第4話 強欲なる黒剣

「うわっ、剣が喋った!」


 俺は黒剣がいきなり喋るものだから、驚いてそれを地面に落としてしまう。

 他の客と交渉中の店主が目を細めて睨んでくる。

 何をやっている、買わないならさっさと出て行けとでも言いたそうだ。


 それどころではない。

 なんなんだ、これは……。喋る――心を持つ剣なんて聞いたことがない。

 喋るといっても、読心スキルをかいしてだが、間違いなくこの黒剣は人と同じように意思を持っている。


 とりあえず、《鑑定》スキルで調べてみる。


・グリード 形状:片手剣


 あれ? これだけ?

 他の武器なら、耐久や攻撃力の情報があるはずなのに、黒剣は名前と形状しかわからない。


 謎に満ちた黒剣を俺は見つめる。油埃を被って、薄汚れている。まるで俺みたいだ。


 ゴミ屑のように扱われているところなんて、特に。


 そう思ってしまうと、親近感からなんだか惹かれるものがある。

 たしか、さっき聞こえてきた声は「俺様を買え……」、だったか。


 偉そうな口ぶりだけど、悪意はなかったように感じる。

 触っただけで何かされるなら、さっきの時にやられているはずだ。


 なら、もう一度くらい触ったとしても、問題ないはず。俺は意を決して、黒剣を握る。


 すると、声は先程より鮮明に聞こえてきた。


『逃げ出すと思ったが、これはなかなか面白いやつだ。さあ、どうする? 俺様を買うのか?』


 俺は他のボロ武器を見回す。どうやらまともに使えそうなのは、グリードとかいう黒剣だけのようだ。おしゃべり機能付きの剣と思えば、なんとかなるだろう。


「お前を買うよ。それに、お前と俺は似ているような気がするし」

『そうか……なら、あそこにいるデブに金を払ってくれ。あのクズ野郎の顔を見ていると吐き気がする』


 グリードを持って、店主がいるカウンターにいき、銀貨2枚置いた。

 店主はまだお客と話し中で、代金を横目で確認すると、犬猫を手で追い払うように露店から出ていけと促す。


 最後まで感じの悪い店主だ。言われるまでもなく、俺は露店から出ていく。二度と来てやるかっ!


 俺は購入したグリードを綺麗にしてやろうと、ポケットからボロ布を取り出して拭いてやった。しかし、頑固な油埃で取れやしない。石鹸があれば取れそうなのだが……それを買うお金はもうない。


「よろしく頼むぞ、グリード」

『よかろう、これも何かの縁。それとも運命か……。お前の行く末まで共にいてやる。で、お前の名はなんだ?』


 そういえば、言ってなかった。


「俺はフェイト・グラファイトだ」

『ふむ、憶えてやったぞ。これからどうする、フェイト』


 やることは昨日の夜から決まっている。


「武器を手に入れたんだ。わかるだろ」

『狩りか?』

「そうさ、魔物狩りさ!」


 さっそく、俺はグリードという無機物な相棒と一緒に商業区から、王都の南門へ行くことする。


 南門は商業区へ、大量の積荷を運び入れるだけあって、他の3つの門よりも一回り大きく作られている。荷馬車が並んで10台を同時に通れる広さだ。


 ここから外に出て、少し進んだ先には、通称ゴブリン草原という場所がある。ゴブリンたちの住処になっており、そこを通る荷馬車を襲っては、食べ物を奪っている。


 魔物としての強さは最底辺で、初心者の武人が相手するにはもってこいだ。


 気をつけなければならないのは、草むらに身を潜めて襲ってくる点だ。一匹のゴブリンを見つけて、倒そうと近づいたら草むらに隠れていたゴブリンたちに囲まれて、あの世行きなんてことがあったらしい。だから、「1匹のゴブリンを見たら100匹はいると思え」なんて、ことわざがあるくらいだ。


