第107話 更なる高みへ

 グリードは手に持った黒剣を俺へ向けてきた。


 人型のグリードが、本体である黒剣を持っているという――そのおかしな姿に呆気にとられていると、彼は呆れたように言ってくる。


「ここは、ルナが作り出した精神世界だ。だから、こういった現実ではありえないことだってできる。それに俺様のこの仮初の姿からして、ありえないだろう。さあ、フェイトも黒剣を取れ!」

「どこに?」


 そう言われてもどうやっていいのか、まったくわからない。グリードは見かねて、教えてくれる。


「念じてみろ」


 黒剣をイメージしてみると……その通りの物が現れたではないか。

 俺が持つ黒剣とグリードが持つ黒剣。合わせて二本が並んでいると、これもまた違和感を覚えてしまう。


 互いに黒剣を構えて向かい合う俺たちに、ルナが声をかけてくる。


「私はのんびりと観戦させてもらうわね。間近で暴食と強欲の戦いを見られるとはね」

「いい気なものだな。離れていないと巻き込むぞ」

「はいはい、グリードならわざとやりかねないものね」

「ふんっ」


 グリードが邪魔者を追い払うように、手でしっしっとしてみせる。そんな偉そうな彼にルナはケラケラと笑いながら、距離を大きくとったのだ。


「これでいいでしょ。素直に危ないから離れていろって言えないのかしらね。はい、いつでもどうぞ。」

「ペラペラとうるさい女だな……」


 ルナとグリードはどうやら馬が合わない。いつも俺をからかっているグリードが、ルナに弄ばれていた。その様子がとても珍しくて、俺が思わず笑っていると、


「フェイト、何がおかしい?」


 いやはや、滅茶苦茶睨まれてしまったぞ。怖い、怖い……それもまた、普段は黒剣で表情がわからないグリードなので、新鮮でもある。こんな顔して怒るのか……う~ん、なるほどね。


「何をじろじろと見ているんだ!」

「ほら、人の姿をしたグリードって珍しいからさ」

「これから、しごいてやろうというのに、余裕じゃないか。言っておくが俺様はアーロン・バルバトスのように甘くはないぞ」

「それってどういうこと!?」

「すぐにわかる。いくぞ」


 グリードが黒剣を構えて、鋭い視線で俺を見据えた瞬間、姿は掻き消えていた。

 消えた……どこだ。目で全く追えなかった。


 そう思った時には、俺の左腕は斬り飛ばされていた。


「ぐああぁぁ」

「どうした、これくらいで音を上げるのか。もう左腕は治っているだろ?」


 グリードにそう言われて、無くなったはずの左腕を見ると元に戻っていた。痛みもいつの間にか、消えている。


「言ったはずだ。ここは精神世界だと、肉体はないから、斬られても心がある限り元に戻る」

「なんだ。ちょっとびっくりしたよ」

「そうも安心していられないぞ。何度も斬り刻まれていると、心にまでダメージが及んでしまうぞ」


 黒剣を再度構えながら、グリードは俺たちの足元を空いている左手で指す。


「そうなったら、お前はここから堕ちていく。暴食スキルに喰われてしまうってことだ」

「マジで……」

「ここまで来てやって、俺様が嘘を言うとでも思うか?」


 こういったときのグリードは冗談を言わない。それに、横目でルナを見ると、うんうんと頷いている。


 アーロンのように甘くはないという意味は、こういったことのようだった。グリードの攻撃を受け続けると、死なない精神世界だとしても、俺の心は死んでしまう。


 まさか、よりによってロキシーの屋敷に泊まっているときに、こんなことをしなくてもいいじゃないか。


 苦虫を噛み潰す俺を見透かしたようにグリードは言うのだ。


「あえてこの時を選んだ。負けられないよな、フェイト。ここで負けたら、暴食スキルに喰われて暴走したお前が何をするか、わかるよな」

「グリード……お前……」

「嫌なら、やめてもいいんだ。どうする、フェイト?」


 なんたる悪役っぷりだ。グリードの三白眼がより、意地の悪さを演出している。

 見かねたルナがそんなグリードに文句を言う。


「感じ悪いぞ、グリード。ブーブー!」

「外野は黙っていろ」


 黒剣をブンブンと振り回して、怒ったグリードがルナを追いかけ回そうとする。それを止めるように、俺は黒剣を構えた。


「やるよ、グリード」

「いいね、わかっているじゃないか。お前はそうでなければな。だが、手は抜かないぞ」

「こいっ」


 今度は俺から仕掛ける。上段から斬り込みを、グリードは片目を瞑りながら余裕で躱してみせる。まだだ! これは誘いで、躱す方向を誘導するためのものだ。斬り返して、本気の中段の斬り込みを繰り出す。


