お狐さまが通る!~忘れられた神様が信仰を取り戻す為にミーハーに人気のある世界に殴り込んで一発逆転狙って頑張ります!~

空寝クー

第1話 お狐さま in 現代日本




 昔々あるところに、小さな村がありました。

 ある日、村にたくさんの恐ろしい鬼がやってきました。

 ~中略~

 こうして、鬼達を追い払った狐は、村人達に神様として祀られる事になりました。

 村を、人々を、生贄になるところだった娘を救った狐は神様となって、今も多くの人々を守っています。





 某県某所、三珠みたま神社。

 すっかり寂れてしまった古めかしい小さな神社に、その神様は暮らしておりました。

 床に置いた巨大なビーズクッションに身体を埋めて、天井を見ながらスマホを弄っている、自堕落な少女がその神様です。


 着慣れた巫女服を雑に着崩し。

 かつては長く艶やかだった金色の髪は、今や邪魔だという理由で肩あたりでバッサリ切って。

 いつもゴロゴロと寝転んでいるのでボッサボサ。

 頭からは大きな狐の耳をぴょこんと生やし、袴の後ろ側からもっさりと狐の尻尾を生やし。

 そして、小学生かというぐらいのちっこい身体。

 威厳もなにもないこの方こそ、この神社の神様である"みたま"様なのです。




 みたま様は狐の妖怪でありながら、人々を鬼から救った事から神として祀られ、この三珠神社は建てられました。

 かつては信仰を集めていたものの次第にどんどん人は離れていき、今では年に二、三度くらいしか人が訪れなくなった寂れた神社。

 ちなみに、その二、三度というのは大体肝試しにきた人間です。


 さて、この神社を取り巻くあれこれを見て、既に読者の皆様方はお分かりでしょう。とっくに忘れられて信仰を失った、ホラースポット扱いされている幽霊神社。それがこの三珠神社なのです。


 そして、肝心の神様のみたま様、信仰失って完全にやさぐれております。

 もはや信仰を集めるつもりもなく、現代日本の文化に入り浸っております。

 今の趣味はスマホの漫画アプリでの漫画漁り。いつも寝転びながらぐうたらと漫画を読み漁っています。

 ビーズクッションに埋もれながらニヤァ…と笑っているかと思ったら、ウッウッ…と泣きそうになっていたりします。


 そんな、自堕落な神様の周りには、ふよふよと人魂のようなものが浮かんでおりました。


「みたま様、そろそろ信仰を集めないと、私達消えちゃいますよ。」

「うるさいのう、分福ぶんぶく。今いいところなんじゃ。」


 人魂は分福ぶんぶくといいます。

 分福はみたま様の式神です。式神というのは、簡単に説明するとみたま様が従えている使いのようなもので、あれこれと彼女のお手伝いをしたりします。

 その正体は狸の妖怪であり、今の人魂形態は省エネモードのようなものなのです。


 分福が言った通り、神様や妖怪の力は信仰や畏れといった人々の思念の力です。

 人々に忘れられた神は次第にその存在が消えていき、やがて完全に忘れられた時に消滅してしまうのです。


 人間で言うなら生死の境目にあると言っても過言ではない状況にみたま様と分福はおかれているのです。

 にも関わらず、今ひとつ危機感なくスマートフォンをしゃっしゃとフリックするみたま様は暢気な返事をしているのです。


 分福は「はぁ」と溜め息をついて、しばらくふよふよ漂った後に、すっとみたま様の耳元に降りました。


「……みたま様、神社の祭具や宝物を売ったお金もそろそろ底を突きそうです。」

「へぇ~。そうなのか。割とあっさり無くなるもんじゃのう。」

「……スマホの通信料金も払えなくなり、その漫画も読めなくなりますよ。」

「んなっ!?」


 さらりと言いましたが、この神様、スマホやらビーズクッションやら現代日本にやたらと馴染んでいます。

 なんとそれらの生活費、かつて三珠神社に溜め込まれた祭具や法具を質に入れて稼ぎ出したものなのです。なんと罰当たりな事でしょう。まぁ、罰当てる立場の神様がやっている事なのですが。

 そのお金もまさに今、底を突こうとしています。

 衝撃の事実を知ったみたま様は、がばっとクッションから身を起こしました。


「真面目に信仰を集めないと、今のぐうたら生活は送れなくなりますよ。」

「そ、そんなの嫌じゃ!」

「そこは嘘でも『嫌じゃ』とか言って欲しくなかったんですけどね。」


 分福の至極真っ当なツッコミが入ります。

 

 実は分福、主であるみたま様に一つの嘘を吐きました。

 お金が底を突こうとしている……というのは嘘です。

 実は分福、このままでは生活できないと見て、みたま様に秘密で仕事をしています。省エネモードの人魂形態から、分福は様々な姿に化ける事ができるのです。

 それなりに稼ぎはあるので余裕でみたま様を養っていけるのですが、あえて嘘を吐いて危機感を持たせようとしたのです。狸は人を化かすのです。今化かされてるのは神様ですが。


