第26話 家路に着く
運転する母と隣の夕紀はそのままだが、後ろの三人は行きは車に乗った順に座ったが、帰りも三人は同じ席に座っていた。それが定着しているのが夕紀には可笑しかった。
特に真ん中に座る桜木は、本からの知識で人を見ようとする頭でっかちとばかりに思っていた。それが今日は彼が居なければこんなにスムーズに恵子さんから道子さんの初恋の滝川さんまで辿り着けなかったかも知れないとつくづく感じたからだ。それほど桜木は
夕紀は書物だけから知識を得て、人や社会と一定の距離を置く彼には、人の気持ちが解るはずがないと思っていた。しかし今日は何十年振りに知る妹の消息に接した姉の恵子さんの心情を、あたし達には到底及ばないほど桜木は上手く酌み取った。これで桜木に対する考え方が一掃されたことは確かだ。
それより今は思ったより時間を食ってしまって、帰りは美紀の実家で少しはゆっくり出来ると思っていたのが寄れなくなった。
「美紀ごめんね」
と夕紀は今回の切っ掛けを作ってくれた美紀には実に申し訳なかった。
「良いのよ行きしなにばあちゃんと十分話せて、また寄れば帰りが遅くなっちゃうからね、それより夕紀のお母さんは明日はお仕事だから春休み中のあたしたちとは違うから叔母さんありがとう」
と美紀と一緒にみんな礼を言った。母はハンドルを持ったまま軽くどういたしましてと会釈した。
車は美紀の実家を通り過ぎて、米子市に向かいそこから高速に入った。中国横断道から中国縦貫道に入り、豊中から名神に入ればもう一直線で京都に着ける。
あとは恵子さんから聞いた滝川さんの住所に行けば、道子さんの辿った足跡と心情が解る。特に今回は身内にも、音信不通にしていたのが気になると、もうこれは避けて通れないからだ。それに恵子さんから聞かされた恋が絡んでいるとすれば、それがどんな恋なのか、ここまで来ればその顛末をみんな知りたいのが人情だろう。
その滝川さんだが、向こうはおそらく年金暮らしだから、元気なら多分いつでも在宅だろうと勝手に決め込んで、とにかく今日は強行軍の疲れを癒やすことにした。
帰りは逆方向から百万遍で美紀を下ろして、出町柳付近で米田と桜木を下ろしたあとは、車を返しに三千院近くの自宅に寄った。母は車を自分のと入れ替えて、どうやら閉店間近のお父さんの喫茶店へ行ったらしい。
帰ってきたお父さんに依ると矢張り母は喫茶店に車を止めて父に会った。丁度夕食時でいつものご近所さんの常連客が帰った後に、母特有のドアのカウベルが、後始末に追われる父の耳元に
母は父が拭き終わったカウンターの前に座った。
お疲れさまと父にしては珍しく今日の母を労って特製の珈琲を淹れた。
「先に夕紀を家まで送ったのか」
「向こうにあたしの車を置いていたからね」
その次にはガス欠だからガソリン入れといてね、っと来たからスタンドぐらい寄れるだろうと文句を言うと、忙しくてそれどころではなかったと言われた
「それで夕紀の方はどうだ判ったのか」
「ええお陰様で夕紀も頼もしい友達を持ったもんだと感心したのよ」
訊けば身元調査で四人のメンバーの中で気が利くのは、桜木とか言う学生しか思い当たらない。そして彼は夕紀の話だと美紀ちゃんが気持ちを寄せていると聞いていた。逆に鎌掛けてじゃあ米田とか言う学生か、とわざと問えば、あの学生は優香の見る限り、美紀ちゃんって言う子に気があると言って退けた。
「じゃあうちの夕紀一人が全く恋に疎いちゅうことか」
「今の処はねでもそれだけ熱心にこの身元調査に取り組んでると思えばいいんじゃないの」
と訳ありげに恋はくせ者だと優香は言ってのけた。
「それでお前はどうなんだしょっちゅう俺の所へやって来るが」
「あなたでなくこの珈琲に魅せられただけよ」
とさも上手そうに珈琲を飲み直している。
「そうかその桜木君と言う子がその道子さんのお姉さんから色々と厄介な質問を一手に聞き出してくれたってわけか」
「それでその道子さんと滝川って男もあの唄に心を通わせたらしいって」
「あの歌って?」
「もう鈍感ね三千院の直ぐ側で店を出しときながら」
と言われてやっと浩三は直ぐに察してこれかと「女ひとり」の入ったCDを取り出した。
「ああこの唄のCDがあるから聞いてみよう」
「何でここにあるの」
「それりゃあここらのCMソングみたいなもんだからご近所のお年寄りが青春のテーマソングみたいに持って来てここで聞かせてくれって言ってるんだ、ちょっと掛けてみるか」
と片桐浩三は持ち込まれたCDをプレーヤーに掛けた。それは男性コーラスグループの見事なハーモニーよる歌声に思わず耳を傾けて聴いた。優香も静かに聴いている。
♪京都 大原 三千院
恋に疲れた女がひとり
池の
京都 大原 三千院
恋に疲れた女がひとり
「こう言う歌だったのね、なんか小さいときに聞いたような感じがしてきた」
と優香は想い出したように口ずさむ。浩三もなるほどこの唄なら恋多き若者が刺激されてやって来そうだと思った。俺のような中年になっても和服の女性が憂い顔で佇んでいる姿を想像すると行きたくなるわなあ、と語りかけても優香はこのメロディーしか今は聴きたくないと云う顔をされた。
二番は京都、栂尾、高山寺、大島紬に綴れの帯で、三番が京都、嵐山、大覚寺、塩沢絣に名古屋帯と続く。
これって市内から外れた洛外だから、おそらくバスであの杉林と川に挟まれた国道をずっと走り続けていれば、この唄もなんかしんみりしそうね。と言われて今度は浩三が無視した。
曲が終わるといつもあの近所の老人連中が掛けている時は仕事に追われていたが、今こうして店を閉めて聴くと「しみじみとして来るものが確かに有るなあ」とCDを仕舞い、優香には珈琲を飲み終わるように催促する。
「あんたは家へ帰ればあの婆さんが食事を用意して待ってるけれどあたしはこれから食材を買って作るのだからもうちょっとゆっくりさしてよ」
「秀樹が待ってるだろう」
「今日は遅くなるって言ってあるから今頃はあの子はレトルト食品を勝手に出して食べてるわよ」
「それじゃあ栄養バランスが偏るだろう。お前はうちの母親を馬鹿にするがちゃんと栄養を考えてくれてるからなあ」
お陰で夕紀はおばあちゃん子になって、しっかり者になってくれた。そこが秀樹とは偉い違いだよと優香に当てつけた。
「分かったわよもう帰るわよッ」
と彼女は息子を貶されて気分を害したようだが、自分の育て方にはまだ踏ん切りが付けられないようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます