暴食のベルセルク ~俺だけレベルという概念を突破する~
一色一凛
第一部
第1話 持たざる者
この世界にはレベルという概念が存在する。
生きとし生ける物が、レベル1から始まり、経験値(スフィア)を得ることでレベルアップできる。
経験値(スフィア)はこの世界に跋扈する魔物を倒すことで得られる。しかし、魔物は大変危険で誰もがおいそれと倒せるものではない。
倒せるのは、武人と呼ばれる強力な攻撃スキルを持つ者だけ。
スキルは生まれた時に、神様から授かる特別な力(ギフト)だ。誰もが一つ以上持っていて、その力を有用に使って生きている。だから、強力なスキルを持つ者は神様に選ばれし人なのだ。
死んだ父親から、そう教わった。
そして、俺が持っているスキルは《暴食》。絶えまなく空腹感が襲ってくるだけという困ったスキルだ。生まれ育った村では穀潰しといわれて、よくいじめられた。
俺はこの世界で不要な人間――持たざる者だ。
この使えないスキルのお陰で、唯一の肉親である父親が病死した折に、後ろ盾を失った俺は村から追い出された。
流れ着いた先は王都セイファート。これほどの大きな都なら、自分にもなにかできることがあるはずだと当初の俺は、希望に胸を膨らませたものだ。
しかし、まともな就職先は見つからず、日雇いバイトであるお城の門番をしている。
雨の日も風の日も雪の日も、門の前から動くことができないとてもきつい仕事だ。それに比べてお給金はとても少ない。
本来なら俺のような平民ではなく、お城に仕える聖騎士様たちがやるべき仕事だ。
しかし、所謂3Kと呼ばれる「きつい」「汚い」「危険」の三拍子が揃っているため、上流階級の彼らは自分の身代わりとして日雇いバイトを雇っている。
「おいっ、今日も俺らの代わりにしっかりと門番をしているか」
綺羅びやかな鎧に包まれた若い聖騎士様たちがニヤつきながら声をかけてくる。俺の雇い主だ。王国では5本の指に入る名家ブレリックの三兄妹。
俺に偉そうに話しかけてきたのが、長男のラーファル。その右横にいる背の高い男が次男のハド。彼らの後ろにいるのが末の妹、メミルだ。
兄妹だけあって3人共、髪の色は凍りつくような青をしている。そして、3人揃って優秀な聖騎士様だ。
聖騎士とは、武人の中でも特に秀でた聖属性スキルを扱える者。かつ王国が絶大な地位を認めた者に与えられる名誉ある称号だ。
この世界は強力なスキルほどレベルアップ時に、ステータスの伸びが良くなる。だから、聖属性スキル持ちで、魔物と戦ってレベルアップできる聖騎士は、俺のような人間とは別次元の存在だ。
もし、彼らを怒らせでもしたら何をされるか、わかったものではない。
「はい、ラーファル・ブレリック様」
俺は跪いて、頭を垂らす。例えそれが、ムカつく糞野郎でもだ。
「ほら、今日の分のお給金だ」
ラーファルは俺の足元に銅貨を数枚投げつける。他の2人もそれを蔑むように笑みをこぼしている。
「さあ、拾え。さっさと拾わぬと今日の分が減ってしまうぞ」
いわれなくとも、生きていくために大事なお金だ。俺はせっせと拾う。
そして、最後の一枚を拾おうとした時、ラーファルによって手を踏まれた。
「おっとすまんな。そんなところに手があったのか。汚くて目に入らなかった」
高らかに笑いながら、俺の手を踏みにじる。明らかにわざとだ。
「忘れるな、お前のような使い道のないクズを雇ってやっているのは俺たちだ。代わりなどいくらでもいるのだ。それを理解しているのか? お前のような低能では難しいのか?」
「そうだ。最近、たるんでいるぞ。お前は僕たちの代わりに名誉ある仕事をしているんだ。本来なら無給でもいいのに、僕たちの慈悲によってお金を貰えていることをありがたく思え。もっと大事そうに拾わないかっ!」
「お兄様たちのいうとおりだわ。お前に失態があれば、私らに迷惑がかかるのよ。打ち首だけではすまないわよ」
これはラーファルたちが俺にする教育的指導だ。自分が置かれている立場をしっかりと叩き込もうとしているのだ。
俺がどれだけ矮小な生き物なのか、それを誰が生かしてやっているのか、骨の髄まで教え込もうとしている。
素直に頷かなければ、最後の一枚は拾わせてもらえないというわけだ。もし反抗的な態度を取れば、今日限りで門番をクビにされてしまう。
さらに、反逆と見なして殺されるかもしれない。
くそがっ。逃げ場のない奴隷と化したやり取りは、すでに5年という月日が過ぎても、続いている。例え、門番を辞めようとも、きっとラーファルたちは怒り狂って、いわれない濡衣を俺にきせてくるだろう。そういうやつらだ。
5年という歳月をかけて熟成しきった行き場のない苛立ちが湧き上がってくる。
なぜ従わなければならないのかという怒りと、それを聞くしかない無力な自分に対しての憤りだ。そして、こんな時に限って《暴食》スキルが目を覚まして、腹の虫を大きく鳴らす。
ラーファルは俺が飯もろくに食えていないと思ったらしく、険しい顔で叱責を始める。
