第12話 お狐さま in 悪役令嬢
「今回はまたまた異世界! 悪役令嬢に挑戦なのじゃ!」
「もう異世界はこりごりじゃ~、って言ってませんでした?」
「そんな事言っておったかの?」
「すごい……都合の悪い記憶を消してる……。」
みたま様は常に後ろを振り返らないのです。
そのせいで同じような失敗を繰り返すのですが。
「ところで、何ですかその格好。」
「どうじゃ? なかなかにイケてるじゃろ?」
今日のみたま様はいつもの狐耳尻尾の巫女服姿ではありません。
煌びやかなドレスに身を包み、髪もいつもの短めではなくバッチリ伸ばして、髪の毛はクルクルとロールをかけています。
「悪役令嬢って言ってましたけど、西洋の貴族の娘のコスプレって事ですか?」
「こすぷれじゃないのじゃ! わしは今、本当に悪役令嬢になっておるのじゃ!」
「その悪役令嬢ってなんですか?」
「悪役の令嬢じゃ!」
そのまんまでした。
今日の分福は人魂形態です。ふよふよとみたま様の周囲を漂いながら尋ねます。
「今日は悪役をやるんですか?」
「いや! 悪役ではない! 主人公じゃ!」
「でも、悪役令嬢ですよね?」
「そうじゃ!」
未だにみたま様が何を言っているのかが分からずに頭に?を浮かべている分福に、みたま様はやれやれと呆れた様子で首を振りました。
「悪役令嬢だけど主人公になるのじゃ。主人公が恋愛げーむの世界に転生して、気付くとそのげーむの悪役令嬢役に収まっていた、という導入部分が鉄板じゃの。」
「これも前にやった異世界転移ものって事ですか。」
「現代人の感覚や視線でふぁんたじー世界に入り込むには便利な設定じゃからの。お主だって全く知らない世界や時代の話を繰り広げられたら入り込むのに時間が掛かるじゃろ? 主人公が現代人の視点を持っていると、割とすんなり入れると思わんか?」
「なるほど。そう言われると確かにそうかも知れませんね。」
みたま様の解説を聞いて、分福はふむと納得しました。
「悪役令嬢ものは主人公が正当派ひろいんではなく、悪役側に入ってしまうのじゃ。今や種類も様々じゃが、王道の流れはげーむを知っているが故に、悪役に収まった事で待ち受けるばっどえんどを知っていて、それを回避する為に悪役と同じ道を辿らぬようにあれこれするってところじゃな。」
「つまり、今のみたま様は何かのゲームの悪役になっていて、その悪役の迎えるバッドエンドを回避しようとするのが今回の目的なんですね。」
「その通りじゃ! ちなみに、今回わしは主人公をボロクソに虐めるいじめっ子役なのじゃ!」
「ぴったりじゃないですか。」
「ぶち殺すぞ。」
「役作りもう出来てますね。」
そんなコントはさておき。
みたま様は今回、悪役令嬢としてとあるゲームの世界に潜り込んだのです。
「みたま様が入った役は、最後にどうなるんです?」
「ひろいんが攻略対象と結ばれた時点で、ひろいんを虐めていた因果応報として大概死ぬのじゃ。」
「それをどうやって回避するんですか?」
「色々と方法は考えられるのう。そもそも、ひろいんを虐めないとか。ひろいんが攻略対象と結ばれるのを邪魔するとか。わし自身が死亡ふらぐを踏まないようにするとか。」
みたま様は扇子をぱたぱたとさせながら「おほほ」と高笑いします。
「という訳で、今回わたくしは悪役令嬢を演じていきますわ。」
「数少ない個性を捨てていくんですね。」
「数少ないとはなんじゃ! ……ですわ。」
「もう無理してるじゃないですか。」
実際問題お狐さま要素も一切なくなり、これで一人称と語尾も変えたらいよいよ「みたま様じゃなくてよくない?」となるのです。
