第2話 蠢く暴食

 一杯のワインで、ほろ酔い気分になった俺は、ボロ家に帰る前にロキシーの様子を見に行くことにした。

 ラーファルたちとの一件で、彼女がどうしても心配になってしまったからだ。


 いくら陰険なラーファルでも、すぐさま嫌がらせをしてくるとは思えない。だけど、去り際に見せた不敵な笑み、それが脳裏から離れなかった。


 もし何かが起こっても、虫けらの俺では彼女の力にはなれないかもしれないが、肉壁になることくらいはできるはずだ。


 月明かりの中、お城の門が見えるところへ。彼女は整然として門番の仕事をこなしていた。


 俺は胸をなでおろして、ほっと安心する。どうやら、徒労に終わったようだ。

 なら、せめて仕事をこなす彼女に「ロキシー様、頑張ってください」と心の中で応援する。

 

 そして、その場を後にしようとした時、東側の壁をよじ登って乗り越えていく人影たちを発見した。


 ロキシーや他の巡回警備たちからは死角だが、たまたま俺がいる場所から見えたのだ。


 きっと盗賊だ。こんな夜更けに壁を登って、お城の中へ侵入する連中は盗賊しか思い当たらない。俺は慌てて、門番をしているロキシーに駆け寄る。


「ロキシー様、大変です!」

「どうしたのですか? 家に帰ったはずでは……」

「酔い覚ましに散歩をしていたら、お城へ忍び込む輩を見つけたんです。向こうの東壁を乗り越えて侵入していきました」

「本当ですか!?」

「間違いありません。この目でちゃんと見ました」


 いきなりそんなことを言って信じてもらえるか、不安だった。しかし、ロキシーは俺の目を見つめた後、


「信じましょう。私はその場所へ向かいますので、その間ここを守ってもらえますか?」

「はい、もちろんです」


 ロキシーから、王国の紋章が刺繍された旗付きの槍を受け取る。


「ご武運を、ロキシー様」

「任せてください。これでも腕には自身がありますから」


 白銀の帯剣を引き抜くと、彼女は俺が教えた方向へ走っていく。速い……やはり聖騎士だ。

 あっという間に姿は闇の中へ消えてしまった。


 そして、聞こえてきたのは男たちの悲鳴。ロキシーが次々と盗賊を斬り伏せているのが容易に想像できる。

 男たちの悲鳴の数から、盗賊はかなり多い。2、3人ではないことは確かだ。


 しかし、ロキシーは聖騎士だ。盗賊程度に遅れを取るはずはない。案の定、喧騒は静まっていく。


 終わったかとホッとしていると、暗闇から一人の体格の良い壮年の男がこっちに駆け寄ってくるではないか。


 きっとロキシーが仕留め損なった盗賊だ。近づいてくると、次第に彼の姿が月の光りに照らされてはっきりと見えてくる。

 これは……。俺は息を呑んだ。


 右腕はバッサリと切り落とされており、それを左手で必死に止血しながら、俺がいる出口へと走ってくるのだ。

 顔色は青く、きっと大量の出血で極度の貧血を起こしかけているのだろう。


 俺は槍を構える。逃がすわけにはいかない。例え、相手が死にそうな人間でも、倒すべき盗賊だ。


 ロキシーの代わりに門番をやっている以上、逃がせば彼女に迷惑がかかる。必ず、仕留めないといけない。


 敵は手負い。力のない俺でも倒せるはずだ。そう意気込んで、盗賊に槍を力一杯突き込む。


 槍は運良く盗賊の心臓を貫いていた。

 盗賊は槍を掴んで俺を激しく睨んだ後、大量の血を吹いて仰向けに倒れ込んだ。


 しばらくは手足を痙攣させていたが、全く動かなくなってしまう。盗賊は間違いなく、死んだ。


「やった、倒したぞ…………えっ!?」


 その時、何かが俺の体に流れ込んでくるのを感じた。続けて、頭の中で無機質な声が聞こえてくる。


《暴食スキルが発動します》

《ステータスに体力+120、筋力+150、魔力+100、精神+100、敏捷+130が加算されます》

《スキルに鑑定、読心、隠蔽、片手剣技が追加されます》


 ステータスに加算? スキルに追加? この声はなんだ? どういうことだ?

