第111話 赤き満月
ホブゴブの森は静まり返っていた。しかし、薄暗い遠くの木々の間から、複数の視線を感じる。
ピリピリとした嫌なプレッシャーだ。
ミリアは警戒する俺を鼻で笑いながら言う。
「どうしたんですか? ゴブリン程度でそんなに慎重にならなくていいじゃないですか?」
「普通ならな。今回は異変の調査だ。お前はそこらへんを忘れているだろ」
「忘れていませんよ! 言っておきますけど、これでも私は強いんですから」
魔剣フランベルジュ――炎の魔力を宿した剣を振り回しながら、宣言してみせた。
「なら、頼りにしているよ」
「ふふ~ん、もっと言ってください!」
「ミリアが一緒に来てくれて、助かったよ。よっ、王都最強の魔剣士!」
「それほどでも~、ぐへへへ」
褒められるのに弱いようで、ものすごく顔を緩ませていている。チョロい娘だ。
よいしょ! よいしょ! しているとロキシーに頬をつねられてしまう。
「慎重にと言っておいて、何をやっているんですか?」
「すみません」
「それにしても、不気味なくらい静かですね」
「昔なら、ホブゴブリンたちがウヨウヨいたのにな」
「もう少し奥へ進んでみましょう。魔物たちの視線を感じますから、気を引き締めてください」
「「はい」」
「返事だけは二人とも良いんですよね」
ロキシーは頭を抱えながら、歩き出す。俺は薄暗い森のために、《暗視》スキルを発動させる。
これで、多少はよく見えるようになるだろう。
気配は俺たちが前進すると、後退していく。まるで、おびき寄せるような感じだ。
ゴブリンにしては、なんか統制が取れている。
「ゴブリンキングでもいるんでしょうか?」
「さあ……でも、キングはゴブリンたちに偉そうに振る舞うだけで、細かな指示をするなんて聞いてことがないけど」
「そうですね」
俺たちはホブゴブの森で唯一開けた場所――花々が咲き乱れて、その中央には朽ちた大木が倒れているところで歩みを止めた。
ここは懐かしい。
昔、ゴブリンキングを倒して、グリードの第一位階を解放し、さらにはハド・ブレリックを殺して第二位階を解放もした。
俺にとっては曰く付きの場所でもあった。
グリードがそれを知ってか、《読心》スキルと通して笑いながら言ってくる。
『お前はこの場所が、本当に好きだな! ここに住む気か? ハハハッ』
言いたい放題だな。それにしても、グリードが言う通り、この場所には縁がある。
俺たちは、わざと相手の策略とやらに嵌ったふりをしてここまで踏み込んできたのだ。
周りの森から、魔力の気配を感じる。どうやら、俺たちを取り囲んで、攻撃しようとしているらしい。
すぐには俺たちに姿を見せずに、四方八方から弓を使って攻撃をしてきた。雨のように飛んでくる矢、俺はそれを黒剣で薙ぎ払う。
ロキシーもミリアも同じだ。まあ、ガリア戦の経験者にこのような攻撃は意味をなさない。
矢をいくら撃っても倒れない俺たちにしびれを切らしたのか、茂みからゴブリンたちがやっと顔を出した。
ゴブリン、ホブゴブリン……おいおいゴブリンキングが十匹だと!? この魔物はそんなにいないはずだが……。
縄張り意識が高く、一緒に共闘するなんてしないはずのゴブリンキングが手を組んていることに違和感を覚える。
「やはりゴブリンの戦い方がおかしい。念の為にロキシーはサポートを頼めるか」
「わかりました。では、ここはフェイとミリアにお願いします」
「「了解!」」
ゴブリン程度で警戒しすぎているなと感じつつも、黒剣を強く握って斬り飛ばしていく。その度に無機質な声が俺にステータスの上昇を知らせてくれた。
暴食スキルにとっては、もうただのゴブリンは味気のない食事となっており、腹の足しにもならない。だが、ゴブリンキングとなれば、まだ満足感はあるみたいだった。
『ノッてきたな、フェイト!』
「ああ、久しぶりに喰わせてもらう」
俺は眼の前にいたホブゴブリンを殴り落とし、飛び上がって黒剣を振り上げる。そのまま、ミリアに気を取られていたゴブリンキングを頭から両断する。
「あっ、私の獲物です! 横取り禁止です」
「悪いな。戦いの後で文句は聞かせてもらうさ」
「ちょっと、もうっ」
ミリアは対大勢という戦いよりは、単体との戦闘が得意のようだった。一斉に複数の魔物と対峙すると、気が散ってしまい。剣に僅かな乱れがあるのだ。