しかし、今回は悪役令嬢です。おばあちゃんみたいな喋り方もしていられません。背に腹は代えられないのです。
「わたくしは安易な一人称と語尾に頼らずとも、みたま様としての個性を出していきますわ。」
「今までの自分を否定するような一言。」
みたま様は今、とある豪華なお屋敷の一室の中にいます。
豪華な椅子から立ち上がり、みたま様はパンパンと手を叩きます。
すると、扉を開いてメイドが二人部屋に入ってきました。
メイドはみたま様を取り囲むと、さささと身の回りと整えていきます。たちまち、学校の制服のような服装に変身したみたま様は扇子をぱたぱたとあおぎながら「おほほほほ!」と笑いました。
「学校にいきますわよ!」
「今回は学生の設定なんですね。」
というわけで、みたま様は学校へと向かいました。
国立ルナール魔法学園。
代々有名な魔法士を輩出している国内でも有数の名門です。
優れた血筋の高貴な家柄の者が入学し、魔法の実力を身につけていきます。
その名門の中で一人、才能のみで入学が決まった平民の子がおりました。
魔法は血筋で属性や才能が決まります。マキナという名前の少女の持つのは、かつて神の時代に存在したという神代魔法だったのです。
マキナは才能を持ちながら、心優しく慎ましい少女でした。
マキナは平民として蔑まれ、特別な才能を嫉まれ、学園内で虐げられる事もありました。
そんな中、マキナは魔法学校で様々な出会いを通して少しずつ成長していき、マキナと共に成長していく少年達は次第にマキナに惹かれていくようになります。
マキナは逆境を乗り越え、学園を無事に卒業する事ができるのでしょうか。
そして、マキナは果たして誰と結ばれる事になるのでしょうか。
"マキナの宝箱"―――これは一人の少女の、奮闘と恋の物語―――――。
「そして、わたくしはマキナを虐める女子ぐるーぷの代表にして、マキナの最大の邪魔者のライバル、悪役令嬢ミターマ様なのですわ。」
「名前だっさ。」
「それは失礼じゃろ! ほぼわしの本名じゃぞ!」
みたま様改めミターマ様は国立ルナール魔法学園を訪れました。
日本の大学のキャンパスを思わせる巨大な建物にはあちこちに綺麗な身なりの上品そうな生徒達が歩いています。
ミターマ様は教室の後ろの方の座席に陣取り、窓から外を見下ろして一人の金髪の美少女に目を付けました。
「あれが、このげーむ世界の中のひろいんに当たる、マキナなのですわ。」
「へぇ~。あの子を苛めるんですか?」
「とんでもありませんわ。ぷらんその壱。げーむの悪役むーぶを極力避ける。苛めなんてせずに、マキナの恨みを買わないように振る舞うんですわ。」
そんな事を話していると、窓の外から見える中庭で、マキナが何やら複数の女生徒に絡まれているようです。
ミターマ様はバッと席から立ち上がり、クククと不敵に笑います。
「早速、わたくしの出番ですわ!」
ミターマ様は窓からととと、と離れて行きます。
そして、そのまま教室から出る……かと思いきや、入口の手前で立ち止まってくるりと振り返りました。
丁度教室に入ろうとしていた他の生徒が、急に入口で身を翻したミターマ様を見て、きょとんとした様子で尋ねます。
「ミターマ様、どうされたんですか?」
ミターマ様ぐっとクラウチングスタートのポーズに入ります。
その奇妙な行動に教室中の視線が集まり始めます。
「何をされてるんですか、ミターマ様?」
突然の奇行に視線の集まる中、ミターマ様はそのままスタートを切ります。
窓に向かって走り出し、タン!と地面を一蹴り、それと同時に腕と足をぐっと曲げて身体を丸めます。
ガッシャアアアアアアン!!!!