 こういった話は、行きつけの酒屋で年老いた武人に酒を無理やり飲まされながら聞かされたものだ。まさか役に立つときが来るとは思っても見なかった。


 俺も武人に仲間入りした今、まずは登竜門であるゴブリン狩りを始める。

 攻撃スキルの片手剣技! これがあれば、ゴブリンくらい倒せるはず。


 そして、倒したゴブリンの魂を喰らい、己の力にしてやる。


 荷馬車を躱しながら、南門の前まで行くと、武具を装備した男女がたくさん集まっている。


 どうやら、ここで気の合う連中同士で即席パーティーを組み、魔物狩りへ行くみたいだ。


 パーティーか……いいな。故郷の村ではいじめられて、ボッチ。ここでもラーファルたちにこき使われて、親しい友人を作る機会などなかった。


 共に戦い、苦しい時は励まし合い、悲しい時は共に泣く。死んだ父親が話してくれた昔話に出てくる英雄たちのパーティー。幼い俺は、目を輝かせて聞き入っていたものだ。


「いいな……仲間って」


 思わず、つぶやいてしまう。するとグリードが、


『俺様がいるだろ』

「う、うん……」


 でも、お前は無機物。俺の求めているのは有機物な仲間。この差は、でかいと思う。


 よしっ、俺は気合を入れて、武人たちがいるところに踏み込んでいく。大丈夫だ、今の俺は持たざる者ではない。魔物と戦える攻撃スキルがある。


 きっと、あの輪の中に入れるはずだ。そして、受け入れてもらえるはずだ。


 そう思っていたら、年齢が近そうな武人の男性の方から声をかけてくる。


「剣を持っているってことは君も武人だよね。どうだい、僕と組まないか?」

「いいですか!」


 俺は嬉しくなって、テンションが上がってしまう。人に必要とされた経験がほとんど無い俺だ。お前の力が必要だみたいな感じで言われたら、それはもう嬉しくなっても仕方ないだろう。


「ああ、今日はいつも一緒に狩りをする相棒がいなくて困っていたんだ。ところで、君のレベルはいくつ?」

「はい、レベル1です!」


 その瞬間、そいつは引きつった顔をした。そして、頭を掻きながら用事を思い出したとか言って、俺から離れていってしまう。

 えっ……。なんだか、妙な虚しさだけが残った。

 そんな俺に、グリードがいう。


『フェイト、あきらめろ。攻撃スキルをもっていても、レベル1では誰だってああなるだろ。お前は、もしかしたら死ぬかもしれない戦いで、弱そうなやつと組みたいと思うか?』


 それを聞いて、ハッとした。暴食スキルでステータスやスキルを得て、すごく強くなった気でいたけど、俺はやっとスタートラインに立てたばかりなんだ。今までがゴミ屑過ぎたため、普通がわからなくなっていた。


「舞い上がっていたな」

『そういうことだ。それにお前のスキル《暴食》はひと目にさらしていいものではない。パーティーはあきらめろ。あと、隠蔽スキルを使って片手剣技スキル以外は隠しておけ。俺様が言えるのはこれくらいだ』

「……なんで、それを?」


 暴食スキルについては、まだ話していない。なのになぜ知っている。

 すると、グリードは不敵に笑う。


『それは俺様とお前は同類だからさ。まあ、否応なしにそのうちわかるだろう』


 もったいぶった言い方をして、グリードはそのままだんまり決め込んだ。

 気になることはあるが、こいつが言ったことは間違っていない。暴食スキルなんて規格外な力を大っぴらに他の武人たちに知られたら、碌なことはなさそうだ。


 例えば、殺した対象の力を奪う輩がいるだって、もしかしたら俺の力も奪われるかもしれない。こいつが弱いうちに殺してしまえ……みたいな事になりかねない。これはラーファルの思考をトレースしたものだ。まあ、これと似たようなことを考えるやつはいるかもしれない。


 安全第一、誰にも手出しできないくらいの力を得るまで、グリードと魔物狩りをしていくしかなさそうだ。

 まずはゴブリン狩りだ。

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