れはできない。
「準備はいいみたいだね」
「はい」
「では、始め!」
ロキシーは踏み出した時に緊張していたのか、砂に足を取られそうになった。だが、すぐに体制を取り直して、ダークネスの視界に向けて駆けていく。砂地とは思えないほどの軽やかな足取り、さすがだ。
しかし、まだ始まったばかりで油断はできない。俺は静かにロキシーを信じて戦いを見守るだけだ。
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