「ミターマ様!?」
窓ガラスをぶち破って、ミターマ様は窓から飛び出しました。
ちなみにここは三階です。
くるくると空中で三回転を決めると、みたま様はヒーローのように中庭にシュタン!と華麗に着地しました。
「ミターマ様!?」
マキナを囲んでいた女生徒達が驚愕します。
「ミターマ様!?」
絡まれていたマキナの方も驚愕します。
「……待て待て待てぇい!!! そうは問屋が卸さねぇ!!!」
「キャラがブレすぎでは。」
江戸っ子のように啖呵を切って、ミターマ様はいじめっ子達の前に立ちはだかります。いじめっ子達は言葉を失っていました。それもその筈です。急に窓ガラスをぶち破って三階から飛び降り来た人間を見れば誰でもこの反応になります。
しばらく中庭が静まり返ります。
やがて、いじめっ子の一人がハッと我に返って、ニコニコと笑ってミターマ様の前に近寄ります。
「もう、ミターマ様驚いたじゃありませんか。どうされたんです?」
「あなた方こそ何をなさっていたのです?」
ミターマ様は閉じた扇子をビシッといじめっ子に突きつけて糾弾します。
すると、悪びれた様子もなくいじめっ子はオホホと笑いました。
「いつも通り、マキナさんと"お喋り"してましたの。ミターマ様もいつも通り一緒にどうです?」
「む。お喋りとな?」
ミターマ様は面食らいました。てっきり取り囲んで苛めていたのかと思いきや、お喋りしていただけのようです。
マキナを苛めるのを邪魔しに来たつもりが、とんだフライングだったようです。
(いや、これ本当は苛めてたけど、バレたら面倒だから"お喋り"とか言って誤魔化してるパターンでは。ほら、苛めを"遊んでただけ"とか言い訳するクソガキいるじゃないですか。)
分福がミターマ様の耳元で囁くと、ミターマ様はハッとしました。
(し、知っとったし! わ、わしは別に騙されてないのじゃ!)
ミターマ様は騙される事無く、いじめっ子達を扇子でビシッともう一度刺します。
「そうはいきませんわ! このわたくしが成敗して……。」
「そこで何をやっている。」
いじめっ子を成敗しようとしたミターマ様の前に、いじめっ子達の後ろから、一人の男が姿を現しました。
すらっとした如何にもイケメンといった感じの、高貴な身なりの青年です。
その青年の登場に、いじめっ子達はビクリと身体を震わせて、顔を引き攣らせました。
「ア、アウラム様……!」
金髪の美青年を、いじめっ子達はアウラム様と呼びました。
ミターマ様もその名前を聞いてぎくりとします。
分福だけが事情を飲み込めず、ミターマ様の耳元で囁きます。
(誰ですかあれ。)
(マキナの攻略対象の一人じゃ……! この国の王子なのじゃ……!)
(王子って滅茶苦茶偉い人じゃないですか。)
(そうじゃ……! こいつとマキナが結ばれると、わしはマキナを陥れようとした罪により処断されるのじゃ……!)
ミターマ様が気をつけるべき相手のようです。
アウラムはいじめっ子達に退けと言えば、ささっと道が開かれます。
開けた道の先に居るミターマ様を、アウラムはじろりと見下し、口を開きました。
「マキナに何の用だ?」
「い、いや、わたくしはこの子を助けようと……。」
「下手な言い訳だな。退け。」
アウラムはミターマ様の肩を掴んで、ぐいと脇に避けました。
「ち、違っ……!」
「マキナ。大丈夫か? 何もされていないな?」
「は、はい。アウラム様。」
「良かった。」
アウラムの低い声が優しくなるのが端から聞いていても分かりました。
どうやら既に二人は良い関係になっているようです。
別に苛めようとしていた訳ではなく、本当に助けに入ったミターマ様の言葉はまるで聞き入れてもらえません。
「わ、わたくしは本当に何も……!」
「コラーーー!!! そこで何をやっているのですか!!!」
そこに駆け付けてきたのは、生徒では無くおじさんです。
どうやらこの学園の教師のようです。
何やら、ミターマ様の思わぬところで騒ぎになってきてしまっているようです。
「窓ガラスを割って飛び降りたと聞きましたよ! 何してるんですかミターマ様!」
いいえ、思わぬところではありませんでした。
