第2話 因果(2)幸せな故人

 斎賀一典、56歳。自宅で心筋梗塞の発作を起こし、病院に運ばれたが死亡が確認された。

 家族と親族のみで行われた葬儀は、どこか拍子抜けだった。

 妻の房子は美人ではあるが派手で、あまり悲しそうには見えない。突然の事で実感がないのだろうと穂高は好意的に解釈していたが、その息子は故人である父親にも母親にも冷たい目しか向けない。そして親族達も、

「まだ若いのに」

「健康診断にもひっかかっていなかったらしいよ。ストレスとかかもな」

「まあ、好きに生きて本人は悔いも無いでしょう」

などと言っている。

 穂高はこそっと向里に訊いた。

「こんなもんですか?何か、冷たいというか……」

 それに向里は、冷笑を浮かべた。

「足立君、葬儀の経験は?」

「ありません。両親も祖父母も元気ですし」

「なるほどね。

 普通だよ。悲しさに浸っていられないのが家族や親族だからな。悲しいと泣いて終わりなのは弔問客だね。手続きが山ほどあるし、色々と生々しい問題が残る事もあるし」

「ああ。遺産とかですか」

「それもある。愛人が乗り込んで来ることもあるし」

「うわあ」

 穂高は小声で会話しながら、想像してひいた。

 と、大場が小声で加わって来た。

「聞いたんだけど、あの奥さんって後妻なんだって。前の奥さんは4年前に自宅が火事になって焼死したらしいわよ。それであの息子さんは先妻との間の子供で、今は両親どちらとも仲が険悪だったんだって。

 なんか、先妻を火事で父親が殺したって警察に訴えたそうだし、ドラマみたいね。うわあ」

 楽しそうである。

 穂高は眉をひそめた。

「死ぬ時に、誰からも悲しんでもらえないのは悲しいなあ」

 ポツンと呟いた言葉に、向里はフッと笑った。


 斎賀典雅は、父親の遺影を睨みつけた。

 母親が睡眠薬を飲んでいたせいで目が覚めずに逃げられずに火事で死んだと聞かされた時、間違いなく、父親が睡眠薬を母親に飲ませて家に火を点けたのだと思った。

 証拠はなく、調べた刑事も「事故で処理するしかない」と言ったが、心の中では父親とすぐに再婚した元愛人である継母の2人を犯人だと思い、憎んで来た。

 母親は、夫が愛人の存在を母には隠そうともせずに開き直り、そのくせ離婚は出世に響くからと認めないことに心を痛め、眠れない日々を送っていた。

 そんな母親が死んだ時には号泣したが、今は少しも涙が出て来ない。

(母さんの時は俺が合宿中だったし、こいつは出張中か。つくづく、親の死に目に会えないらしいな。

 いや、案外この毒婦に愛人がいて、俺のいない日を狙って殺されたのかもな)

 歪んだ笑みが浮かぶ。


 房子はタバコの煙をふうっと吹き出した。

(やっと自由になったわ。再婚した途端にケチになるなんて、見込み違いもいいところだったわ。

 でもこれで、好きに使える。海外旅行も行きたいし、買い物もしたいし。それに、ほとぼりが冷めたら哲也と再婚よ。若いし、ハンサムだし、優しいし。フフ)

 笑みがこぼれそうになるのを、どうにかタバコをくわえて誤魔化す。

 哲也というのは、斎賀に飽き飽きしだしていた頃に出会ったホストだ。元医大生だった青年で、授業料を払うのが困難だったせいで退学したと言っているが、本当は、開業医の父親に裏口入学させられたが授業について行けなくて、さぼりまくった挙句に退学して授業料で遊んでいたのが親にバレて勘当されたのだ。

 心臓に負担をかける薬を房子は哲也から聞き、それをこっそりと一典に飲ませた末の心筋梗塞だった。


 その時、祭壇の写真を撮っていた親類が、短い悲鳴を上げた。

「何だこれ!?幽霊!?」

 全員が彼に許に集まり、デジタルカメラを覗き込む。

「これは、良江さんじゃない!」

 1人が声を上げ、皆がハッとしたようにカメラと棺の辺りを何回も見直す。

 典雅はカメラを覗き込んで、目を潤ませた。

「母さん……!」

「良江ちゃん、一典さんを迎えに来たのかねえ」

「さんざん泣かせて来たっていうのに。一典さんも幸せ者だよ」

 しみじみと1人が言い、それで皆の空気は、暖かいものになった。

「向里さん」

 穂高はつられて涙のにじんだ目を向里に向けた。

 向里は棺の方へ向けた顔に冷笑を浮かべていた。







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