「情けないやつだ。それでは門番が務まらないだろうがっ。俺たちがお前に飯も食わせていないようではないかっ! ブレリック家に恥をかかせる気かっ!」
跪く俺の腹を蹴り上げる。手加減をしているのだろうが、俺のステータスとは天と地ほどの差がある聖騎士の蹴りだ。
内臓が口からすべて飛び出してしまうんじゃないかというくらいの衝撃が俺を襲う。嘔吐を繰り返しながら、息もできずに地面をのたうち回った。
「何あれ、まるで蛆虫だわ。臭いし、穢らわしい」
意識が朦朧とする中で、メミルらしき女の声が耳に届く。
「おいっ、早く立て。お前が門番をしていないと、俺たちが他の聖騎士に非難されるだろがっ!」
ラーファルが今だ地面に転がっている俺の顔を踏みつける。
「早く立たんかっ!」
立てるわけがない。その強靭な足を退いてくれない限り、圧倒的な力の差で立ち上がれないのだ。
もちろん、ラーファルはそれをわかっていてやっている。自分の足の下でジタバタもがく俺を見て、楽しんでいるのだ。
一段と足に力を込められて、頭が割れそうなくらいの激痛が走る。
もう死ぬんじゃないかと思ったその時、凛とした声に俺は救われた。
「ラーファル、やめなさい。彼が死んでしまいます。守るべき民に、そのような行いをするとは、聖騎士としてあるまじき行為です」
「チッ。……今日の交代はロキシー・ハートだったのか」
俺を助けたのは、聖騎士としては珍しい、強きを挫き弱きを助くという思想を持ったロキシー・ハートだった。なびかせた黄金色の髪が彼女の勇ましさによく似合っている。
ハート家も5大名家の一つで、正義を重んじる家柄だ。
ゆえに民衆に慕われており、もちろん俺も彼女のファンである。
ロキシーが睨みを利かすと、ラーファルたちは悪態をつきながらも逃げるように立ち去っていった。その時、ラーファルがロキシーを見て、不敵に笑っていた。
あの顔はよく知っている。執念深いラーファルのことだ。もしかしたら恥をかかされた恨みで、ロキシーに仕返しを考えているのかもしれない。
彼女はそんなことは気にも止めずに、俺の手を取って立ち上がらせる。そして、額から流れた血をハンカチで拭き取ってくれた。
「大丈夫ですか?」
「はい、いつものことですから。助けてもらって本当にありがとうございます、ロキシー様」
「いえいえ、同じ門番仲間ですもの。これくらいは当然です。さあ、交代しましょう」
俺は深々と頭を下げて、王家の紋章が刺繍された旗付きの槍をロキシーに渡す。
この槍が門番としての証なのだ。彼女は他の聖騎士たちとは違い、きちんと門番の役目をこなしている立派な人だ。
そんなロキシーが心配そうに俺の手を取った。
「また、あのようなことをされたら、私に」
「いいえ、ロキシー様の手を煩わすわけにはいきません。俺は大丈夫なので、これで失礼します」
「あっ」
ロキシーはまだ何かをいいたそうだったが、俺はその場から逃げ出した。
これ以上、彼女にブレリック家と関わってほしくなかったからだ。あいつらの性格からして、どんな汚い手を使ってくるかわからない。
もし、彼女が俺のような仕打ちを受けてしまったらと考えただけで、これ以上ない絶望が込み上げてくる。ロキシーには、迷うことなく我が道を行ってほしい。それが間違いなく王国の民衆のためになる。
俺は憂さ晴らしのため、行きつけの酒場へ向かう。店に入った時には月が天高く昇りきっていた。
深夜からが酒場のかきいれ時だ。商人や娼婦、旅人などが席に座り、酒を飲んでは顔を赤くしている。
俺がほぼ指定席になっているカウンターに座ると、何も言わなくても赤ワインが置かれる。
この店で一番安いワインだ。ひたすら酸味が強いだけで美味しくはない。これは酔って気を紛らわせるためだけのものだ。
「マスター、パンとスープ」
「はいよ」
焼き置きしてかなり時間がたった硬い黒パン。他の料理で使った野菜クズを煮た味気のないスープ。これが俺の夕飯だ。肉はかれこれ5年以上は食べていない。最後に食べたのは、干し肉の小さな切れ端だ。
もう、どのような味だったかは忘れてしまった。
俺は《暴食》スキルのせいで常に空腹感が襲ってくるが、それを満たすだけのお金を持っていない。
だから、目の前にある食事をゆっくりと食べて、少しでも空腹を紛らわすしかないのだ。
ちびちびとワインを飲みながら、黒パンを食べていると、酒場の店主が話しかけてきた。
「どうだい、門番の仕事は?」
「きついですね」
「そうか……君が前任者のようにならないことを祈っているよ」
俺は返事もしなかった。ブレリック家に雇われていた前任者は、過労死したそうだ。
執拗ないびりと過酷な労働時間に、ステータスの恩恵が殆ど無い俺と同じだった前任者は、次第にやせ細っていき、糸が切れるように倒れ込んで死んでしまったという。
そして、警備中に死んでしまった彼をブレリック家の者が使えない奴だと、踏みつけていたのを酒場の店主が目撃した。
今でもその時の悲惨な光景が目に焼き付いて、忘れることができないという。
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