あさが来るまでに

青山 未

第1話 プロローグ

夢を見た。

何となく既視感のある場所。

きっとここは病院。目の前には赤く光る「手術中」の三文字。右手側に位置する姿見で僕の服装が厚めのマスクに青い抗菌服であることが分かった。

招かれていくような感覚で、足が他人の物のように地面を蹴った。

取手のないドアを押して入る。イメージでは入室を咎められるものの夢ならば関係ない。

 そこではやはり手術が行われている。そこには小動物なら潰してしまうような緊張感が漂っている。

手術台の周りを冷静沈着な執刀医と縦横無尽にあくせくと動き回る補助の看護師が囲んでいて患者は見えない。

人の壁で手元は見えないがカチャカチャと聞こえる金属音と普段は台所で聞える肉を断つ音とが状況と呼応してグロテスクな想像を掻き立てる。

想像で脳を刺激されたからか、意識が鮮明になってきて体のコントロール権が戻ってくるのを感じる。

これはいわゆる明晰夢だろう。

とはいえ、自分の自由にできる夢であっても気分の良いものではない。

そう思って一度手術室から出ようとした瞬間、「浅飛あさひまひるさんの数値は」

という執刀医の冷静な低音が聞えた。

耳を疑った。いや疑っていない。これは自分の耳で聴覚だ。若い僕にはモスキート音であっても聞こえる。

執刀医への返事を聞き流しながら、すぐさま踵を翻し、己の眼で患者の顔を確認する。おそらく麻酔によって意識はないものの、不安をにじませた実の姉の面持ちがそこにはあった。

ここで疑問が沸き上がる。

姉はなにかの病気なのだろうか。

それとも事故にでもあったのか。

夢とはわかっているが、不安がよぎる。

僕の夢はよく叶う。

そんな僕の思案をかき消すように正解は開示された。

「赤ちゃんの頭、見えました。」

確かに、最近僕は姉がめでたく懐妊していた事実を知ったばかりだ。

急に思い立って、抗菌服の左手首を捲る。

予想通りそこにあったデジタル腕時計は、「七月三日」を表示していた。

夢とはいえ、甥の顔は見たいもので期待が高まる。

生まれる赤子を洗うぬるま湯やタオルなど必要なものを乗せた荷台がやってきて、新たな命との邂逅が近いことを知らせてくる。

「赤ちゃんの全身見えました」

はやる心によって看護師さんの声量が大きくなり、若干上ずっているように聞こえた。

見守るしかない時間が継続し、そしてついに命の花が咲いた。

待ちに待った生命の誕生。

しかし、その子供はなぜだか表情が見えない。僕の目は視力が2.0あるはずだ。

見えない理由は一目、いや無目瞭然だった。

その赤子の全身が煌々と光輝いていたのだから。

明るさと言うのは、「明るい未来」と言うように時に人々に熱望されているものだが、今回は違う。

この明るすぎる未来の象徴は、将来への希望は、その閃光によって僕らの展望を、明日を、時代を、夢を奪った。



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