第5話 独り(2)悪夢と黒い影

 見回りをどうにか済ませ、鍵をかけて斎場を出る。

 隣の葬儀社の建物はまだぽつぽつと明かりが点いている。遺族が泊まるのだろう。部屋によると布団やシャワーやテレビもあるし、ミニキッチンまであって冷蔵庫もレンジもある。

 その分、市営の葬儀場よりも料金が高い。

「どっちがいいかなあ」

 呟いて、斎場を出た。

 実家は隣の駅から自転車で10分くらいのところにあるが、穂高は家を出て一人で暮らしていた。突然呼び出しが入るかも知れないので、このI市市役所や斎場に近い所がいいと思ったのだ。

 駅近くの24時間開いているスーパーで少し買い物をして、ワンルームマンションへ向かう。

 2階の角部屋が穂高の部屋で、当然電気は点いておらず、暗い。

 鍵を差し込んで回し、ドアノブを掴んでドアを開ける。そして明かりを点けた。

 一瞬、誰かいるように見えたのにドキッとしたが、

「気のせい、気のせい」

と呟いて中に入った。


 その日の夜中の事だ。穂高は何となく目を覚まし、目を開けた。

 と、暗い部屋の中で、もっと昏い何かが自分の上に覆いかぶさって顔を覗き込んでいるのに気付いた。

「ヒッ!?」

 体が動かないし、声が出ない。

(これが有名な金縛りか!)

 そう思ったが、それを打破する方法は知らない。

 その何者かとどのくらい睨めっこをしていただろう。穂高は、それが特に何もしない事に気が付いた。

(見てるだけか?)

 そう思うと余裕が出て来て、じっくりと観察する事ができた。

 すると、見覚えのある顔だと気付いた。

(あ。田ノ宮さんだ)

 そう思った時、それはすうっと離れて、穂高は急に眠りの中に引き込まれて行った。


 翌朝、起きた穂高は辺りを見回して確認した。

「いない!?気のせいかな。それとも明るいから出て来ないのかも……?」

 考え込みそうになったが、そうしてもいられない。いつも通りに準備をして、穂高は家を出た。

 着替えて事務所に入った穂高は、皆と挨拶して席に着いた。

「おはよう──ん?」

 穂高に挨拶をした向里が、わずかに目を眇めるようにして穂高を見た。

「はい?どうかしましたか?」

 穂高は寝癖でも付いていたかと髪を撫でつけたが、向里は

「いや。

 昨日、変わった事は無かったか?体調は?」

と訊き、

「はい。別にこれと言って……」

と穂高は答えた。

 変な夢の事が頭をよぎったが、ちょうど死亡者が出たとの連絡が入り、うやむやになってしまった。

(まあ、いいや。どうせ夢だって。何でもないよ)

 穂高はそう、自分に言った。


 その日家に帰った穂高は、玄関ドアを恐る恐る開けた。

「夢じゃなかった……!」

 ゴクリと唾を飲んで、暗い部屋の隅に立つ黒い人影を見た。

 影は動かずにそこにじっとしていたが、穂高に向かって、小さく一礼した。

「ん?礼儀正しいな。あれ。意外と大丈夫だったりして……」

 穂高は呟いて、中に入った。

 それが穂高と霊の、同居の始まりだった。



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