思いっきりミターマ様が原因でした。
「怪我はしてませんか!?」
「け、怪我はしてませんけど……。」
「じゃあ、職員室まで来なさい!」
「えっ! い、今取り込み中で……!」
「いいから来なさい!」
「ま、まだ誤解が……!」
ミターマ様は職員室まで連れて行かれてしまいました。
「なんでじゃ~! わしはいじめなどしてないのに~!」
家に帰ったミターマ様は枕に顔を埋めてワンワンと泣きました。
あの後、職員室に連行されたミターマ様は教師陣にこっぴどく叱られ、更には親にも連絡され、家に帰った後も両親から滅茶苦茶に怒られました。
マキナをいじめていたという誤解も解けず終いで、ミターマ様はただ窓ガラスをぶち破って三階からダイブした馬鹿として大人に怒られるだけの結果に終わったのです。
「わしはなにも悪い事してないのに、怒られるなんてあんまりじゃ~!」
「いや、窓ガラスぶち破ったのが悪いんでしょ。」
分福がツッコミを入れました。
ミターマ様はがばっと起き上がります。嘘泣きも終わったようでコロッと普通の顔に戻り、ぎりりと爪を噛みました。
「しかし、わしがマキナを苛めないように振る舞っても、関係無いところで苛めは起こるし、あのアホ王子はわしの話を聞かんし、これではいじめっ子の烙印は消せないのじゃ……。まさか、わしがいじめっ子設定から逃れる事はできないというのか……?」
「いや、今回はみたま様が大分無茶苦茶したのが悪いのでは。」
「こうなったら、マキナが攻略対象とくっつかないように工作するのじゃ!」
「ろくな事にならない予感しかしない。」
分福は嫌な予感がしてきました。
ミターマ様が余計な事をしようと企むとき、大概うまくいかないのです。
経験測から分福は失敗するんだろうなと思いつつ様子を見ることにしました。
中庭で、倒れ伏すアウラム王子。見下ろすのはミターマ様。
ミターマ様はアウラム王子との決闘に勝利しました。
「うおおおおおおお! わたくしの勝ちですわ!」
「王子ぶちのめして良かったんですか……?」
ミターマ様はマキナを中庭に呼び出し、マキナをエサにアウラム王子を誘い出しました。
これ以上マキナに危害を加えるなと憤慨するアウラム王子に、ミターマ様は決闘を申し込みました。
そして、マキナが見えている前で、完膚なきまでにアウラム王子を叩きのめしたのです。
「おーっほっほっほ! これでマキナのアウラムへの好感度はダダ下がりですわ! アウラムるーとはぶっ潰してやりましたわ!」
「別問題が発生してませんか……?」
ミターマ様が考えた、マキナの攻略対象がくっつかなくなる為の妨害工作……それは、マキナの目の前で攻略対象の格好悪いところを散々に見せてやろうというものでした。
マキナはボコボコにされたアウラムを見下ろして、口に手を当てフルフルと震えていました。まぁ、窓ガラスぶち破って三階からダイブする頭のおかしい女が、中庭に呼び出して恐る恐る訪ねていったら、目の前で王子をボコボコにし始めたら誰だって恐ろしくて震えます。
ミターマ様がマキナの方に視線を向けると、マキナはビクッと身体を弾ませました。
スタスタとマキナに歩み寄り、ミターマ様は肩にとんと手を置きます。
「もう大丈夫ですわ。」
「え……?」
「戻って宜しくってよ。」
マキナはあくまでアウラムを呼び付ける為のエサであり、目の前でアウラムの格好悪い負けっぷりを見せつける為だけに呼んだのです。アウラムをボコボコにした時点で、マキナへの用事は済みました。
いじめっ子の役割から逃れられないとしても、ミターマ様がマキナをすすんで苛める事はありません。
もう用事は済んだので「もう大丈夫」と用が済んだことを伝え、戻って良いと返してやることにしました。
ついでにボコボコにしたアウラムを担いで、「ご機嫌よう」とミターマ様は中庭から去りました。
マキナは去って行くミターマ様をぽかんとした顔で見送りました。
ここから、ミターマ様の攻略対象の面子を潰す工作が動いていきます。
「うおおおおおおお! わたくしの勝ちですわ!!!」
マキナと同じ美術の授業にて、第二の攻略対象、芸術家貴族アルジャンとの芸術三本勝負。
