第6話 独り(3)ルームメイト

 黒い影は、別に何をするわけでもなく、ただそこにいた。

「あの、あなたは?」

「……田ノ宮……悟……」

 穂高はひっそりとした斎場と祭壇、簡素な棺を思い出した。

「ああ、あの人……。独りで死んでしまって、寂しいんだろうな。まあ、49日までくらいなら、ルームメイトだと思えば別にいいか」

 穂高はそう考え、この暮らしを受け入れる事にした。

 田ノ宮はただ大人しく部屋にいるだけで、何かする様子もない。

 最初の夜に顔を覗き込んで来たのは、一緒に暮らしたいというお願いをしたかったのだろうと穂高は考えた。

「テレビ見ますか」

 そう言ってテレビの前に座ってテレビを点け、残り物のご飯と帰りに買って来た総菜を食べ始めると、いつの間にか田ノ宮は音もなく隣に座り、テレビを並んで見ているようだった。

 穂高も初めての一人暮らしで少し寂しかったのに、この時不意に気付いた。


 翌朝から、田ノ宮が目覚ましのように起こしてくれるようになった。スヌーズ機能が付いていない目覚まし時計なので二度寝の危険性があったのだが、これで安心だ。

 穂高が礼を言ったら、田ノ宮はうんうんと頷いた。

 そして帰宅すると、入れ忘れていた炊飯器のスイッチが入っていた。

 テレビに熱中して風呂を沸かすのを忘れていると、いつの間にか田ノ宮が沸かしてくれている日もある。

 会話こそないが、穂高は田ノ宮との同居を心地よよく感じ始めていた。

(ああ。もう明日で49日かあ。田ノ宮さんも成仏して、お別れだなあ。

 再出発のお祝いにケーキでも買って帰ろうかな)

 しんみりとしている穂高に、向里が鋭い目を向けていた。

「足立。お前、変わった事はないんだろうな」

 穂高は田ノ宮の事は話していなかったので、内心ドキッとした。話すと、笑われると思って、秘密にしているのだ。

「な、何の事ですか?大丈夫ですよ」

 穂高はハハハと笑うと、カバンを掴んで、

「じゃあ、お先に失礼します!お疲れ様でした!」

と事務所を飛び出した。

 それを向里は溜め息をついて見送り、

「あのバカが」

と呟いた。


 穂高は小さなショートケーキを2つ買い、いそいそと家へ帰った。

「ただいま!」

 いつものように声をかけて部屋へ入ると、田ノ宮はお帰りと言うように頷いた。

 着替え、テレビの前に並んで座って夕食を食べ、ケーキも、1つを田ノ宮の前に置く。そして田ノ宮は頷いたり顔を振ったりするだけだが、穂高は色々と話しかけた。

「とうとう、明日ですね。49日」

 田ノ宮は穂高をじっと見ている。

「お別れかあ。何か寂しくなっちゃうな」

 田ノ宮は頷く。

「田ノ宮さんも、向こうに行っても元気で……はおかしいのかな。でも、うん」

 穂高はそう言って、頷いた。

 田ノ宮も頷く。

「色々ありがとうございました。何か変だけど、楽しかったです。ウマが合うというのかなこういうの。へへ」

 穂高は照れながらそう言い、チラリと田ノ宮を見た。

 すると田ノ宮はギョッとするほど近くにおり、穂高は反射的に上体を後ろにそらした。

「た、田ノ宮さん?」

 田ノ宮の顔が、段々はっきりと見えて来る。遺影と同じ顔だが、無表情で、顔色が悪い。そしてその目は瞬きもせず、じっと穂高に据えられている。

 初めて、恐ろしいと穂高は思った。

「田ノ宮さん、あの──」

「私も、寂しい」

 田ノ宮が言う。

「はい」

 ガクガクと穂高は頷いた。

「この暮らしは楽しかった」

「は、はい。はい」

「相性もいい」

「そ、そうですね」

「だから、よこせ」

「は?」

「体」

 田ノ宮はそう言って、穂高の腕を掴んだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る