 それもまた、グリードには届かないようだった。


 その本気の斬撃を手に持っていた黒剣で受け止めて、言ってくる。


「お前の剣はまだまだ、軽いな。ちょっとEの領域に至ったからって調子に乗っているんじゃないか?」

「なにを!?」

「言ったはずだ。ここから、先は人外の領域だと……お前はまだその領域に足を踏み入れたに過ぎない。これから、この長い道のりを歩んで行くんだろ、なぁ……そうだろ?」

「グリード……」


 黒剣と黒剣を重ねて、手に力を込めて押し合う。ぶつかる刃先から、火花が散る。


「お前は、選んでしまった」


 グリードから力は一層増していく。少しずつ少しずつ、俺は後ろへと押されていく。


「あいつとは違う道を……選んでしまった。この先、お前の歩む道は俺様にもわからない。だが、そんな俺様でも言えることはある」


 俺も負けじと、押し返そうと力を絞り出す。押されていたが、ゆっくりと元の位置へと戻していった。


 グリードはそれに満足したようで、薄っすら笑って言う。


「もっと強くなれ、フェイト」

「……ああ、言われなくても、強くなってやるさ」

「そうだ、その意気だ」


 俺はマインを止められなかった事を今でも心の何処かで、引きずっていた。

 ナイトウォーカーの始祖であるシンに手も足も出ない自分の無力さが、痛烈に虚しかったのだ。そして、そんな俺を置いて、先に行ってしまったマイン。


 俺は彼女に大きな借りがある。ガリアへ向けて一人旅をしていたときの心細さを埋めてくれてのは彼女だった。


 あのときは今以上に暴食スキルが抑え込めずに焦る俺には、同じ大罪スキル保持者がそばにいてくるだけでも、救われていた。


 マインは口数は多くないけど、旅の道中を何かと俺のそばにいてくれたのをよく覚えている。あれが彼女なりの優しさだったのだろう。


 そんな彼女に、俺はガリアの地でもし暴食スキルが暴走して我を忘れてしまったなら、殺してほしい……なんて馬鹿なお願いをしてしまった。

 本当に酷いことを言ってしまった。天竜を倒して、再会したときにあの時ことを、彼女へ平謝りしたものだ。


 そして、マインから返ってきたのは、「よかった」という短な言葉だった。別に俺を責め立てることもなく、無表情な彼女らしくなく少し嬉しそうにしていた。


 俺は忘れることができない。シンを追う彼女から聞いた最後の言葉が「ごめん」だなんて……マインらしくない。


 初めて聞いた謝罪の言葉が、別れの言葉になってしまうのは、辛かった。その言葉を言わしてしまった無力な自分が惨めだった。


 グリードはわかっているのだ。だからこそ、俺を鼓舞するために、柄にもなくルナに頼んでこのような場を設けてくれた。ここまでしてもらって、応えないわけがない。


「俺はもっともっと強くなる!」


 拮抗していたグリードの黒剣を押しのけて、言い放つ。

 

「ハハッハッ、なら口だけではないことを見せてもらおう」

「こいっ、グリード」


 ここは精神世界だ。視覚だけに頼っていては、グリードのスピードには追いつけない。あらゆる感覚を開放して、集中するんだ。


 グリードがまたしても、目には見えない速さで動いてくる。そのことに惑わされずに、今まで戦ってきたことを思い出す。これまで戦いの経験は無駄じゃない。


 死角から振り下ろされた剣撃を、黒剣で受け止めてグリードに言ってやる。


「どうした、慣れない人の姿でバテてきたんじゃないか?」

「言うじゃないか、ではこれでどうだ!」


 後ろへ大きく飛び退きながら、グリードは黒剣から黒弓に変える。


「えっ、それもできるのか!?」

「当たり前だ。フェイトにできることは俺様にもできる。これで驚くのはまだ早いぞ」

「嘘だろ……」

「本当、本当! うまく防げよ」


 グリードが持っている黒弓が、禍々しく巨大化していったのだ。まさかの、第一位階の奥義ブラッディターミガンである。


 よく使うからわかる……こんなものを放たれたら、消し飛ぶぞ!!


