第23話 美紀の実家に着く
母は珍しくあの店でなく我が家へやって来た。もちろんばあちゃんとは顔を合わさない。ただお父さんの車を借りに来たのだ。鍵は前日から夕紀にお父さんは預けてくれた。
昨日の夕食後に事情を説明した。そうかあの孤独死したお婆さんの身元がそこまで分かったのか、もうあと一息だなあと労ってくれて鍵を受け取った。それを今朝、迎えに来た母に手渡した。母は乗ってきた軽自動車と入れ替えて二人は出掛けた。
「あの人なんか云ってた」
「事故のないようにって後は秀樹が働きたければ店で雇うって云ってたけど」
ありきたりなのねと云いながら、よく晴れた春の陽だまりの中で車を走らせた。
「この前も聞いたけれど離婚したのにどうしてこうも行き来出来るのそれが不思議だけど」
「この歳になるとよほどの事がない限り異性からは見向きもしてもらえないからね」
「ヘエーそれじゃあお父さんを惚れ直したって云う訳じゃあないのか秀樹が独り立ちし始めてそれでお父さんの所へちょこちょこ来るようになったわけか、それって愛情じゃあないよね」
「愛情も月日が経つとちょっと距離を空けたものになるのよ」
「そうかなあ今でもお母さんぐらいの夫婦がべったりしているのも結構見かけるよ」
それはあくまでも他人の目を通して見ているだけで本人同士はどうだか解らんよ、と冷ややかな目で答える処が、お父さんへの当てつけのように聞こえるから、不思議なもんだと思った。
「それよりその山下道子さんって云う人はよくまあご主人を亡くされて五年もやってられるものね」
「五年処か今回のは不慮死だからもっと一人で長生きしてもおかしくなかったのに」
と言うと母はエッと驚いて「そんなに一人で長生きしたって気持ちが持たなくて直ぐに萎えてしまう」と母に言われた。そうかなあと答えると、あんたはまだ若いからよ女が一人で歳取って見なさいみっともないと言われた。
「そうかなあ、男でもみっともない人も居るよね、なんかスーパーマーケットの花壇に座ってカップ酒を持ってぼんやりしている人を時々見かけるけどあれはみっともないとお母さんは思わないの ?」
それはみっともないと言うより、家族に見放されて家に自分の居所が無いんだ。と母は言ってから暫くして、そうかもしれんかと曖昧になった。おそらく老いてゆく自分の未来を途中から重ね合わせたのかも知れないと夕紀は思った。
車は一本道の国道から賑わう市内ヘ入ると、そんな愚痴が吹っ飛んでしまった。
先ずは出町柳で桜木と米田を乗せて百万遍近くで美紀を乗せた。
後部座席は後から乗った美紀が夕紀の後ろになる。その隣が桜木でその隣が米田だ。三人は運転手の夕紀のお母さんに、それぞれ礼を言って乗ってくる。母の優香はその都度娘がお世話になっているとキチッと返礼していた。これには夕紀もさっきの気落ちして寂しそうな母は何なのとちょっと眉を寄せて、そっと運転に集中する母を覗き見た。
三人を乗せると、そのまま後は何処にも留まらずに、一気に名神豊中から中国縦貫道に入る。高速に入ると街中の喧騒から遮断された車の中は完全な個室になる。後は母が運転する車の単調なエンジン音が響くようになると、居眠りをし出す者も出始める。ここが学生と社会人の違いだと、母に言ってしまえばそれまでだが。母は何処まで気にしているのか、黙ってハンドルを握り続けている。スピードメーターは百キロを超えた辺りで止まったように動かない、それだけ足で調整してくれている。後ろを向くと美紀は窓から外の景色を見ていた。ああ、ちゃんと起きてくれているとひと安心した。
高速に入って一時間も走れば、中国横断道路に入って日本海側に向かった。そこから三十分で米子に着いて、高速道を降りて海が見える国道九号線を走り出すと、車内はみんな元気に騒ぎ出した。直ぐに宍道湖が見えてくると美紀が俄然張り切り出す。
「美紀、こっからあんたの出番だからしっかりナビゲーションを頼むわよ」
任しておいて、と美紀は後から身を乗り出して来た。
「美紀の家はまだ遠いの」
「ううんもう少し先だよ」
宍道湖はいつ見てもいい。此処で生まれたことに誇りが持てるのもこの湖が有ったからと言うと、でも琵琶湖の方が大きくて広々として、それに比べると貧弱だと米田に言われた。
これに美紀はまた頭に来たようだ。
「あれじゃあ桜木くんの言う可愛さ余ってでなく、憎さ足らずに百倍じゃあないの」
それは違うだろうと米田を擁護する一方で、米田にはお前ももっと女ごころを汲んでやれよ、気の利かんがさつな奴だ。それでは女は寄り付かないぞと桜木は呆れる。
「美紀の家はどこなの!」
そんな後ろでのひと悶着のいざこざに水を差すように夕紀が声を張り上げた。美紀は夕紀のシートに前のめりになり、再び見慣れた風景に目を遣り出し、急に車の進路方向を指示し始めた。
車は美紀の指示に従って国道から外れて、一般道路を走り出す。やがて幾つかの車線のない道路に入って、古くてがっしりした門構えのある家の前に留まった。
「ここが美紀の家なのヘエ〜、ちゃんとした門があるんだ」
と街中では見かけない風格のある家だった。車から降りた美紀達は数メートル先の玄関に行くと、出てきたばあちゃんと一緒に美紀はみんなを家に入れた。
初めて見る美紀のばあちゃんも元気そうで、なんと謂っても背筋がしゃんとして、応接間へしっかりした足取りでみんなを先導する。その姿に、このばあちゃんならちゃんと行宗家との取り次ぎに問題はないと確信できた。他に両親と兄妹が居るが、お母さんだけが顔を見せて挨拶された。お父さんは仕事に出て留守だ。兄妹は春休みだが事前に事情をばあちゃんから聞かされていて、お茶でひと休みして出かけ間近に顔を見せてくれた。
美紀は簡単な紹介にとどめた。みんなも大学でのサークル活動の一環だと説明して、各自名乗って家をあとにする。
なんせ時間がないから、ばあちゃんから場所と先方の都合を聞いて、慌ただしく挨拶もそこそこに家を出た。ばあちゃんとお母さんの見送りを受けて、美紀達はまた車で行宗昭雄さんの家に向かった。
「美紀、悪いわね久しぶりに実家に帰ったのにとんぼ返りみたいになって要件が済んで時間があれば帰りにユックリと寄れればいいけれどね」
と夕紀は申し訳なさそうに言う。しかし美紀は「大丈夫で、今はそれどころじゃない」と言わんばかりに先を急がせる。
車は宍道湖から遠ざかり、国道を越えて山手の方に行く手前から、いくつかの一般道路を経て目指す行宗家に着いた。
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