絵画勝負では、
音楽勝負では、
彫刻勝負では、
殆ど
項垂れたアルジャンを見下ろし、ミターマ様はおほほほほほ!と高笑いしました。
「イカサマで負けてかわいそう……。」
「勝てばよかろうなのですわーーー!!!」
ミターマ様は手段を選ばないのです。
周囲の生徒や教師陣の視線も全てミターマ様が集めて、アルジャンを得意分野で完膚なきまでに叩きのめしました。マキナもしっかりとその勝負を見ておりました。
「うおおおおおおおお! わたくしの勝ちですわ!!!」
剣術の授業にて、剣の達人アエスを、全ての技を出させた上で全ての技を打ち破り、全ての技をコピーした上でミターマ様は完全勝利しました。
ついでに巧みな剣術……に見せかけた
「うおおおおおおおお! わたくしの勝ちですわ!!!」
魔法の授業にて、得意気にマキナに魔法の指導をしていた魔法の名手プラティナ。
更にプラティナが挑んできた実戦勝負にて、完膚なきまでに叩きのめす事で彼の心を叩き折りました。
マキナの攻略対象達を、マキナの目の前で徹底的に撃破してきたミターマ様。
本当に徹底的に叩きのめすので、都度都度先生に怒られるのですが、挫けずにミターマ様は全攻略対象を叩きのめし、マキナの好感度を下げる作戦を完遂しました。
「どうじゃ分福! 見事にマキナの前で攻略対象達の面目を丸潰しにしてやったのじゃ! これでマキナは誰とも結ばれないのじゃ!」
「これ逆に恨み買いません?」
恋愛要素関係無く酷い目に遭いそうな事をしています。
ミターマ様は校内でも有力な王族や貴族の面子を根こそぎ潰してきました。
果たして、これでゲームオーバーフラグを回避する事ができたのでしょうか。
ミターマ様がお屋敷にて、この成果に満足していると、メイドが部屋のドアをノックします。
「お嬢様。お客様がいらしております。」
「あら、誰かしら。」
「ご学友のマキナ様です。」
なんと、ヒロインのマキナがミターマ様のお屋敷を訪ねてきました。
ミターマ様は「ん?」と首を傾げます。
本来であればミターマ様はマキナを苛める悪役令嬢であり、最後に立ちはだかるライバルなのです。
マキナ側から接触を図ることはまず有り得ないのですが……。
「…………あっ。」
ミターマ様はハッとしました。
「どうしたんです?」
「わしらが今居る恋愛げーむ"マキナの宝箱"では、マキナが誰とも恋愛ふらぐを立てられずに学園生活が終わった場合、ばっどえんどに行くのじゃ。」
「バッドエンド?」
ミターマ様はごくりと息を呑みました。
「誰にも救われずに苛められ続けて心が壊れたマキナは、憎き悪役令嬢と差し違える形で復讐を果たすのじゃ。」
「何ですかその憂鬱なエンド。」
「つまり……悪役令嬢のミターマ様は、このルートでも死ぬのじゃ……!」
「ミターマ様結局全ルートで死んでません?」
どのルートに行っても結局因果応報で死に至る悪役令嬢ミターマ様。
今更そんな事を思い出しても時既に遅し。
既にミターマ様は全ルートを破壊してしまったのです。
今や"マキナの宝箱"はバッドエンドルートに直行しています。ここでマキナがミターマ様に会いに来たという事は……?
「あ、あやつ、わしを殺しに来たんじゃ! そうに違いない! わしがするべきだったのは、るーとを破壊しつつ、マキナを苛めから護る事だったんじゃ!」
「やっぱり最初の窓破壊で怒られたからって諦めなければ良かったんじゃないですか?」
「分福! そういうのは早く言うのじゃ!」
「言いましたよ私。」
何はともあれ、既にマキナがやってきてしまった以上は手遅れです。
ミターマ様は慌ててメイドに言います。
「か、帰ってもらうのですわ! いないと伝えて!」
「もうお通ししてますよ。」
半分開いたドアの影から、ヌッとマキナが顔を覗かせます。
目をカッと見開いて、瞳孔が開ききった瞳がミターマ様を見ていました。
その顔を見て、慌ててミターマ様は口を覆いました。
「ミターマ様……。」
ゆらりと、覚束ない足取りで、瞳孔をカッ開いたままによたよたと歩み寄るマキナを見て、ミターマ様も分福もぞぞぞと背筋を氷らせます。
(怖っ!)