「信仰を得れば生活費にも困らなくなります。それに、更に大きな信仰を集めれば、生活に更に余裕がでるやも。たとえば……もっと娯楽にお金を使うとか。」

「課金してもいいのか!?」

「真っ先にその選択肢が出てくる神様嫌だなぁ。」


 みたま様は課金する事に快感を覚えるタイプのスマホゲーマーなのです。

 ちなみに、今までは分福に命じられてお子様設定で上限額が定められていました。

 モチベーションの行方としては些か不満はあるものの、分福はやる気さえ出してくれればそれで良いと思っています。


(消えるよりかはマシかぁ。)


 分福がここにきて嘘を吐いてまでみたま様にやる気を出させようとしたのは、割と切羽詰まってきたからです。

 三珠神社の管理者一族の血筋が途絶え、管理者がいなくなり、今も刻一刻とかつてみまた様を信仰してきた信者がいなくなっています。このままではそう遠からず、みまた様は消えてしまうでしょう。

 分福としては、主であるみたま様に消えて欲しくない一心で、心を鬼にして嘘を吐いたのです。


「よし! 明日から頑張るのじゃ!」

「あっ、これやらないやつだ。」


 明日も「明日からやる」というやつです。

 

「今日中に信仰を集める方針を考えるべきです。そうしないといつまで経ってもみたま様やらないでしょ。案を出すまではご飯抜きです。」

「そんな殺生な!」


 分福は心を鬼にしてみたま様を追い込みます。

 神社の家事全般は分福の仕事なのです。分福がご飯を用意しなければ、みたま様はお腹を空かせてしまいます。信仰で存在を保つ神様ですが、一応ご飯は食べるのです。


「ひ~ん。虐待なのじゃ~。"ねぐれくと"なのじゃ~。」

「泣き真似しても駄目ですよ。」

「ちっ。面倒臭いのう。」


 嘘泣きを披露してすぐに駄目だしされつつ、みたま様はすぐに悪態をつきました。狸の妖怪同様に、狐の妖怪も他者を化かすのが得意なのです。

 狐と狸の化かし合いには狸の分福が勝利した……かと思いきや。


「……なーんての。分福よ。お主、わしが本当にただぐうたらと日々を過ごしていたと思っておるのか?」

「え? ぐうたら食っては寝てゲームして漫画読んでスマホばっか弄って自堕落に過ごしてただけですよね?」

「そ、それ以外にもちゃんとしてたじゃろ! ご飯のあと食器洗いとかゴミ捨てとか!」


 思わぬ式神の辛辣な評価を聞いたみたま様は、若干動揺しつつも「おっほん。」と咳払いしてにやりと得意気に笑いました。


「実はわしはずっと信仰を取り戻す方法を考えておったのじゃ。」

「へぇ。」

「反応が薄い!」


 どうせ適当な事言ってるんだろうな、と分福は思いながら話半分に聞いています。

 うぅ、と悔しそうにしながら、みたま様は手にしたスマホを突き出しました。


「これじゃ!」

「スマホで何かするんですか?」

「わしはすまーとほんで人間文化をずっと勉強しておったのじゃ。そして、信仰を取り戻す手段も見つけたのじゃ!」

「ヤ○ー知恵袋とかで聞いたんですか?」

「違うわ! 神が人に教えを乞うわけないじゃろ!」


 スマホに頼っている時点で人間の文明の利器に頼っているので、殆ど人に助けられている事と変わらない気もしますが。

 それはさておき、みたま様はフフンと得意気な顔になりました。


「知っておるか? 人間の世界では語尾に『のじゃ』つける獣耳娘がウケるらしい。」


 分福の人魂が若干青ざめて、ぶるりと震えたように見えました。


「それでそんな安易なキャラ付けを……?」

「違うわ! わし生来の個性じゃ! きゃら付け言うな!」


 一応、みたま様はずっと昔からこのキャラなので、現代の趣向に合わせての安易なキャラ付けではないのです。

 みたま様はぷんすかした後に、ふふんと得意気に胸を張ります。

 

