第29話
「べーっ」
男が去った後、閉じた扉に向かって、勇輝が思い切り舌を出した。
「バカな事は止めなさい」
ぱしっ、と勇輝の頭を母がはたいた。
「いてっ!!」
勇輝ははたかれた頭のてっぺんを押さえ、母の顔を睨み付ける。
「ほら、早く手を洗ってらっしゃい」
「はーい」
はたかれた頭をさすりながら、勇輝はのんびりとした足取りで廊下を歩いた。
そう。
この家族は何があろうとも大丈夫だ。
あの男の顔を思い出す。
すらりとした長身。
にやついた顔。
そして……
不気味に輝く目からは、異様な光が見えた。
勇輝は、微かにぶるっと身体を震わせた。
だけど……
父が。
そして母がいる限り。
この家族は、きっと大丈夫だ。
大丈夫だ。
勇輝は……
自分に言い聞かせる様に……
心の中で、呟いた。
ピンポーン……
と。
再びインターホンが鳴らされた。
勇輝は、さっきとは違い、今度は警戒感をむき出しにした表情で、じろり、と玄関を見る。
そのままゆっくりとした足取りで廊下を歩いて、そっと玄関の前に立つ。母も、キッチンの方からこちらに来る気配が伝わって来る、もしもあの男がまた来たのならば、母に会わせずに、無理にでも追い返してやる。そう思いながら、勇輝はドアにしっかりとチェーンをかけ、そっと扉を開ける。
がち、と、チェーンが音をたてて扉を止める。
「おいおい」
声がした。
半開きの扉の向こうから、こちらを覗き込んでいたのは……
「父さん……」
勇輝の顔が、明るくなる。さっきまで感じていた警戒感が嘘みたいに、心の中から安心感と幸福感が噴き出して来る。
「せっかく帰って来たっていうのに、チェーン越しとはひどいじゃ無いか」
その覗き込んで来た人物。
勇輝の父、相良晴彦が、明るい口調と笑顔で言う。
「勇輝」
父は、穏やかに笑った。
「ごめん」
勇輝は、軽く頭を下げ、扉を閉めるとガチャガチャとチェーンを外し始めた。
そして。
扉を開ける。
「おかえり」
勇輝は、扉の前に立つ人物。
父に向かって、満面の笑みを返した。
「ああ」
父。
晴彦は勇輝に向かって笑いかける。
「ただいま」
「お帰りなさい」
ぱたぱたと足音をさせながら、廊下の奥から母が出て来る。
「ああ、ただいま、優実」
父が母に向かって笑いかける。
だがその表情が、すぐに曇る。
「優実、君、今日は……」
「大丈夫よ」
優実は、優しく笑う。
晴彦はじっと……
じっと、優実の顔を見る。
勇輝は黙って……
黙って、父と……
母の顔を交互に見る。
ややあって。
晴彦は、軽く笑う。
「なら、良かった」
そのまま靴を脱ぎ、ゆっくりと家の中に上がって来る晴彦を、勇輝は黙って見ていた。
こうして……家族が揃う。
それは勇輝にとって一番大切な光景だ。
必ず……
必ず、守らなければならない。
大切な光景。
大切な現実。
大切な……家族。
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