第16話 忘れ得ぬ日(2)帳尻合わせ

 少しの間意識を失っていたらしい。昌成が目を開けると、そばに蒼龍が倒れており、そんな昌成と蒼龍に覆いかぶさるように行成がいた。

「蒼龍!?兄ちゃん!!」

 昌成が呼びかけると、蒼龍がううんと言いながら目を開け、行成も静かに目を開けた。そして、はっとしたように昌成と蒼龍の顔を見た。

「大丈夫か!?」

「うん」

「大丈夫。それより、ここってどこ?」

 蒼龍が言って初めて、3人は辺りを見回し、見た事の無い場所にいる事に気付いた。外ではないが、部屋の中というには壁や天井がはっきりとしておらず、何となく黒っぽい靄の中という感じもし、何とも形容しがたい場所だった。

「やあ、気付いたようだね」

 声がかかり、同時にそちらに目を向ける。

 黒づくめの服を着た──というより、黒いという感じしかなく、それ以外はあまりハッキリとしないおかしな何かがそこにいた。どう見ても普通じゃないという事だけは小学生にもわかり、3人は息を詰めた。

「ここはあの世か?三途の川は?」

 蒼龍が訊く。

「ここはまだ、その手前だ。ほら。あれが事故現場」

 ソレに示された方を見ると、暗い靄のような中にスクリーンのように景色が浮かんで見える。歩いていた道端で、車が家の塀をなぎ倒すようにしてぶつかり、そのひしゃげた車の下から、子供の足が6本見えていた。

 見た事があるどころではなく、自分達だとわかった。

「1人死ぬはずで、その魂を回収するために来ていたんだがね。どういうわけか、瀕死のまま3人共死んでいなくてね」

 それを聞いて3人はホッとしたが、次の言葉に体が硬直した。

「計算が合わなくなるから、誰か1人を殺さないといけないんだけど。誰にする?」

 何とも軽く訊かれ、その言葉を頭の中でもう一度繰り返してから、声をあげた。

「死神なのか!?」

「生きてたんだからそれでいいだろ!?」

「そうだよ!」

 文句を言ったが、ソレはきいてくれる気はなさそうだ。

「そういうわけには行かないんだよ。数字が合わないと問題だからね。やれやれ。

 決められないなら私が決めるよ」

 それで3人はギョッとなってお互いを見た。

「わかった。僕が死ぬよ」

 行成がそう言って手を上げ、昌成と蒼龍は驚いて行成を凝視した。

「兄ちゃん!?嫌だよ!!」

「そうだよ!ダメだよ!」

 それに行成は困ったように笑う。

「だって、誰か1人選ばないといけないんだろ?」

 昌成は行成にしがみついた。

「嫌だ!!死神をやっつければいい!」

 黒いソレは、肩を竦めたように見えた。

「あのね。僕が病気なのは知ってるよね」

 昌成は不承不承頷いた。しかし、

「そのうち治るもん。それか、ぼくが大きくなったら治せるお医者さんになるもん」

「そうだよ、行兄。医学は進歩してるんだって言ってたよ」

と、蒼龍と言う。

「そうだね。ありがとう。

 でもね、今の状態では、あと2年は無理だって聞いたんだよ。僕は中学生になれそうもないんだ。だから、僕でいいんだよ」

 昌成も蒼龍も、弾かれた様に顔を上げ、行成を見た。行成は悲しそうではあるが、ひどく透明に見えた。

「嫌だ!!」

「絶対に嫌だ!!お父さんとおじいちゃんに言って、死神を調伏してもらおう!」

 ソレは面白そうに言う。

「ここから出られないけどね、私が戻さない限り」

 昌成と蒼龍は悔し気に唇を噛んでソレを睨んだが、行成に言われ、顔を戻した。

「昌成、蒼龍、これからも仲良くしてね。宿題、ちゃんとするんだよ。お手伝いもね。それから……それから……元気でね。僕の分も、元気で、長生きして、楽しい事をいっぱい経験するんだよ。いいね」

 昌成と蒼龍は嫌だ嫌だと泣き叫んで行成にしがみついたが、

「決まったか」

とあっさり言ったソレが近付いて来ると、噛みついてやろうとしていたのに、体が動かなくなって床に転がされてしまった。

 そんな昌成と蒼龍の前でソレは行成を無造作に掴み、透明なふわふわした何かを掴み上げた。

 魂と呼ばれるものだと、察しが付く。それを奪われたら死ぬのだとも。

 返せと叫びたいのに、声が出ない。

 ソレは魂をカゴの中に入れ、ふと気付いたように目を細めた。

「面白い鳴き声をあげる。フフ。そうか。それもいいな。どうせ退屈していたところだ。

 よし。これから面白い魂をコレクションしよう。色々な声で鳴いて、きっと退屈も紛れるに違いない」

 昌成と蒼龍はソレを睨みつけ、

「返せ」

「兄ちゃんはどうなるんだ」

と心で叫んだが、ソレはその言葉が聞こえたように言う。

「これは、輪廻には戻さないよ。コレクションして楽しむのだよ。永遠に。

 ククク。闇の中でいつまで孤独に耐えていられるかな。いつ狂うかな。どうやって絶望の声をあげるのかな。お前達を羨み、呪う日が来るのかな?

 楽しみだ」

 そうしてそこで、昌成と蒼龍の意識は途切れた。




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