 そして生まれて初めて感じる満腹感。


 あれほど、食べても食べても満たされなかった空腹。今は、とても充足した最高の気分だ。


 得体の知れない高揚感に浸っていると、ロキシーが慌てながら駆け寄ってきた。


「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」


 そう言いながら、俺の手を取って怪我はないかと確かめだす。


(心配……なんだか顔色が悪いし……ああぁ心配だわ)


 なんだ? ロキシーの声が頭の中に直接聞こえてくる。彼女は喋っていないのに、なぜか声が流れ込んでくるのだ。


「どうしたのですか?」

「……いえ、なんでもないです。怪我はありません」


(本当! よかった……本当によかった)


 俺の無事をとても安堵する声がまた聞こえてきた。

 これって、もしかしてロキシーの心の声か? 


 そして、彼女の手が俺から離れると、全く聞こえなくなってしまう。


 不思議なこともあるものだ。戦いの緊張によって、幻聴を聞いてしまったのかもしれない。もう一度、確かめようにも相手は聖騎士様、おいそれとロキシーに触ることなど許されない。


 お城に忍び込んだ盗賊は、全部で10人だった。それをロキシー1人が相手をしたのだから、聖騎士はやはり強いと思う。


 俺もおこぼれで1人倒した。それも彼女が瀕死一歩手前まで追い詰めていたから、可能だったわけだ。


 だから、今回の手柄はすべてロキシーのものだろう。


「ロキシー様、今回の件はすべてロキシー様の手柄にしておいてください」

「それは困ります。あなたも1人倒したではないですか」


 俺にはもう一つの事情がある。雇い主のラーファルたちだ。

 このことが彼らの耳に入れば、他の聖騎士に手を貸すなどもってのほかだと怒り狂って、何をされるか、わかったものではない。


 さらに、ラーファルはロキシーをよく思っていないので、尚更叱責されるだろう。


「ラーファル様の耳に入ると、俺の立場がとんでもないことになるので……」

「ああ……そうですね。わかりました。今回の件はあなたのいうとおりに処理します」

「ありがとうございます」

「礼を言うのは、私の方です。あなたが教えてくれなかったら、私の失態になっていました」


 人生の勝ち組である聖騎士内でも出世争いは、過酷なようだ。最底辺の俺にはその苦労は知る由もない。


「ですから、お礼をさせてください」

「いえいえ、聖騎士様にそのようなことは……」


 ひたすら頭を下げる俺がお気に召さないようで、彼女は頬を膨らませる。いつもはこのような顔をしないので、びっくりしてしまう。すこしだけ、ロキシーが身近に感じられた。


「そうですね……そうだ」


 なんだか、わざとらしい仕草で両手を叩いてみせるロキシー。

 お礼をもらうはずなのに、俺の方は何をされてしまうのかと、ドキドキだ。

 そして、彼女の口からとんでもない発言が、


「ハート家に就職してみませんか? 今回の件を父上に話せば、きっと認めてもらえます」

「えっ!? ですが、俺は無能スキル持ちなので……分不相応です」

「そんなことはありません! 現に盗賊を1人倒してみせたではないですか」


 あれは本当に運がいいだけだった、次も同じことをやれと言われても、絶対に無理だ。


「やはり俺には……」


 煮え切らない俺に業を煮やした彼女は、トドメの一言をいってのける。


「ブレリック家について、気にする必要はありません。それとも、あなたは一生、ブレリック家のもとで働く気ですか?」

「うっ」


 俺が危惧していたブレリック家による嫌がらせはお見通しだった。それがあっても俺を採用したいと言ってくれているのだ。涙が出そうになる。


 あの性格最悪なラーファルたちに、こき使われて過労死する未来。

 かたや、優しくて麗しきロキシーのもとで働けるバラ色の人生。


 考えるまでもなかった。元々、俺はロキシーファンなのだ。

 願ったり叶ったりじゃないか。


「ぜひ、お願いします。ロキシー様!」

「よろしい。今日は遅いので、明日の正午にハート家の屋敷に来てください。待ってますよ」


 俺は飛び跳ねるほどの喜びを押し込めつつ、ロキシーへ何度も頭を下げながら、その場を後にした。


 そして、お城の門が見えなくなったところで、飛び上がってガッツポーズをきめる。

 俺にも、やっと運が向いてきたんだ。なんだか、体がいつにも増して軽いし、いい事づくめだ。


 明日に備えて、ボロ家に急いで帰ろう。

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