市民課葬祭係

JUN

第1話 因果(1)配属初日

 就職口が選り取り見取りだったとかいう夢物語みたいな時期は遠く、どこかひとつでも受かればよしという昨今。それも、景気次第でいつどうなるか安心できないし、大企業だって例外ではない。

 そんな中、地方公務員として就職が決まった穂高は家族そろって万歳をしたものだが、それも配属先が知らされるまでだった。

 市民課。市民のための色々な手続きなどを行う課ではあるが、このI市では葬祭係というものが葬儀に関わる諸々を受け付け、執り行っており、穂高はそこに配属される事が知らされたのだった。

 何も、「穢れ」だとかいう理由で腰が引けたのではない。何となく怖いだけだ。

 足立穂高。昔から大人しくてビビリで単純。お化け屋敷とフライングカーペットとジェットコースターが苦手である。

「斎場では確かにご遺体を焼くけど、皆が幽霊になるなんてことはないよ」

 倉持が穏やかに笑って言った。倉持和浩、係長だ。

「そうですよね」

 頭を掻いて笑い、穂高はハッとした。

「え。皆はならなくても、一部はなるってことですか」

 それに倉持はにこにこしてお茶を啜るのみで、何も答えなかった。

「気にするな。どうせ誰でもいつかは死ぬんだ。嫌でもその時にわかる」

 そう言うのは、向里昌成、先輩だ。整った顔で、スラリとした長身。女性にモテそうな容貌だが、クールすぎる対応が原因か、実際に声をかけて来る女性はいない。

「まあ、仕事と割り切ればどうって事無いわよ。何か視界を横切っても気のせい。何か聞こえても気のせい。ただ仕事して帰ればおしまい。

 はあ。それより帰ってからの家の用事の方が大変だわ」

 嘆息するのは、川口澄子。4人の子持ちの先輩だ。

「ま、慣れればどうって事ないから。大丈夫よ」

 にっこりとするのは、大場楓子、先輩だ。「オバさんじゃない、オオバね」と自己紹介の時に念押しされた。

 大場と川口が事務を主に受け持ち、穂高と向里が力を必要とする諸々を主に受け持つ。

「まあ、よろしく。じゃあ、向里君。施設内を案内してあげて」

 倉持がそう言い、穂高は向里に連れられて施設巡りに出た。


「市によって業務の範囲は違うが、I市の場合はこうだ。

 人が死ぬ場所は、大抵が病院か自宅だ。病院の場合は、そこから葬儀社によってここに搬入されてくる。

 自宅からの場合は、俺達が寝台車でお迎えに行って、遺体を清めてから装束を着せて、納棺してこの斎場に搬入する。

 火葬許可証を預かり、火葬台帳に転記。通夜振る舞いや精進落としの料理の注文を受け、それを契約している仕出し屋に注文。

 花や祭壇の手配は葬儀社がやるし、僧侶の手配も葬儀社がやる。例外は、喪主不在の場合だけだな。

 後は、遺体を火葬炉に収納して焼いて、その後ホールに引き出して形を整える。説明や骨壺に収めるのは葬儀社がやってくれる。

 遺骨を収骨して遺族が帰ったら、清掃。火葬炉は専門の業者が定期的に清掃してくれる。

 午後8時に消灯をお願いしてるから、遺族も8時過ぎには帰る。だからその後、戸締りと火の始末と消灯を確認してから俺達も帰る。

 隣の会館は葬儀社の物で、そっちの葬儀社で契約したら、火葬許可証の預かりと火葬以外は基本こっちはノータッチ。

 まあ、大まかにはこんなもんだが、実際の所はやって覚えていくのが一番だろうな」

 向里は説明しながら、斎場を説明して回る。

 ズラリと火葬炉の裏側の戸が並ぶ通路は、薄暗いわけじゃないし、ほかと同じくらいきれいに掃除もされているのに、どこか薄暗く寒々しい気が穂高にはした。人気のなさや、この分厚い壁の向こうで遺体が焼かれるという思いが、そんな錯覚を起こさせるのだろう。

 そうして斎場内を回って事務室に戻ると、向里がホワイトボードに向かう。

「今日は8人か。まずはこのご遺体の火葬だな」

 穂高はやや緊張した。初めての、お見送りだ。





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