第5話 喰い散らかす
俺は草むらで身を潜めていた。ここはゴブリン草原の入り口付近。
少し離れた先で、一匹のゴブリンが欠伸しながら胡座をかいている。
身長は俺の腰くらいの小さな魔物で、肌は緑色。人間から盗み取ったと思われるボロボロの服を着込んでいた。
敵は俺に気がつくことなく、油断している。周囲の様子も伺ってみたが、他に仲間がいる気配はない。
息を殺して、ゴブリンの背後に回っていく。
そして、《鑑定》スキルを使う。
・ゴブリン・ファイター Lv3
体力:30
筋力:40
魔力:10
精神:10
敏捷:30
スキル:筋力強化(小)
ゴブリン・ファイターか……どうやら、こいつらにはいくつかの種類がいるようだ。
ステータスは俺よりも格下。
さらに所持しているスキルも調べてみる。
筋力強化(小):物理攻撃時に少しだけプラス補正される。
ステータス補正系のスキルか。(小)というくらいだから、おそらく(中)や(大)などもありそうだ。
有用なスキルは、どんどん取り込んでいくべきだろう。
ゴブリンはとうとう眠気に負けて、船を漕ぎ始める。
絶好の機会が到来!
俺は草むらを飛び出して、ゴブリンに一気に近づく。
思いっきり踏み込んだ足音で、目を覚ましたゴブリンは振り向くがもう遅い。
黒剣グリードが一条の弧を描きながら、首を跳ね飛ばす。
ゴブリンは抵抗することも、泣くこともできずに死んだ。
すると、やはり無機質な声が頭のなかで聞こえてくる。
《暴食スキルが発動します》
《ステータスに体力+30、筋力+40、魔力+10、精神+10、敏捷+30が加算されます》
《スキルに筋力強化(小)が追加されます》
よしっ! 確認のため、自分を《鑑定》してみる。
・フェイト・グラファイト Lv1
体力:151
筋力:191
魔力:111
精神:111
敏捷:161
スキル:暴食、鑑定、読心、隠蔽、片手剣技、筋力強化(小)
増えてる、増えてる。うん、強くなっている。
嬉しさのあまり、ステータスやスキルを見入っていると、グリードに鼻で笑われてしまう。
『ゴブリン程度で、喜びすぎだ。倒すたびに、いちいちそんな感傷に浸っていたら、日が暮れてしまうぞ』
「いいだろ、初めて魔物を倒したんだぞ」
たしかに他の武人ならそうかもしれない。でも俺は昨日まで魔物に怯えながら生きてきた人間だ。それが立場が逆になったという、開放感はひとしおなのだ。
俺はゴブリンを倒したという証拠として、緑色をした両耳を切り取る。王都は魔物を討伐した者に賞金を出しているので、これを所定の施設に持っていけば換金してもらえるのだ。
ゴブリン一匹で銅貨10枚だったはず。俺がやっていた門番の日給よりいい。武人は危険かもしれないけど、ほんと稼ぎがいいな。
予め用意しておいた麻袋にゴブリンの耳を放り込む。
さあ、次だ。警戒しながら、進んでいくと開けた場所でゴブリン2匹を見つけた。
1匹は剣を持っている姿からゴブリン・ファイターだとわかる。もう一匹、大きな盾だけを持っている。
知りたいなら考えるより、《鑑定》したほうが早い。
・ゴブリン・ガード Lv3
体力:40
筋力:20
魔力:10
精神:10
敏捷:10
スキル:体力強化(小)
なるほど、体力がゴブリン・ファイターより少し多いだけか。それに合わせるかのように、体力強化(小)のスキルを持っている。
攻撃を盾で弾かれないように注意して戦えば、なんとかなりそうだ。
俺は草陰に隠れながら、2匹を伺う。さて、どちらから倒すべきか。
攻撃武器を持っているゴブリン・ファイターから倒したほうが良さそうにみえる。だけど、もし失敗したり、気づかれたりしたら、盾役のゴブリンに邪魔されながら戦うハメになってしまう。