 焦る俺を見て、ニヤリと笑うグリード。マジで放つ気満々だ。


「この人でなしが!」

「よくわかったな。俺様は人ではない、武器だ」

「そういう意味じゃない」

「それっ、でかいの一発いくぞ」

「うあああああぁぁぁ、でかすぎるって。無理無理」

「無理じゃない!」


 グリードの修行に慈悲はない。冗談抜きで撃ってきやがった。


 間一髪。黒盾に変えて、ブラッディターミガンをなんとか防いでみるものの、尋常ではない威力にはるか後方へ飛ばされてしまう。


 これほどの威力があったのか……危うく蒸発するところだった。いつも放つ側にいたからわからなかった。


 この野郎、人が大人しく普通に戦っていたら、無茶苦茶な攻撃を平然としてきやがって!


 俺だって、やってやる。


 黒弓に力を込めて、植物を成長させるように形を変貌させていく。そして、この時に気がついたのだ。この精神世界では、ステータスの消費がないことに。

 まあ、現実世界ではないので、当たり前なのかもしれない。


 ということは、撃ち放題である。


「グリード、覚悟しろよ」

「フェイト……なんて大人げないことを」

「お前にだけには言われたくない」


 連射である。普段はステータスを消費してしまうので、このようなことをしたことがない。なので、すごく気分がいい。


 グリードが黒盾にして、逃げ回るのを撃って撃って撃ちまくる。なかなか、的が素早いぞ。

 動きを読んで、狙わないと……。ここだ!


 あっ、しまった!!


「きゃあああああぁぁ」


 離れた位置で観戦していたルナをグリードと一緒に巻き込んでしまったのだ。

 爆風が掠って、転んだ程度だったのだが、ルナは真っ赤な瞳をメラメラと燃やすように怒っていた。


「二人で戦うのはいいけど、私を巻き込まないで! そんなにも、私とも戦いたいのならいいわよ。戦ってあげようじゃない」

「「ふぁ!?」」


 俺とグリードは心底、意味がわからないですという声を上げた。


 馬鹿面を並べる俺たちに向けて、ルナはニッコリと微笑みかけて、指を鳴らした。

 すると、真っ白な地面から、ゆっくりと巨大な異型の魔物が現れた。それは金属性のパイプで無理やりいろいろな魔物を継ぎ接ぎにしたような形をしている。


 六本の大きな足で地面を揺らし、背には四枚の翼が……。そして頭には天使を思わせるような輪が浮かんでいた。


「「ハニエルだ!!」」


 俺とグリードはまさかの機天使(キメラ)ハニエルの登場に震え上がる。こんなものをわざわざ呼び出すなんて、ルナは相当怒っているということになる。


 ルナはハニエルの頭の上に立って言う。


「言っておくけど、この世界は私が構築しているのよ。ということは、ここでは私は神みたいなものってこと。そして、このハニエルもここでは無敵だからね。安心して、朝まで生き残れていたらいいだけ! では、いってみよう」


 のっしのっしと近づいてくるハニエル。それを見て、グリードは俺に言う。


「フェイト、行って来い。良い修行になる。俺様はここで見ておいてやる」

「お前も戦うんだよ。じゃないと、朝までもたない」

「わかった、わかったって。剣先で突っ突くな、地味に痛いだろがっ!」


俺とグリードは共に、黒剣を構えて頷き合うと、ルナが操るハニエルへと駆けていく。


ありがとう、みんな……。


グリード、ルナの気持ちを裏切らないために俺は、もっと上を目指すんだ。

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