(怖っ!)
神や妖怪でさえも怖いと思う人間の狂気。
マキナは片手にバスケットをぶら下げて、ふらふらとした足取りで引き攣った笑みを浮かべました。
バスケットに手を忍ばせ、マキナはにたぁと笑みを浮かべて……。
「ミターマ様……これ……私からの……"お返し"です。」
「ひっ……!」
一房の薔薇の花束をミターマ様に差し出しました。
「……え?」
「こ、こんなもので……申し訳ないのですが……。」
マキナはにやぁと笑いました。
「……な、なんじゃこれは?」
「わ、私の実家……花屋やって……まして……。こ、高貴な御方の……お、お眼鏡にかなうものか……じ、自信はないのですが……。」
「……いや、何故わし……じゃなくて、わたくしにこんなものを?」
思わず素が出てしまったミターマ様。
マキナはにたぁと笑います。
「お、"お返し"……です……。」
「な、何のお返し……?」
「え、えっと……わ、私に、付きまとう方々を……追い払って、下さって……あ、ありがとうございました……!」
ぺこりと薔薇の花束を差し出しマキナが頭を下げました。
ミターマ様はん?と首を傾げます。
「付きまとう……とな?」
「ず、ずっと困ってて……な、なんでか高貴な殿方が、わ、私の周りについて回ってて……わ、私そういうの本当に苦手で……しかも、ちやほやされるせいで、変なやっかみも受けてて……。」
「……えっと、ついて回ってるって、アレですか? アウラム王子とか、アルジャンとか、アエスとか、プラティナとか……あいつらの事?」
「は、はい……。」
マキナはもじもじしながら言います。
「にゅ、入学当時から、ずっと付きまとわれて、困ってたんです……。神代魔法を使える平民……って物珍しさからだと思うのですが。な、何か言いたくても身分の違いもありますから、下手な事も言えなくて……。」
「お、お主……じゃなくてあなた、あれ困ってましたの?」
「は、はい……。」
どうやら逆ハーレムのヒロインのマキナは、男達に付きまとわれるのに困っていたようです。分福がミターマ様に耳打ちします。
(……この子本当に恋愛ゲームの主人公なんですか?)
(そ、その筈なんじゃけど……? もしかして、あれか? 恋愛ふらぐ立つ前にへし折ったから好感度最低なのかの?)
マキナは攻略対象をストーカーくらいにしか思っていませんでした。
どうやら、恋愛フラグが立つ前にミターマ様に叩きのめされてしまい、ストーカーから印象が発展しなかったようです。
ある意味、恋愛対象とくっつくのを妨害するのには成功したようです。
「じゃ、じゃあなんであんな怖い顔してたんですの……? 瞳孔カッ開いて……。」
「こ、こんな立派なお屋敷に来るのは初めてのことで……。へ、変な顔してましたか……?」
どうやらガチガチに緊張していただけのようです。
次第に喋り方にも緊張がぬけてきて、マキナの口調も流暢になってきました。
ミターマ様はほっと胸を撫で下ろします。てっきり"お返し"と称して急に包丁でも取り出して刺されるかと思っていたので、拍子抜けしました。
「ずっと、やめて下さいとも言えずに困っていたんです。そんな時に、ミターマ様が次から次へとあの方々を叩きのめして下さって……胸がすく……じゃなくて、とても救われた気持ちになって……。」
「お、おお……?」
「無様に大恥をかいたからか、恥ずかしくて私の前に顔を出せなくなったみたいで……ようやく解放されたんです……! ざま……いえ、これも全てミターマ様のお陰で……それでお返しをしたいなと、押し掛けてしまい……。」
「お、おお……。」
所々でトゲのある言葉を挟んで闇を垣間見せるマキナに、ミターマ様は若干引きました。まぁ、追い込まれると差し違える形でミターマ様と共倒れになるのだから、それなりに闇はある子なのです。
マキナの瞳がぎょろりとミターマ様を向きました。
「最初の窓からのダイブ、あれも意地悪なあの方達に絡まれていた私を助けに来て下さったのですよね? アウラム様に邪魔をされて、あの時にお礼も言えなかったので……。」
