第3話 部屋の探索
ベッドから降りたクララは、まず部屋のタンスを開けていく。何かしらの武器になりそうなものがないか探るためだった。
「…………」
開けたタンスの中に入っていたのは、大量の衣類だった。クララが見た事ないような綺麗な衣類が、タンス一杯に入っている。クララは、汚したら弁償かもしれないと思い、そっとタンスを閉じる。
「何もない……窓の外は、どうなっているんだろう?」
外壁によっては、そこを伝って逃げることも可能となる。クララは、外壁を確認するために窓の外を見たが、それとは別の事で動きを止めることになる。
「何……これ……?」
窓の外には、広く栄えた街と緑豊かな大地が広がっていた。普通に考えれば、それを見たところで何も思うはずがないだろう。だが、クララは違った。それは、クララが聞かされていた話とは、全く違う光景だからだった。
「ここが……魔族領? 私が聞いていた話と全然違う……もっと、荒れ果ていて、人が住むのには適さないような場所だって……これじゃあ、やっぱり人と変わらない……私の聞いていた事は、全部……人族の都合に合わされて、作られたものだったって事……?」
クララの顔が、どんどんと青ざめていく。自分が信じさせられていたものが、一気に崩れていくのを感じていた。
「これを教会は知っているの? もし知っていたとしたら、聖女の私に黙っている理由は……? そもそも、勇者が魔王を倒すなら、この近くまでは来ないといけないはず……それに、勇者が魔王を倒したのなら、この情報も持ち帰るはずだよ。そうしたら、私達には教えても……もしかして、これまでの魔王討伐旅自体が茶番だった?」
クララの中で教会、そして国への不信感が、どんどんと積もっていく。
「いやいや……これは、魔王達が見せている幻術のはず……『聖浄なる光をもって・我が身の闇を取り払え』【浄化】」
クララの身体を、水色の光が覆っていく。
これは、聖女の能力の一つで、毒、呪い、幻術など、自分自身に掛けられた異常を消す効果がある。これに関しては、この異常自体が邪なものであるため、効果が薄れていない。
ただ、カルロス達に使った時は、クララ自身に使うよりも効果が薄かった。これに関しても、まだ理由は分かっていない。
「……現実……か……」
自分の身体を浄化しても、クララの見る景色に変化は無かった。つまり、目の前に広がっているものは、全部本物ということだ。
「勇者と聖女は、本物のはず。それは、私達が能力を持っている事からも明らか……でも、魔王討伐の方は嘘……元々、やらせる気はなかった? いや、ここまで進む事はないと考えていた。それとも、教会や国も、これについては知らなかった?」
「そうかもしれないですね」
「!?」
クララは、いきなり背後から声がしたため、ばっと振り向く。そこには、吐瀉物の処理を終えたリリンが立っていた。
「お休みくださいと申しましたのに、部屋を探っていらしたのですね」
「……」
本当のことなので、クララは何も言えない。クララは、少しだけ顔を逸らす。そんなクララに、リリンは優しく微笑みながら近づいていく。
「こちらにお越しください。先程よりも顔色が悪くなっています。今は、しっかりと休んでください」
「何で、そこまで私の世話をするんですか? 私は、あなた達の同胞を殺した勇者の仲間ですよ?」
クララは、リリンにベッドまで導かれつつそう訊いた。クララ自身は、魔族を殺せる程の力を持っておらず、基本的にカルロス達が殺していた。
魔族に特効であるはずの聖女の能力が、魔族をほんの少しだけ弱らせる位しか出来なかった。クララの能力無しに魔族を倒せるので、カルロス達が、クララに能力を使わせることは減っていった。その結果が、今回のパーティーからの追放だ。
だが、これにクララが加担していた事は事実だ。
「あなた達の中には、聖女である私に恨みを持つ人もいるんじゃないですか?」
クララは、真っ直ぐリリンのことを見る。それは、相手の真意を見抜くためだった。だが、リリンは、そんな事お見通しと言わんばかりに、微笑みを崩さない。
「復讐されるのが、怖いですか?」
「……そりゃ、怖いです」
ベッドに寝かされながら、クララは、顔を背けてそう言う。
これを訊いた一番の理由は、興味本位だ。だが、その裏に恐怖があったことも事実だった。今、この場で、復讐などされてしまえば、クララは、大した抵抗も出来ずに死ぬだろう。もし、リリンが恨みを抱いているのなら、どうにかして逃げ出す事になるだろう。
クララは、どんな答えが出てもいいように、動き出す準備だけはしていたのだった。
そして、他の理由は先程、クララ自身が訊いた通り、そんな事をされた相手の世話を焼く理由が分からなかったからだ。
「確かに、同胞が殺されたのは悲しいですし、許せない事ではあります。ですが、クララさんに復讐したところで、その同胞が帰ってくるわけではありません。それに、私は、クララさんが優しいお方だという事を知っていますから」
その言葉で、クララは、リリンが前まで何をしていたのかを思い出した。
「そういえば、人族への間者として潜入していたんでしたね」
「私は、聖女……つまりクララさんの担当でした。なので、クララさんの事は、何でも知っていますよ」
「え?」
クララは、予想だにしない答えに驚いて口をあんぐりとさせる。そんなクララの口に、リリンが、話ながら摺り下ろしていたリンゴを突っ込む。クララは、大人しくリンゴを食べる。
「私の代わりに潜入している部下の報告待ちですが、クララさんがいなくなった後の教会などの様子も探っていますよ」
「そうですか。でも、あまり変わらないと思いますけど……」
「そうでしょうか? クララさんが攫われたのを理由に、戦争をふっかけてくる可能性もあると思いますが」
「さすがに、それはないと思いたいです。私の力が、魔族に対して、あまり効果がない事を国も教会も知っていますし。そもそも勇者のパーティーからも追放されていますからね。それに、私が攫われたなんて、思わないと思いますよ。あの人達は、魔族のことを侮っていますし」
再び、クララの口にリンゴが突っ込まれる。クララは、それに対して、何も言わずに食べていく。
そんなリリンは、クララの言葉の一部分に反応して、眉を寄せていた。
「あの性欲の勇者ですか……あれで、勇者と呼ばれている事に驚きました。歴代勇者に比べて、弱すぎます」
「そうなんですか? 私は、かなり強いと思いましたけど……」
クララの言葉は、尻すぼみになっていく。途中で、勇者の強さは、魔族を殺した事で証明されていった事を思い出したからだ。
「そうですね。それを説明するには、まず魔族領の特徴からお話する必要がありますね」
「魔族領の特徴ですか?」
この世界は人族と魔族の二つの種族がいる。それぞれに国が有り、その土地も暗黙のうちに決まっていた。
「魔族領は、中心となるここ魔都市デズモニアに近づく程、魔族が強くなります。それは、常に魔力を放っているこの魔王城があるからです。この城に近づくと、魔族に魔力が送られ、その力を底上げします。逆に言えば、離れれば離れる程、力が弱まるということになります。それでも、人族の一般人よりは強いですが。唯一の例外は、魔王様のみになります。魔王様に関しては、どこにいても魔王城の恩恵を受ける事が出来るのです」
クララは、リリンの説明を呆然と聞いていた。そんなクララの口に、またリンゴが運ばれてくる。クララは、それで我に返り、リンゴを食べ飲み込む。
「あの……そんな事を、私に話して良いんですか?」
「はい。先程、カタリナ様から、クララさんに訊かれた事には、全部誠実に答えるようにと言われましたので」
「……やっぱり。さっきも訊きましたけど、なんで、私にそこまで良くしてくれるんですか?」
クララの疑問は、最初の質問に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます