第12話
「秋元君は部活入らないの?」
そう話すのは勉強を教えることになった二人組の一人、春日部 雫(カスカベ シズク)。夏原とは幼稚園からの幼馴染みで、部活も同じ弓道部に所属している。春日部は親が弓道教室を営んでいるため小さい頃から弓道場に居たそうだ。とは言っても未熟な身体では強い力が加わることで骨などに影響を及ぼす危険があるらしく、やり始めたのは中学からとのこと。
ちなみに夏原も中学からやり始めたが、その理由は春日部が中学からモテるようになったから。弓道をしたら自分もモテると思った夏原だったがおそろしくモテなかったと死んだ目で言われた。というのも弓を構える姿"は"格好いいと好評だが終わってしまえば豹変、普段がやかましすぎる。爆音スピーカーと呼ばれているらしい。なるほど、確かにうるさい。声がでかい。
「秋元も弓道部入ろうぜ!!楽しいぞ!」
「え、あ、いや、俺は...入らない。」
「ええええええ!!!楽しいのにぃ!!一回でもいいから見学しに来てくれよ!!なっ!」
「巴うるさい。無理に誘うな、ごめんね秋元君、気にしないで。」
真逆の二人だなと思った。基本クールな春日部に明るい夏原。しかし手元の二人のノートを見ればやっぱり似た者同士かと思い直した。先程から試しにと解かせている問題の回答は空欄ばかり。書かれた回答も間違いが多い。隣で冬木が手の止まってしまった二人に注意しているのを聞きながら、二人が理解できていない分野を絞り出していく。理解するまでに時間が掛かるだけで、理解してしまえば案外いけることがここ数日教えていて気が付いたのだ。教える側の工夫があれば二人は良い点をとれるだろう。
「にしても秋元にほんとよく懐いてるよな、そいつ。」
俺の膝の上で寝ている鳩を指差しながら夏原が言った。良いから問題を解け。
この鳩が教室内に居ることに最近はもう誰も驚かなくなった。担任も注意したり、追い払おうとしないのは鳩が一部の生徒以外に危害を加えないからだろう。糞を落とすわけでも、いたずらをするわけでもない、一部の生徒以外には。一部の生徒と言っても一人である。隣の男だ。これに関して、自業自得とは担任の意見である。やはり不思議なことに俺にしか懐いていないようで、鳩自ら触れるのも、触れられるのも、俺だけのようだ。
「名前つけないの?」
「いや、飼ってるわけじゃ、ないし...。」
「でもそれだけ懐いているんだから良いんじゃない?」
春日部の言葉にそれもそうだなと思う。しかしなんと名付ければ良いか。首を傾げて考える。
「はと(笑)で十分じゃない?痛っ!!!!」
名前の案を上げた冬木に鳩が噛みついていた。だからそういうところだぞ。荒れている鳩を落ち着かせながら頭に色々な名前を思い浮かべていく。
「そもそもその鳩、雄なの?雌なの?」
その質問には冬木が答えた。
「雄だと思うよ。キジバトはドバトと違って雄と雌が見分けづらいから確証はないけど。首回りがそこらで見かけたキジバトより少し太いからたぶん雄かな。キジバトって警戒心が強くて人に懐かないからこいつは本当に珍しいんだよね。」
雄だったのか、知らなかった。鳩の種類も知らなかった。何だキジバトって。流石は成績優秀者、博識である。またちょっかい掛けて指噛まれてるけど。そうか、雄なら...
「ソウ、なんて、どうかな。」
「そう?」
「うん。お、俺の名前の、奏を、音読みにして。」
「へぇ、良いじゃん!!!」
ソウを見ると手に頭を擦り付けてきた。お気に召したようだ。ソウは他の鳩よりきっと賢い。冬木とのやり取りを見ていると、言葉を理解しているような気がする。
「え、なんか生意気。」
ソウとは反して冬木は気に入らないようだ。ブスッと不貞腐れている。夏原と春日部が、お前そういうところだぞと揃って言った。
「そうだ、秋元君のこと奏って呼んでいい?」
「え...?」
「このはと(笑)に一歩もリードされたくないし。」
そういうところだぞ。鳩と張り合うなよ。一歩リードってどういうことだ。というか冬木はソウと呼ぶつもりはないのか。また噛まれてるし。
でも久しぶりに呼ばれた自分の名前に心が暖かくなった。もう随分と呼ばれることのなかった名前は、ずっと嫌いだと思っていたのに、何故か彼に呼ばれると嬉しいと感じる。
「だから僕のことも藍って呼んでよ。」
期待のこもった目で見られてしまえば呼ばざるを得ない。でも自分がそうであったように、名前を呼ばれることで冬木が嬉しいと感じてくれるのなら。
「藍。」
「うん!!」
頬を染めて笑顔で返事をする冬木に、俺の取った選択は決して間違いではなかった。
バサバサバサッッ!!
「痛いって!!このクソ鳩がぁ!!!!」
「......。」
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