俺たちは三人しかいない。ずっと囲まれた戦いを長引かせるのは、面倒だな。
また茂みから動きがあった。ゴブリンたちと混戦していた俺たちに向けて、矢が放たれたのだ。おいおい、仲間も関係なしかよ。
するとグリードが《読心》を介して言う。
『お前はEの領域だから、あの矢は躱さなくてもいいだろう』
「よく言うぜ。グリードが言ったんだろ。大丈夫だと思って、受け止めるような変な癖をつけるなってさ。いざっていう時に、その悪癖が出るからだろ」
『フェイトのくせに、よく覚えているじゃないか。なら、躱せ! 躱せ!』
昨日の夜に一緒に話したばかりだろ。さすがに忘れるわけがない。
俺は右へ左へと矢を避けて、たまにゴブリンを盾にしながら、戦っていく。しかし、短気なミリアには粘り強く戦うことが、キツイようで動きのキレが今ひとつだ。
見かねたロキシーが彼女のサポートに入っている。
「戦いに集中して! ミリア! 目だけではなく、相手の気配や魔力を感じながら戦うのです」
「ごめんなさい。わかっているんですけど……」
剣の腕はいいけど、まだロキシーが言うような対応はできないようだった。これはアーロンに、訓練をお願いしてもらったほうが良いな。
ミリアはいつもムガンと一緒に戦っていたから、それらをフォローしてもらっていたのかもしれない。
そうはいっても、この状況はあまり良くはないか。
俺はゴブリンの攻撃や飛んでくる弓矢を躱しながら、意識を集中させる。戦いの最中にずっと探っていた魔力を捉えるためだ。
そいつは南へ五百メートルほど離れた位置にいる。そこを起点にして、たくさんの魔力がこちらへ向かって来ていた。間違いないだろう。ゴブリンたちの巣というか本拠地はあそこだ。
調査だとしても、戦いとなれば話は別だ。
「グリード、いけるか?」
『俺様はいつでもいいぜ。お前次第だ』
ステータスの10%を捧げて、《ブラッディターミガン》を放つ準備を始める。力が抜けていくような感覚と同時に、形状を変えた黒弓が成長していった。
禍々しく変貌したグリードを南へ向けて、見据える。
弦を引き、狙いを定めた時、そこから赤い光の柱が現れたのだ。
「なにっ」
「フェイ、下を見て!」
「な、なんなんですか? これは!?」
それと同じものが、俺たちがいる一帯にも出現し始める。その赤い色は背筋が凍るような嫌な感覚だ。
「ミリアはこの場から離れなさい」
「あっ、ロキシー様」
とっさにロキシーはミリアを掴んで、光り出している地面から遠ざけた。
ゴブリンたちも、そこから逃げ出している。つまり、ここにいると、何らかの攻撃を受けてしまうってことだ。
なら、その前に攻撃するのみ。
『フェイト、撃て』
グリードを声と共に放たれたブラッディターミガンは大地を削りながら、赤く輝く柱に衝突する。そして、光を飲み込むように爆発した。
「やったのか?」
『さあな……だが、何の魔法だったかは知らないが、完全に発動する前に止められたみたいだな』
「ああ、なんとかな」
俺とロキシーの体が、少しの間だけ薄赤く光っていたくらいだ。その光が消えても特に体の異変は感じなかった。
「なんだったんでしょうか。先程の攻撃は……」
「グリードもわからないってさ。だけどゴブリンたちはこれを狙っていたんだろうな。失敗するや否や、すぐに退散しているし」
「でも助かりましたよ。ものすごい大技ですね」
そう言いながら、ロキシーは俺が撃ったブラッディターミガンの痕を眺めていた。そして思い出したように言うのだ。
「ハート家の領地……北の渓谷はこうやって破壊されたのですね」
「あああぁぁ、その節はすみませんでした」
「いいのですよ。コボルトの進行から領民たちを守るためにしたことですし。今回だって同じですよ。きっと優しい女王様はお許しになるでしょう」
ホブゴブの森は、王都の水源地の一つなのだ。手荒な自然破壊は禁止されていた。
事前にムガンから、絶対に吹き飛ばしてはいけない場所を聞いていたので、それには当たっていない。ホブゴブの森はとても大きい。
だから、横幅三十メートル、縦幅五百メートルに渡って、大地を抉ったくらい大丈夫なはず。女王であるエリスも笑って許してくれるはずさ。
「私はあまりエリス様に弱みを握られるのは良くないと思いますけど」
「そのとおりです」
ロキシーは俺の尋常ではないステータスのコントロール、そして扱いについて目を光らせていた。今回は良しとなったけど……。
