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要さんは俺の頬を片手で包み、そっとキスをしてくれた。溜まった涙でじゃりじゃりするくらいしょっぱいキス。

 梓ちゃんは、とほとんど無意識で問うと彼はちょっと笑って、きみが泣いている間に家を出てったよ、と答えた。

 そうか、今この部屋には俺と要さんの2人しかいないのか。

 そう思うと、安心した。とても。

 俺と要さんは、唇に残るしょっぱさがなくなるまで、何度も浅いキスを重ねた。少しでも悲しくなくなるように。いくら粘膜どうしを接触しても、そこからなにが伝わるわけではないのは分かっているけれど。

「ねえ、きみは俺に、嘘でもいいって言ってくれたよね。それ、俺もだよ。」

 要さんの細い指が、目の下で結晶になった俺の涙をゆっくりと拭う。ピリピリと薄い痛みが走るが、俺はされるがままになりながら、要さんの肩に身体を預けていた。

「きみが俺を好きなのが嘘で、今のキスも涙も全部嘘でも、俺はいいんだ。」

 だからね、と、要さんはそっと細めた両眼で俺をじっと見つめる。

 発した言葉の一つ一つが嘘ではないと、一目見たら分かる穏やかでひたむきな目をしていた。この世の始まりからたった今まで、嘘なんかついたこともないみたいな目だった。

「だから、俺と付き合って。きみのこと、俺、好きだから。」

 要は好きの一言が言えないひとなの、と言っていた、梓ちゃんの静謐な表情を思い出す。

 梓ちゃんが言うのだから、きっとそれは真実で、つまり今俺に与えられているこの告白は、要さんにとっては決死の台詞なのだろう。

 だから、俺はその台詞に飛びつこうとした。この人の側にいられる理由がほしくて。

 けれど俺にはそれができなかった。

 二日前、この人とこのソファで抱き合った。そのときソファの周りを漂い続けていた、要さんの言葉を思い出して。

 確かに俺は、この人が俺を好きでいてくれるのと同じ意味で、この人を好きにはなれない。

 もしかしたら、可能性はあるかもしれない。俺の心の大部分を占めていた兄貴はもういないし、女のひと相手ではなくてもキスもセックスもできるのだともう俺は知っている。そして俺が兄貴に対してずっと抱えてきたこの感情は、恋情なのか執着なのか依存なのか分からないけれど、永遠に消えない性質でもないはずだ。永遠のものなんて、この世にはないんだから。

 それでも、まだ俺は、兄貴を引きずっている。多分まだしばらくの間は、引きずり続けるだろう。かなり長い、しばらくの間。だってあの人は、ただの男ではなくて、俺のわずかな肉親の一人だから。


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