「え? え、ええ! そうですのよ!」
どうやら、いじめを防ごうとしていた事もマキナには分かっていたようです。
「あの時のミターマ様、とても格好良かったです……。私の目には絵本で出てくるヒーローのように映りました……!」
「そうでしょうそうでしょう! よく分かってるじゃありませんか、あなた!」
最初は所々怖いマキナに怯えていたものの、褒められて段々とミターマ様は調子に乗ってきました。
「アウラム様を真正面から叩き潰した時もとても勇ましく、アルジャン様との芸術勝負もすごく美しくて、アエス様との剣術勝負もとても可憐で、プラティナ様との魔法勝負もとても聡明で……あの時、私の手を取り魔法を教えて下さった感覚がずっと残っていて……私あれ以来ずっと右手を洗っていないんです。」
「おほほほほ! あなた中々分かっているじゃな……ん?」
手袋をはめた手に愛しそうに頬を擦りつけ、マキナは目をカッ開いてにやぁと笑います。
「忌々しい選民思想に囚われた愚物共……貴族はそんな方ばかりなのだと思っていました。しかし、ミターマ様は目上のアウラム様にすら果敢に立ち向かい、私のような平民にさえ優しく手を差し伸べて下さり、まるで神様のように素敵なお方で……。」
「お、おう……?」
神様のような、ではなく、本当に神様なのですが、そんなツッコミを入れる隙がありませんでした。最早どす黒い言葉を隠す事なく、マキナは何かに酔いしれるように喋り始めます。マキナの目の色がおかしくなってきました。そして、息が荒くなってきました。
「ミターマ様は私の神様です。私だけの神様です。お慕いしております。愛しております。薔薇の花言葉をご存知ですか? 『あなたを愛しています』です。しかも、本数が増えるほど愛のメッセージはより強くなるんです。貧しい私ではそれが精一杯ですが、本当はもっともっと、いえ、数には出来ない程の薔薇をお送りしたいのが本心なんです。私のミターマ様への愛は数では表現しきれない程なんです。そこは本当にごめんなさい。数なんて浅ましいものであなたへの愛を表現しようとした私の浅はかさ。愚かさ。恥ずかしいと思っています。でも、何とか気持ちを形にしたくて、無礼とは分かりつつも薔薇で愛情を表現したんです。もう私は決めたんです。一生お慕い申し上げます。私の全てをあなたに捧げます。大好きです愛しています恋しています崇めていますらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶ」
「ヒィィィィィィィ!」
ミターマ様は思わず悲鳴をあげました。
褒められたり愛される事が大好きなミターマ様でもこのレベルで愛されるのは鳥肌が立ちます。
どうやら攻略対象を全滅させたら、マキナの好意の矛先がミターマ様に向いたようです。
「私を下僕にしてください。一生あなたに尽くします。御側に置いて下さい。私はあなたの傍でしか生きていきたいのです。お役に立てるか分かりませんが、この神代魔法の才能も、私の身体も全て全てをミターマ様に捧げます。どうか。どうか。どうか。どうか。断られたら私もう生きていけません。お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします。」
「わ、分かった! 分かったから落ち着くのですわ!」
ミターマ様は青ざめた顔で制止しました。
マキナはハッとして我に返ります。
目玉をひん剥いて口をにたぁと歪ませている不気味な顔から、しゅっと整った可愛らしい顔立ちに戻って、ぽっと頬を染めて頬を押さえました。
「あ、ご、ごめんなさい! つ、つい、興奮しちゃって……お、お恥ずかしいところをお見せして申し訳ございません。」
お恥ずかしいというか恐ろしいところを見せられてしまったのですが、ミターマ様は「そ、そんなこと無いですわ。」ととりあえず気分を害さないように振る舞いました。
