2 WANTED
吉平は縄で縛られ、馬の背でもがきながら罵り文句をまき散らしていた。が、守岡のやくざどもが現れると、罵声は悲鳴に代わった。そして、そのままどこかに引きずられていった。
天秤に一枚ずつ、一圓金貨が積まれてゆく。二枚、三枚、四枚……金貨をおく指はごつごつしているが、丁寧さがあった。秤は少しずつ下がってゆき、十枚になると平衡になった。
「しめて十園」陰気な顔つきの、番頭風の男がいった。腰の横から巾着袋をとって、台の上においた。袋には重みがあった。「それと、五十銭」
紳士はなにも言わず、カネを懐に押しこんだ。
座敷の奥から守岡宗兵衛が声をかけた。どてらで火鉢を覆うようにして坐り、煙管を吹かしている。「なあ、考えなおす気はねえか」右手で煙管をつまんで口からはなし、紳士のほうに向けた。「おめえさんほどの腕利き、草鞋はいたままってのは惜しい話だ。俺ンとこで草鞋脱ぎゃあ、カネも女も欲しいたけ愉しめるんだ。やくざ者にとっちゃあ、夢みてえな話じゃねえか」
紳士は左親指の爪をいじくっていた。鼻を鳴らし、口をへの字に曲げて、「夢で、飯は食えるのか?」目は冷ややかに笑っている。
「いや、食わしてやるってんだ」
「なるほど」紳士が低い声で笑った。「カネを持ってトンズラした三下をとっ捕まえて食う夢か」めくりとった爪の欠片を見ながら、もういちど鼻を鳴らした。唇をすぼめて息を吹きかけ、欠片を捨てた。「不味そうだ。獏でもまたいで通りそうだ」
守岡が呻いた。「畜生」薄い眉毛が垂れ下がってきて、狒狒顔が苦々しげになってゆく。「カネの
「否定はせんよ」懐からパイプを取りだし、煙草をつめる。「生きるにはカネがいる。人間はカネのために生きると言ってもいい」そばの灯りで火をつける。一服し、歯のすきまから煙を吐きだす。「宇宙はカネで成っとるわけだ」
番頭風の男が膝をすりながら守岡に近よった。粘り気のある笑みを浮かべ、なにやら耳打つ。陰気な目が、腫れぼったい瞼の間から紳士をチラチラと見ていた。
「そりゃいい」守岡もほくそ笑んだ。火鉢のふちで煙管を叩いて灰を落とすと、とりなすような笑顔をつくり、紳士の顔を見た。腐った木のような色をした歯がのぞく。「旦那、ものは相談だが」
「なんだ」
「いい儲け話があるんだ」
紳士の目が、守岡の狒狒顔に据わった。「うん?」
「しかも十圓なんてシケた話じゃねえ。ざっと……あー」番頭風の男のほうに首をかしげ、「何倍だ?」
番頭はささやいた。「百倍です」
「おお、うん、百倍、そう、百倍の儲け話だ。一千圓、一千圓の大仕事だ」
「一千圓」紳士は繰りかえした。パイプの底をつかみ、吸口を唇の隅にくわえ、口角を吊りあげた。「一千圓といえば、大金だな」胸を膨らませ、肺腑に紫煙を吸いこみ、ゆっくりと吐きだす。身体を軽く右にひねり、守岡のほうを向いた。「聞かせてもらおうか」
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