俺も位階奥義は極力控えたほうが良いとは思っている。どこかの強欲なやつが、バンバン撃てという思考を俺に植え付けてきたから、なかなか抜けないのだ。
『フェイト、もう一発、ブラッディターミガンをダメ押しで撃っていくか!』
「お前……ロキシーの話を聞いていたのかよ」
『それでも撃つ!』
やりすぎのやりすぎくらいが丁度いいというグリードは無視して、南を見据える。
もう、気配は感じないな。倒したのかどうかは、わからないけど。
「向こうに行ってみましょう。ミリアもいいですね」
「はい」
返事をしたミリアは少し元気がなかった。さきほど、あまり活躍できず、あまつさえロキシーにかばってもらったのが効いているようだ。
見ていられず、声をかけようとしたら、逃げられてしまう。
「私のことは放っておいてください」
扱いに難しいな。これはマインを思わせるものがあるぞ。彼女は無口で、こっちはおしゃべりだけどな。
マインは今……どこにいるんだろうな。でたらめに強いから戦いにおいては何も心配していない。だけど……最後の言葉を思い出すと胸が痛んだ。
追いかけるべきだったのか。いや、それは違う。そうしたら、今の俺はいないからだ。きっと……もっと良くない方向に行っていただろう。
黒槍を持つ少年――白髪をしたシンは、大きな何かを起こそうとしている。そしてマインもそれを望み、近くにいるはずだ。
異変が起これば、王都に集まるようにエリスが各地に手配してくれている。だから、その時まで鍛錬を積んで待つのみだ。
俺はロキシーの側へ駆けていくミリアを見ながら思う。
「難しいな……」
『お前にそういうことは向いていない。諦めろ!』
グリードが珍しく、真面目な声で言ってきた。
『ロキシーの件を思い出せ。お前はどれだけ回り道をしてきたと思っている』
「くっ、返す言葉もない」
『そういうことだ。しかし、それでもどうにかしたいなら、もっと周りを見て考えることだな』
俺はため息を一つ付いた。ミリアのこともあるけど……メミル・ブレリックのこともある。今はブレリック家は取り潰されたのでただのメミルとなっている。
メイドとしてバルバトス家にやってきてから、それなりの時間があったけど彼女の心中は未だにつかめないでいた。
『若いうちは苦労しろというからな。禿げるまで苦労しろ!』
「おいっ!」
なんて恐ろしいことを言うんだ。俺はアーロンみたいに歳を重ねても、フッサフサを目指しているんだぞ。
ロキシーたちの後ろで、グリードと読心スキルを使って、独り言のように喋っていたら、振り向いたミリアに目を細めて言われてしまう。
「気持ち悪るっ」
「ぐはっ!」
フッ……ものすごいダメージを受けてしまったぜ。ロキシーならニコニコして見ていてくれるのに、この違いだ。
「ロキシー様もそう思いますよね」
ニヤリと笑ったミリアが、ロキシーに同意を求めた。しかし、首を横に振って言う。
「あれは、フェイには大事なことなのですよ。そのようなことを言ってはいけません」
「ブツブツと剣と話しているのにですか。たまに笑ってキモいです」
「仕方ないだろ! グリードは読心スキルを介さないと話せないんだから」
そう言うと、俺を指さして言うのだ。
「その読心スキルで私の心を読まないでくださいね」
「読まないって! これでもちゃんとコントロールしているんだよ」
「怪しいです!」
「おいっ」
信用ゼロである。ムガンの娘のライネは俺と同じく読心スキル持ちだけど、気にしていないのにな……。
鉄壁のミリアとの距離を縮められないまま、俺はゴブリンたちの拠点があったと思われる場所にやってきた。
ブラッディターミガンを放った後に、無機質な声でステータス上昇を知らされていた。しかし、その中に手応えは感じられなかった。
ゴブリンやホブゴブリンの死体をいくつか発見する。その中で魔法陣らしきものが地面に描かれていた。ブラッディターミガンによって、左半分が消し飛んでいるけど。
ロキシーが懐からメモ帳を取り出して、魔法陣を模写していった。
「これは後日、ライネさんに調べてもらいましょう。あと、私とフェイは念の為に体も診てもらったほうが良いと思います」
「そうだな。……彼女にか」
「どうしたんですか? 浮かない顔ですね」
「いつも診断と言って、ベタベタといろいろなところを触りまくられるので……」
