第15話 忘れ得ぬ日(1)密談
谷口家の葬儀もどうにか終わり、いつもの毎日に戻った。
魂魄鬼というアレも、見かけない。
そして向里も、いつも通りに見えた。
(気になる。何でアレの事を知ってたんだろう。それに、お兄さんを返せって言ってたな)
穂高は気にはなるものの聞けないまま、通常通りに業務をこなしていた。
(だって、訊けないよなあ)
トイレに行って帰る途中、声が聞こえて、何となく足を止めた。
声は、この斎場にも度々来る僧侶の土村と向里だった。
「魂魄鬼が出たか」
「ああ。クソ。手も足も出なかった」
「俺だって、どうにかできるかどうか。
でも、このままにはしておけない」
「ああ。何としても取り返す」
「またここに来るかな」
「来るさ。あいつ、俺に『またな』って言いやがったからな。俺がエサになってもいい」
「何!?お前、それって大丈夫なのか!?」
潜められた声だったが、驚いた様子の土村の声が不意に大きくなり、廊下の曲がり角で隠れる形になってしまった穂高は、少し驚いて靴音を立ててしまった。
「何だ。足立か」
向里はいつもの冷静な顔付きに、土村はいつもの柔和な顔付きになっている。
「あの、すみません。聞こえてしまって」
穂高は居心地が悪い思いをしながら目を伏せた。
「でも、わざわざアレを囮になってまで呼ぶのは危険じゃないかと……」
向里は嘆息して上を向き、土村は嘆息して腕を組んだ。
それでいい機会とばかりに、穂高は訊いてみる事にした。
「アレが魂魄鬼って、どうして?もしかしてお兄さんも捕まったんですか、この前の谷口さんみたいに」
向里と土村は考えるような迷うような顔付きをしてから、向里が真面目な顔で口を開いた。
「まあ、そうだな。今後アレが出たら、お前も遭う事になるかも知れんしな」
穂高はゴクリと唾を呑み込んだ。
向里昌成と土村蒼龍は幼馴染だ。家が近く、物心がつく頃には一緒に遊んでいた。
そしてそれは、昌成の3つ年上の兄、行成も同じだった。
優しく、物静かで、物知りな兄は昌成の自慢の兄で、蒼龍の憧れでもあった。
いつまでも3人仲良く。そんな日々が続くと思っていたのに、その日は訪れた。夏休みに入ってすぐのある日の午後、3人は少し離れたところにある図書館へ行くためにバス停に向かっていた。
小学生なら自転車で行ける距離ではあるのだが、バスであるのは、行成の体調のせいだ。
行成は重篤な病にかかっており、今は元気に見えても些細な事で病院に担ぎ込まれる事になるし、運動は勿論禁止されている。自転車で山道を登るなどとんでもない。なので、3人はいつもバスを利用していた。
「この前借りた本、面白かったなあ。続き、誰も借りてなかったらいいけど」
「僕は、読書感想文を書く本を探さないと。
兄ちゃんは、感想文の本、もう決めた?」
「迷っちゃうね、どれも面白くて、誰かに感想を言いたくなって」
そんな話をしながら住宅街の中を歩く。住宅地の中を通るこの道は、幹線道路へつながる抜け道として利用されていて、交通量は多い。なのに細いし、微妙に曲がっていたり植木があったりして見通しが良くなく、辻に信号機もない。危険な道ではあるが、通学路であり、バス通りでもあり、外す事はできない道だった。
縦1列になって端を歩きながら、
「兄ちゃん。夏休みの宿題の工作、手伝って」
と昌成が顔だけを振り向かせた時には、もう遅かった。
乗用車2台がぶつかり、その片方が跳ね飛ばされて自分達の方へと迫って来ていたのだ。
警告の言葉を発する暇もなく、鉄の塊は子供達をなぎ倒した。
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