第127話 望まぬ帰還者
翌朝、目を覚ました俺は部屋を見回す。
大丈夫だ……俺の部屋だ。入れ替わっていないぞ。
昨日、ロキシーになってしまっていたこともあって、警戒してしまった。原因となったゴブリン・シャーマンを倒したので、解決しているとわかっていても、確認せずにはいられなかった。
やっぱり自分の体が一番だ。
立てかけていたグリードを手に持つ。
「おはよう」
『朝から気分が良さそうだな』
「入れ替わりが元に戻ったし、マインの手がかりになりそうな物も見つかったみたいだし」
『賢者の石のことか?』
「ああ、シンの分体なんだろ」
『あれは世界中に散らばっているからな。一昔は治らないはずの怪我や病を、癒やす奇跡の石だとして、探し求める者もいたが、今では廃れてしまった。シンの分体をそう呼ぶとは、どこからかその伝承を引っ張り出してきたのだろうさ』
四千年も前からいるグリードたちと同じように、シンもその時代からいたという。
彼の口ぶりからは、ずっと戦ってきた敵という感じがした。
『分体を使ってシンの居所を探るのは良いアイデアだ。あれは本体に繋がっているからな』
「早朝にはライネの研究室に届くらしいから、それを調べればマインの行方もわかると思う」
『それで機嫌がいいわけか?』
「エリスが山岳都市で見つけてくれたみたいなんだ。信じて待っていて正解だったよ」
『あいつもたまには役に立つな』
エリスからも連絡があったのだ。見つかった重要な手がかりは、解析に時間がかかりそうなので先に送ると。
それを言付けられたライネは、賢者の石について話した最後に教えてくれた。
父親であるムガンもエリスと一緒に帰ってくると言うのに特に嬉しがる様子もなかった。そのことについて聞いてみたら、私はもう子供じゃないと言われてしまう。
そうは言っても、研究室の片付けはムガンが定期的にしているので、未だに手間のかかる子供のような気がする。
「さて、準備をしていくか」
『おう』
アーロンはメミルを連れて、お城へ行ってることだろう。彼女は許可なく聖剣を持ち出して聖剣技スキルを使用してしまった。このことについての謝罪をするために赴いたのだ。
今回の件でメミルに何らかのお咎めがあるとは思っていない。それはアーロンも同じ意見だった。
彼女が自分の利益のために聖剣技スキルを用いたわけではないからだ。王であるエリスが不在の今、この王都の管理は白騎士の二人に委ねられている。
彼女たちは頑固で強情な性格だ。エリスが言うこと以外、まったく聞かないのだ。
そして、何故か……俺のことを敵視しているような雰囲気がある。この前も、挨拶したら思いっきり無視されてしまった。
未だにショックを引きずっていたりする。まあ、俺のことはいいとして、白騎士はそんな性格だけど今回だけは大目に見てくれると思う。
ダメなら、エリスが戻ってきたときに、王の権限でなんとかしてもらおう。
着替えて身支度を済ませた俺は、グリードを腰に下げる。
「よしっ、できたぞ」
『うむ』
部屋を出ようとした時、ドアをノックされた。
「フェイト様、起きていますか?」
この声はサハラだ。朝から元気な顔をして中へ入ってくる。
そして俺を見るや、抱きついてきた。
「……心配しました」
「ごめんな。もう大丈夫」
「はい」
まだ幼い彼女からしたら、予想を超えたことが起こって、それをずっと溜め込んでいたようだった。
アーロンは優しい人だけど、サハラと立場が違いすぎる。メミルも元聖騎士だ。
別に仲が悪いわけではない。だけど、持たざる者である彼女はどうしても、二人から一歩引いてしまう。これはスキル至上主義の世界で、無意識に刷り込まれてきたものだ。
俺だって暴食スキルが本当の力を発現する前は、ロキシーに同じような意識があった。
別世界に生きている人たちなんだと……遠い存在だと思い込んでいた。
だけど、彼らのいる場所に近づいてみてわかったんだ。結局、何も変わらないってことにさ。
剣聖とまで呼ばれたアーロンですら、普通の人間と同じように悩みを抱えていた。助けれなかった家族、領民たちへの罪の意識に苛まれていた。
強い力、強い心を持っていたとしても、彼一人では乗り越えられないことがあった。
ロキシーだって、メイソン様を失って傷ついていたし、アイシャ様の命がそう長くないことに薄々気が付いていて……怯えていた。
メミルもそうだ。ラーファルに裏切られてブレリック家を失い、行き場をなくしたとき、心細かったと思う。
もしかしたら、スキルという目に見える壁が、人をより遠ざけてしまっているのかもしれない。
サハラの頭を撫でながら、そんなことを思わずにいられなかった。
「すみません、フェイト様」
「謝ることはないよ。さあ、朝食にしよう!」
「はい! 今日はフェイト様の大好きなサンドイッチですよ」
「おおっ!」
「ロキシー様に負けないくらい頑張って作りました」
「それは楽しみだ」
ロキシーが俺によくサンドイッチを作ってくれるからな。それを見ていたサハラが、俺はサンドイッチが大好きだと思ってしまったようだ。
まあ、ロキシーのおかげで大好きになってしまったんだけどな。
食堂に行った俺たちは二人で並んでサンドイッチを食べる。ん!? これは……美味しいっ!!