「今日は押し掛けてしまい申し訳ございません。では、また明日学校で。」
マキナはぺこりとお辞儀をすると、お屋敷を後にしました。
ミターマ様と分福は顔を見合わせました。
「わし、初めて人間が怖いと思った……。」
「あれ、下手したらその内刺されますよ。しかも、傍に置いてくれって頼みに対して『分かった』って言っちゃったけど、大丈夫だったんですか?」
「だ、だって! あそこはああ言わないと駄目だったじゃろ!」
「確かに、下手したらあの場で心中バッドエンドになってそうでしたね。」
マキナはヤンデレだったのです。
マキナの勢いに押されて傍に置いてという頼みに分かったと答えてしまったミターマ様。明日も学園でミターマ様はマキナに会わなければいけません。
その内、何か選択肢を間違えたら分福が言った心中バッドエンドまっしぐらでしょう。地雷原を駆け抜けなければいけない生活が明日からミターマ様を待ち受けています。
「……よ、よし! あ、"悪役令嬢もの"はここまでじゃ! か、帰ろうぞ!」
「あ、逃げた。」
ミターマ様は帰還を決意しました。
「でも、ミターマ様がいなくなったらマキナ自殺とかしちゃいませんかね?」
「あ、後味の悪くなるような事言うのやめるのじゃ! わ、わし知らんし! そもそもここはげーむの世界だから、別に構わないのじゃ!」
ミターマ様は若干の後味の悪さを残しつつ、背に腹は代えられない、自身の命には代えられないという事で、今回のお話を打ち切る事に決めました。
「いやぁ、しかしマキナ怖かったですね。」
「下手な幽霊や妖怪よりも人間のがよっぽど怖いのじゃ……。」
三珠神社でほっと一息をついて、みたま様と分福は今日の感想を語り合いました。
外には雨がザーザーと降っており、雷がゴロゴロと鳴っています。
「やっぱ異世界も恋愛ものもこりごりじゃ。わしには全然あってないのじゃ。」
「今更?」
既に異世界ものは何度も失敗していますし、恋愛ものも失敗しているので今更なのです。
何はともあれ、悪役令嬢の死亡フラグは回避して、無事に生還したみたま様。
今日も今日とてビーズクッションに埋もれてスマホを弄り始めます。
コンコン。
その時、神社の入口からノックの音が聞こえました。
「なんじゃ、客人か? 珍しいのう。」
「参拝客がノックなんてするものですかね。多分、別口だと思いますけど。ちょっと出ますね。」
分福は現代社会に溶け込む際の人間の姿にどろんと変身します。
そして、神社の入口の方に向かいました。
表の様子を確認した分福は、そのまま戻ってきます。
「誰もいませんでした。」
「え? でものっくの音聞こえたよな?」
「二人で聞き間違えるって事はないですよね。」
「うーん。今日は風も強いし、何かがぶつかったのかもしれんのう。」
「あー、そうですね。それにしても酷い天気ですね。」
どうやらノックは気のせいだったようです。
それで納得して、二人はいつもの調子に戻ります。
「約束したじゃないですか。」
その声が聞こえた瞬間、みたま様と分福は凍り付きました。
聞き覚えのあるその声。ここにいる筈のない人物の声です。
ゴロゴロドカンと雷が落ちた音が響きました。みたま様と分福の心拍数が急激に跳ね上がっていきます。
声がしたのは後ろ側。奥の方からです。
恐る恐るみたま様と分福が、同時にゆっくりと後ろに振り返ります。
ピシャーーーンッ!
雷鳴が轟き、神社内が一瞬明るく照らされました。
物陰から半分顔を覗かせて、目をカッ開いた女が立っていました。
マキナです。
右手に包丁を持った、ゲームの世界の住人である筈のマキナが、三珠神社に確かにいました。
マキナがにたぁと笑います。
「約束……したじゃないですか。」
「お傍に置いて下さるって。」
雷鳴の轟く中、みたま様と分福の悲鳴が響き渡りました。
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