力でゴリ押ししてもいいけど、まだ戦い方に慣れていないので確実に行きたいところだ。
決めた、ゴブリン・ガードから倒そう。
俺は2匹が離れて距離を取った瞬間を狙った。
今だ! こちらを向いていないときに飛び出したのだが、感の鋭いゴブリン・ガードは俺に気がついて素早く盾を構えてしまう。このままでは、振り下ろした黒剣を弾かれる……と思ったが、
「ギャアアーーーッ」
ゴブリン・ガードが悲鳴を上げた。
なんの抵抗もなく、盾ごと切り伏せてしまえたのだ。黒剣グリードは見た目よりも、遥かに切れ味が鋭いようだ。これなら一方的な攻撃ができる。
《暴食スキルが発動します》
《ステータスに体力+40、筋力+20、魔力+10、精神+10、敏捷+10が加算されます》
《スキルに体力強化(小)が追加されます》
俺は無機質な声を聞きながら、残ったもう一匹に駆け出す。もちろん、行く先にいるゴブリン・ファイターは俺に気がついて剣を振り回して威嚇している。
好きなだけ振り回していればいいさ。俺は構わず、ゴブリン・ファイターが持っている剣ごと袈裟斬りにしてやった。
白目をむいて倒れ込むゴブリン・ファイター。
《暴食スキルが発動します》
《ステータスに体力+30、筋力+40、魔力+10、精神+10、敏捷+30が加算されます》
ん? 今回はスキルの取得がなかった。ああ、そうか。既に持っているスキルは重複するので、追加できないのか。
新たなスキルがほしいなら、違う魔物を狩るしかなさそうだ。ステータス加算だけでも、十分美味しい。
俺はそれから、ゴブリン・ファイター×25、ゴブリン・ガード×10を狩った。
持っている麻袋もゴブリンたちの耳でそろそろ一杯になりそうだ。
《鑑定》で今の状況を確認する。
・フェイト・グラファイト Lv1
体力:1371
筋力:1451
魔力:481
精神:481
敏捷:1051
スキル:暴食、鑑定、読心、隠蔽、片手剣技、筋力強化(小)、体力強化(小)
おいおい、体力と筋力、敏捷はもう4桁台に突入しているじゃないかっ!
魔力と精神に関しては、敵のステータスが低かったのであまり伸びていない。
ふふふっ、昨日までステータスがオール1だった男とは思えないほどだ。
だが、気になる点がある。レベルだ。あれだけの魔物を倒したなら、結構な経験値(スフィア)を得て、レベルアップしてもおかしくない。しかし、レベル1から微動だにしていないのはおかしい。
頭を悩ませていると、グリードが笑っていう。
『暴食スキルの影響だ。神の理を破りしスキルを持つ者が、経験値(スフィア)の恩恵を受けれるわけがない』
「神様の理を破るって、どういう……?」
『今まさにしているだろう。殺してステータスとスキルを奪っているその所業が神の理――レベルという概念を否定しているのさ。そのような者には神からの恩恵はない。ステータスだってオール1だったはずだ』
そして、グリードは少し間をおいて言う。彼にも何か思うところがあるのだろうか。
『それに……いや、なんでもない。そろそろ、王都に帰らないといけない時間ではないか?』
言いかけてやめるなよ、気になるだろ。しかし、正午からロキシーの屋敷に行く用事がある。
ここでゴブリン狩りは切り上げて、王都セイファートに戻ったほうがいい。ステータスは4桁に突入を始めたし、今日のところはもう十分だろう。
次に魔物狩りをするときは、ここより進んだ森にいるホブゴブリンと戦ってやる。
ホブゴブリンはゴブリンの上位魔物だから、ステータスやスキルがもっと奪えるはずだ。
さあ帰ろう、王都セイファートへ。
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