「鶏肉が入っているんだ」
「フェイト様はお肉が大好きですから、照り焼きチキンとレタスを挟んでみました!」
「天才だっ!」
お世辞ではなく、本当に美味しいのだ。
しかもサハラはメイドになってから、料理を始めたらしい。数ヶ月でここまでの味が出せてしまうとは……。
これはもう料理の才能がある。スキルの恩恵なしの彼女自身のものだ。
ロキシーには悪いけど、サハラのほうが……いや、これ以上は考えないでおこう。
だって、ロキシーが毎回のように作っているサンドイッチよりも、見よう見真似で作ってアレンジした方が美味しいなんて……言えないよ。
俺に褒められたサハラは、物凄く慌てるように首を横に振った。
「いえいえ、私はまだまだです! 修行中なので」
「へぇ~、修行しているんだ。誰から教わっているの? 孤児院のシスター?」
元々サハラは孤児院の出なので、てっきりシスターから教わっていると思ったけど、違っていた。
「フェイト様が行きつけの酒場のマスターです」
「おっ!? ……えっ……そうなの?」
「はい。アーロン様に料理を教わることのできる場所をお聞きしたら、マスターさんを紹介していただきました。そこならフェイト様好みの料理が学べるということで」
知らなかった……そういえば、サハラは孤児院のお手伝い以外で、屋敷に居ないときもあったな。その時に、酒場のマスターの下で教わっていたようだ。
「週二くらいで、お店を手伝いながらです。たまにウエイトレスもやっています」
「えええええっ!」
どんどんと彼女は成長していっているような気がする。人買いにさらわれて、ハドに売られかけていた頃のサハラの面影はどこにもない、自信に満ちた顔をしている。
もし、そのきっかけに少しでも力になれたのなら、心から良かったと思える。
「今度、酒場にサハラの働きぶりを見に行っていい?」
「それは……ちょっと……」
「ん? ダメかな?」
「まだまだ修行中なので、もう少し待ってください!」
顔を真赤にして、断ってくるサハラ。まだ、ダメそうだった。
ウエイトレスとして頑張っている様子を見てみたかったのに残念だ。
でも……マスターならサハラのことを任せて大丈夫だ。俺のことはいつもおちょくるが、気の良い人だ。
少々強面の顔しているから、初めて会った人には勘違いされやすいけどさ。お金がなかった時に、余った料理を分けてもらっていたのを忘れることはできない。
「でも、マスターさんから一人前と言ってもらえたら、ご招待しますね!」
「ああ……その時を楽しみに待っているよ」
「はい!」
サハラが作ってくれた朝食は文句なしに美味しくて、あっという間に平らげてしまった。
お腹が満たされた俺は、ライネが待つ軍事区へ行くことにした。今日はサハラが孤児院でお手伝いをする日だったので、送った後にしようと思っていた。しかし断られてしまった。
王都内くらい自分の足でちゃんと歩けるようにしたいそうだ。人攫いに拉致られたトラウマも克服しようとしているのだ。
そんな力強い目で言われてしまっては、何もいうことはできなかった。
「わかったよ。だけど、これを見える位置に付けておくこと。これは約束だよ」
「これはバルバトス家の紋章ですね」
「聖騎士の関係者に手を出す者はいないさ。それもこの国の五本の指に入るね」
「ありがとうございます!」
俺が身につけていた紋章が刻まれたバッチをサハラに渡す。これが、俺の代わりに彼女を守ってくれるはずだ。
嬉しそうにサハラはそれを受けって、服の胸の辺りに付けた。
屋敷の前で、元気よく走り出す彼女を見送る。
「行ってきます! フェイト様!」
「いってらっしゃい」
もう……サハラの無邪気な笑顔も見れなくなってしまうときが近づいているのか。
そう思ってしまうと、すごく寂しかった。
手に持っていたグリードが《読心》スキルを通して言ってくる。
『そんな顔をしている場合か。嫌ならここにいることもできるぞ』
「ないよ、それは。でも、今回はちゃんとしてから、行きたいんだ」
見えなくなっていくまでサハラを眺めていた。さあ、俺もそろそろ歩き出そう。
軍事区へ向けて進んでいると、向こうから見知った人が歩いてくる。
その人は俺を見るやいなや、愛想よく微笑んだ。
「メイソン様、おはようございます」
「おはよう、フェイト。アーロン様はご在宅かな?」
「いいえ、お城へ行かれています」
「そうか……残念だ。日を改めるかな」
そう言いながら、メイソン様は顎をさすりながら思案していた。そして、俺を見てニヤリと笑う。