「時代がわしに追い付いた、って言うんじゃよな。こういうの。」

「時代遅れだから忘れられてるのでは?」

「嫌いじゃ! わし、お前が嫌いじゃ! 良いから黙って聞いておれ!」

「はいはい。なんですか?」


 ぐぬぬ、と悔しがりつつも、みたま様はおほんと咳払いして得意気な顔に戻ります。


「まぁ、わしの"きゅーと"で"ぷりちー"なキャラクターがあっても、それだけで人気が取れるとはわしも思っておらん。」

「"きゅーと"で"ぷりちー"から既に懐かしい臭いがプンプンしますが。」

「黙って聞けと言うておろう! と・に・か・く・じゃ! わしには秘策があるのじゃ!」


 みたま様はスマホを突き出しました。

 そこに表示されているのは、様々な漫画を読むことができる漫画アプリでした。

 漫画アプリの中の特定の漫画ではなく、みたま様が示したのはトップページ、週間や総合のランキングが表示されているページです。


「このらんきんぐを見よ! ここにわしが再び信仰を取り戻すひんとがあるのじゃ!」


 一応、見てみる事はするものの、分福にはまるでみたま様の言いたいことが分かりません。


「これがなんです?」


 分からない分福を見て、気分を良くしたのかみたま様が踏ん反り返りました。


「ほほ~ん! 分福は時代遅れでいかんのう! 神や妖怪と言えど、現代のむーぶめんとに付いていけないと駄目じゃな!」

「はいはい。で、どうやって信仰取り戻すんですか。」


 適当に分福が流します。


「このらんきんぐに載っているのは、人間達に今人気のある漫画なのじゃ。」

「そらランキングってそういうものですからね。」

「このらんきんぐを漁っていく中で、わしはとある事に気付いたのじゃ。なんじゃと思う? なぁ、分福ぅ、なんじゃと思う?」

「まるで分かりませんね。」

「ほほ~ん! 分福はダメダメじゃのう!」


 これでもかと緩みきったドヤ顔で、身体をくねくねさせながら、分福を指差してけらけらとみたま様が笑います。

 分福はみたま様が若干……というか大分うざくなってきたところですが、ここは我慢所です。

 調子に乗らせておけば、この怠け者も動くだろうと心の中の唇を血が滲むほどに噛み締めて耐えます。

 一頻ひとしきり、分福にマウントを取って満足したみたま様はいよいよ本題に入ります。


「よいか? このらんきんぐ上位に食い込む漫画はの、割と似通ったじゃんるに偏っているのじゃ。」

「……ああ。ブームってものがありますよね。ヒットした作品と同ジャンルの作品が次々と人気になっていったり、増えていったりするみたいな。」

「そう、ぶーむ! 分福もそのくらいは知っておったか!」


 みたま様はいちいちマウントを取らないと気が済まないようです。


「このらんきんぐ上位に入るものは、いくつかの分類に分けられるのじゃ! その分類こそが今のぶーむというやつじゃ!」

「そりゃまぁそうでしょうけど。別にみたま様は漫画家として成功したい訳ではないんですよね?」

「当たり前じゃ! わしは神様として信仰を集めたいのじゃ!」


 じゃあ、何故漫画サイトの人気ランキングを気にするのでしょう。

 その答えはみたま様がドヤ顔で語ってくれます。


「つまるところ、ぶーむのじゃんるというのは現代の人間には共通して人気なのじゃ。つまり……。」

「つまり?」


 バッと両手を広げて、みたま様が「フハハハハ!」と笑います。


「わしもこのじゃんるでやっていけば、人気者になれるという訳じゃ!」


 分福は絶句しました。

 感心したとか天才的な発想に衝撃を受けたのではありません。

 呆れてものが言えないのです。


「現代人に人気のケモ耳のじゃロリ美少女神様のみたま様が、人気じゃんるに飛び込んでいけば! 人気うはうは! 信仰もりもり! お賽銭じゃらじゃら! どうじゃ! この完璧なぷらん!」


 安直すぎる発想に分福はもうこれ以上なにも言うことはありませんでした。

 もう、このアホの神様は一度やって痛い目を見て貰った方がいいのではないかと思っていました。

 なので、分福はそれ以上深く突っ込む事なく、ゆらりと人魂の身体を揺らして頷きました。


「わーすごいですね。」

「じゃろ!? じゃろ!? わしってば、ほんとに天才じゃろ!?」


 にしし!と口に手を当て、尖った八重歯を剥き出しにしてみたま様は笑いました。

 スマートフォンを高く掲げ、みたま様は高らかに宣言します。


「これより! 信仰を取り戻すための作戦を開始するのじゃ! 作戦名は……!」


 ビシッ!と分福を指差して、みたま様はきらりと目を輝かせました。


「お狐さまが通る!~忘れられた神様が信仰を取り戻す為にミーハーに人気のある世界に殴り込んで一発逆転狙って頑張ります!~―――じゃ!」

「タイトル長っ。」

「長いたいとるも昨今のぶーむなのじゃ!」


 ちょっぴり、というか大分残念な狐の神様、みたま様。

 ツッコミ役のみたま様の狸の式神、分福。

 彼女達の打算的でミーハーな信仰獲得作戦はこうして動き出しました。

 果たして、みたま様は失われた信仰を取り戻すことができるのでしょうか?

 答えは神でさえも知りません。




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