「それは、けしからないことですね。私から厳重に言っておきましょう!」
拳を握って力強く言うロキシー。ミリアと合流する前に、俺は彼女に滅茶苦茶触られまくったのだが……。
首をひねっていると、足元に見慣れない灰色の肌をした腕が落ちていた。
「これってゴブリンの腕なのかな……」
「ゴブリンは緑です。これは灰色です。だからゴブリンの腕ではないです」
ミリアは胸を張って言う。たしかにそうなんだけどさ。腕の筋肉の付き具合はゴブリンと同じだった。
ゴブリンか、ゴブリンではないかをミリアと言い合っていたら、ロキシーによってお持ち帰りと決められてしまう。
「それも、ライネさんに調べてもらいましょう。フェイ、お願いできますか?」
「ああ……わかったよ」
ちょっと気持ち悪いけど、大事な情報だ。持って帰らないわけにはいかないだろう。
予め、用意しておいた麻袋に、灰色の腕を拾って中へ入れた。触った感触、ぬるっと柔らかくて、嫌な感じだ。
「日も暮れてきましたから、引き上げましょう」
ロキシーの言う通りだ。ある程度の情報は得た。今回はゴブリンたちに起きている異変の調査が目的だからだ。
いつもよりも数の多いゴブリン。ガリアのオークの軍隊を思わせるものがあった。
そして、奇っ怪な魔法陣と灰色の腕だ。これを軍事区の研究所にいるライネに届けたら今回の任務としては上出来だろう。
王都へ戻った俺たちは、西門で別れることになった。ロキシーとミリアは、軍事区のライネに今回の情報を届けに行くという。
俺は住宅区に寄って、孤児院にいるサハラの迎えだ。おそらく、頑張ってシスターたちの仕事を手伝っていることだろう。
迎えに行くと、いつも礼拝堂の椅子で眠ているのだ。
「今日はありがとうざいました。明日、よろしくおねがいしますね」
「ああ、こちらこそ」
「バイバイです」
「また明日な」
ロキシーとミリアを見送って、俺はサハラを迎えに行った。案の定、彼女は礼拝堂でお祈りしながら、眠ってしまっていた。
シスターに挨拶だけして、おれはサハラを背負って帰路につく。スヤスヤと幸せそうに眠っている姿を見ていると、心が和むのを感じた。
屋敷に帰ったら、アーロンとメミルがお城での用事をすでに済ませていた。
「戻ったか、フェイトよ。どうだった、ゴブリンたちは?」
「やはりいつもと違っていました。情報は集めましたから、解析はライネに任せます」
「そうか……何事もなければいいのだか。各地で魔物たちが活性化しているという話が、お城で耳に入ったのだ」
各地で今日みたいなことが……。ハート家やバルバトス家の人々のことが気になってしまう。そんな俺の肩にアーロンは手を乗せて言う。
「心配ばかりしても、こればかりはどうにもならん。当主であるお主が、心を乱しては他の者たちを不安にさせてしまうぞ。そのことを忘れていかん」
「はい」
それだけ言うとアーロンは、背中で眠っているサハラを受け取る。そして、彼女を自室へと運んでいった。
残ったのはメミルと俺だけ。すると、先にメミルがニッコリと笑って言う。
「おかえりなさいませ、フェイト様。お食事の用意はすでにできております。アーロン様がサハラを寝かしつけたら一緒に食べられますか?」
「ああ、お願いするよ」
「はい、かしこまりました」
礼儀正しく、一礼するとメミルは奥へと下がっていった。元々名門の出だけあって、俺よりも一つ一つの動きに品がある。
おそらく元聖騎士のメイドは、王都で彼女だけだろう。
食事を終えて、風呂にも入ってさっぱりした俺は、そろそろ眠ろうと自室のベッドの上で寝転んでいた。
うとうとし始めた頃に、部屋をノックする音が聞こえてきた。
「入ってもよろしいでしょうか?」
この声はメミルだ。俺が返事をすると、ドアを開けて中へ入ってくる。夜遅いというのに彼女はまだメイド服を来ていた。
サハラが疲れて寝てしまったことで負担がかかってしまったのだろう。これは使用人を増やすことを本格的に考えてないといけないな。
メミルは俺がいるベッドの腰掛けると、月を見ながら言う。
「今日は満月ですので……」
「ああぁぁ……そうだったな」
彼女は小悪魔のように笑って、口元から鋭い犬歯を覗かせた。
それがバルバトス家へ来た彼女の理由だった。
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