「ところで、フェイト。少しだけ、私と話す時間をもらえるかな?」
「俺とですか?」
「もちろんだ。バルバトス家の当主と話をしたい。ダメかね?」
「いいえ、そんなことはありません。ぜひ!」
「ありがとう」
メイソン様は自分の屋敷に入ることなく、聖騎士区にある大きな公園に向けて歩き出した。
「すまないね。屋敷に戻るとアイシャやロキシーに掴まってしまうから」
「二人共、メイソン様が戻られたから、とても喜んでいましたよ」
「そうか……」
どことなく、メイソン様の言葉に力を感じ無かった。
早朝だからだろうか。公園には誰ひとりおらず、木々にとまった小鳥のさえずりだけが聞こえてくる。
「ここに座ろうか」
二人がけのベンチに並んで座る俺とメイソン様。
俺はロキシーの父親である彼に、どう取り繕っても内心で緊張していた。それは、メイソン様にいとも簡単に見抜かれてしまったようだ。
「そんなに固くならずに、身を楽にしてもらえると嬉しいかな」
「すみません」
「謝ることはない。君には助けられてばかりさ」
「メイソン様……」
「私を殺した天竜から、ロキシーを守ってくれたそうだね」
「あれは……俺が勝手にしただけです。それに……」
結局、自分のためでもあった。暴食スキルでどうにもならない俺は彼女に助けを求めてしまっていたのだ。
「守ると言って、最後は守られてしまいました」
「ロキシーはそのようなことを言っていなかったよ。私には興奮気味にいろいろと言っていたよ。もちろん、良い方向だよ」
「そうですか……」
ホッとする俺にメイソン様は笑顔で、その内容についてはロキシーから聞いてごらんと言われた。
娘が父親だけに言ったことを、そのまま俺には教えられないそうだ。たしかにな……二人だけの会話の内容は、たとえ俺の話だって言えないな。
「こうやって話しているとよくわかる。ロキシーの言う通りの男のようだ」
「良い方向で、ということですか?」
「もちろんさ。それに、アイシャの病気も治してくれたそうで、このとおり感謝してもしきれんよ」
メイソン様は立ち上がると、俺に深々と頭を下げる。
こればっかりは、慌ててそのようなことをしないでほしいとお願いする。
民のために尽力されていたメイソン様。俺はすごい人だと尊敬していた。
だからそのような人に頭を下げられるなんて、俺はそこまでの人間ではない。
「私はね。天竜の咆哮によって、消し飛ぶ前に心残りがあったんだ。私の後を継ぐことになるだろうロキシーと、不治の病に蝕まれるアイシャさ。だけど、この不思議な現象で生き返り、急いで戻ってみれば、すべては解決していたわけだ。それを知った時、私は心から救われた気になったよ」
彼は手を出して俺に握手を求めてくる。握りあったその手は、とても温かくて間違いなくメイソン様は生きていると実感できた。
褒められて過ぎて、慣れていない俺はなんとも落ち着かない感じだった。
メイソン様は手を握ったまま、何気なく言ってくる。
「ところで、アイシャから聞いたのだが……昨日の朝、ロキシーの部屋で、ロキシーとアイシャを押し倒したそうじゃないか? そして、目撃した使用人のハルまでも毒牙にかけようとしたとか?」
「ふぁ!?」
「そのことについて、じっくりと訊きたいので、もう一度座ってくれたまえ」
今までの顔が嘘のように変わって、アイシャ様の夫の顔……そしてロキシーの父親の顔になっていく。
どこから弁解したらいいんだ。
アイシャ様にしてやられたのだ。たぶん、メイソン様は昨日、俺とロキシーが入れ替わったことをまだ知らないんだ。
イタズラ好きの彼女のことだ。こうなることをわかっていて、うまく情報統制を敷いている。ロキシーは話したいことがいっぱいあって、まだ昨日の出来事まで話せていないのだろう。
これは……やばいぞ。
「さあ、ゆっくりとアイシャとロキシーを押し倒したこと。しかも娘の部屋でっ! そしてハルにまで手を出そうとしたことを話してもらおうかな。フフフフフフッ……」
「誤解です! 聞いてください!」
「訊こうじゃないか、さあ。場合によってはこの聖剣を引き抜かねばならないがね」
「!?」
これは、誤解を解くのに時間がかかりそうだ。ライネに会う予定時間まで十分余裕がある。
俺はベンチに再度腰を下ろして、昨日起こった入れ替わりについてメイソン様に一から説明するのだった。
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