第4話 独り(1)寂しい夜
最近では独居も増えて、ひっそりと死んでいるのを発見される、というパターンが増えている。
その遺体も、そういう人だった。
田ノ宮悟、68歳。アパートの住民から異臭がすると通報をうけた警察官と大家が部屋に入り、死後数週間経った遺体を発見した。
かなり前に離婚しており、独り暮らし。近所付き合いはなく、年金で細々と暮らしていたらしい。親もとうに死んでおり、兄弟もなし。
「寂しいですね」
穂高は眉を下げた。
葬儀にはお義理で大家と民生委員が来たが、それ以外には誰も来なかった。遺骨の引き取り手もおらず、保管部屋の棚に並ぶだけになる。
「最近はこういう方も増えて来てるのよねえ」
言いながら川口はチラリと時計を見、
「あ、時間。
じゃあ、私はこれで。お疲れ様」
と風のように去って行った。
「毎回センチになると、疲れるわよ。ま、初々しいけど。
じゃあ、お疲れ様」
大場も帰って行く。
「今日の鍵当番は足立だな。もう大丈夫か?」
向里が言うのに、穂高は頷いた。
「はい!大丈夫です!」
「じゃあ、よろしく頼む」
そう言って、向里も事務室を出て行った。
倉持は今日は市庁舎で仕事だ。
「コーヒーでも飲むかな」
見回りまで間がある。穂高はコーヒーを飲みながらしばらく小説でも読む事にした。
向里は斎場入り口を出たところで、植込みの方へ横目を向けた。
そこには手入れされた季節の花々が咲いている花壇があるが、それを見ているわけではない。そこに立つ、普通の人には見えないもの、霊だ。
向里が霊を見えるようになったのは、兄を失った日からだ。
憑かれても面倒なので、基本的には気付いていないフリをすることにしている。
そこにいるのは、2日前に自殺した若い女の霊だった。同じような若い女性にとり憑いては、車の前に飛び出させようと企んでいる。
(霊に同情ばっかりしてちゃあダメなんだがな。霊は騙しもするし、襲っても来るのに。わかってるのかね、あの新人は)
斎場を振り返り、嘆息すると、歩き出した。
ただでさえ何か出そうに思える斎場に、夜、独りで見回りをしなくてはいけない。
「かえるのうたが きこえてくるよ」
一人で歌を歌いながら歩き出した穂高だが、響く足音を聞きながら、
「……誰かが合わせて輪唱して歌い出したらもっと怖いな」
と考え直し、かえるのうたはやめる事にした。代わりに歌い出したのは、めだかの学校だ。
「そーっと覗いてみてごらん」
奇しくもそこで、田ノ宮の遺体を安置してある部屋に来てしまった。
そーっと覗く。
誰もいない。
(こんなにビクビクしてるのも、何か失礼かも)
不意に穂高はそう考え、己を恥じるように部屋へ入ると、棺に向かって手を合わせた。
「お疲れ様でした。安らかにお休みください」
そして一礼すると、廊下に出て行く。
後を、黒い影がついて行くのには気付かないままだった。
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